◆邪視と鏡
―――誤った。
浅く、息を吸い込み、夕闇が近づいた物の影も見えにくく薄暗い静かな部屋のなか、
身動きもとらず、ひたすら昼子は考えていた。
間違いだった。早すぎた。選択を誤った。迂闊すぎた。物事が上手く進まなくて焦ってしまった。
心臓がドクドクと鈍く音を立てるのに反して頭の芯が冷たくなり、
体が命を持たない物のように沈黙する代わりに、散文のような考えが浮かんでは消えていく。
こんなことをしている場合ではないのだろう。それだけはわかっているのに。
振り払らわれ背を向けられた後、宮田を引き留めるための言葉はとっさに出ることはなく、
一人残された今でも、計画を否定する意見に対する行動はまだ決まらなかった。
ただただ、あの時のまま、部屋のなかで、収まらない震えを押さえつけている。
幻視ができない目だろうと、その場で見られてしまえば、聞こえてしまえば、
小さい村はそれこそ一つの生命体のように伝達は早い。
家を出て、その足で神代家へと向かっているだろう宮田は言った通りに、美耶子の診察をしたその後、
先ほど知ったことを当主へと進言するのだろう。
その話は、診察の良い結果を待ち望んで部屋の外で控えている“救導女”も耳にする。
それで、一体どこまで知られることになるのだろう?
いいや、聞き捨てならない救導女自身が問いだたせば全てを知られてしまう。
千年生き続けた彼女自身、訊かずにはいられない話だろう。
“彼女”にとってみれば宮田が滑稽だと言ったそれらは真実の姿のはずだ。
続けて思う。
この話を知ってしまった後、彼女はどうするのか?
儀式が失敗すると知った彼女は、絶望するだろうか。
宮田には失敗の理由は花嫁に宿っている神の肉片が足りないからだと言ってある。
それならと、ほかに肉片が宿っている自らを神に捧げるか?
いいや、
宮田に言った通り、否子の言った事と片付ける確立のほうが高いし、自然だ。
千年の切望を否定された彼女の心情的にも、嘘に騙され自ら絶望に直結するにはまだ早い。
ここで絶望するくらいなら、とうに彼女はこの場に居なかっただろう。
だが、そうなると、まだ諦めない彼女にとって、
儀式の失敗と、知られてはいけない現実を村人に嘯く“居てはならない子供”の近い未来は最悪だ。
これからどうなるのか。それを考えると、鋭いものが走って心臓が軋んだ。
見たことがないはずなのに、昼子には闇のなかで蠢くそれらを想像するのに時間は要さなかった。
混ざり合う人間の肉片と業と唸り声。限りない時間の中で狂った精神の入り混じった場所へと落ち、
それに塗れて登れない岩の壁に爪を立てながら何も出来ずに、同じおぞましいものになり果てる。
昼子がそうなっている間、外では村も異界へと飲まれ、美耶子達は彷徨い、呪いによって永遠に存在し続けるようになるのだ。
痛みが走り終わると、指の先から体が泥のように重くなったような気がした。
そうはならなかったとしても、少なくとも怪しげな動向は伝わる。
良いところ、下されるのは様子見、監禁。
一番悪い天戸へとなにも出来ずに落ちること、それだけは回避しなければならない。
では、どうする。
今すぐにこの家を脱出し、儀式の日まで身を隠す?山の奥ならまず見つからない。
駄目だ。儀式まであと半年以上もある。これから冬を迎えて、気温も下がる。
山の奥ではまず無事ではすまない。体が壊れれば何もできない。
村の外へ?
外の施設かどこかで儀式まで潜伏する?
しかし、外でどう事情を説明するのか。
戸籍がないことを説明して村の異様さを説明する?
どうやって。
そもそも、仮に村が異様であることを外で承知してくれた人が居たとして、
神の逆鱗に触れる美耶子を村の外に出して保護することまでは神を倒すまでできないだろう。
そして、その理由を話したら、妄想癖を持つ家出人だと判断されない理由を探すほうが難しい。
今日の二の前だ。
仮に、外で潜伏するのなら、すぐ徒歩で行ける範囲の近くでは駄目だ。遠く、遠くがいい。
物品を揃えるために歩き回っても周りに悟られないくらい。
村の掟なんか知らない、否子のことも知らない、
人の多い、都会がいい。最低でも二駅は離れた、ここではないどこか遠い、遠い―――
―――いっそ、このまま、そこへ逃げてしまおうか。
とても優しげな声が、そう囁いた。
***
「今、何を考えてる?」
神代家、離れ。
闇にはまだ遠い、中天に達していた太陽が緩やかに降下をし始める時間。
美耶子が首を傾げると、長い黒髪が頬へと落ち、開いたままの瞳をかすめていくのが見えた。
それを不快そうに髪を耳へとかけ、視界のなかの自らと目を合わせると、見ていた視界が畳へと勝手に逃げる。
それと、同時に胸の皮膚に触れていた冷たい平たい金属も離れていった。
「特に何も」
嘘だ。
部屋の外に手伝いの者を控えさせ、全ての襖と障子を閉め、
障子から漏れる午後のぼんやりとした自然光のみを光源とする薄暗い神代家の離れ。
目の代わりのケルブも診断の邪魔と部屋の外へと押しやられた今、
盲目の美耶子が目を借りる相手は宮田しかいなかった。
だが、そうすると、“目”である宮田自身を見ることはできず、それが美耶子には面白くない。
表情を判断するものといえば、視界と声しかない。
診断されている自分自身と、器具をつかんで行き来する大きな掌ばかりの他人の視界に目を凝らし、
美耶子は質問に答えた宮田の声を吟味した。
耳に取り込まれたのは、いつもの感情を窺わせない熱の無い声だった。けれどそれは「嘘だ」。
視界が畳から白い用紙へと移ったのを確認し、手探りで服を整えながら美耶子は改めて怪訝な表情をした。
いつもの診察、いつもの応対。
だが、神代へ訪れた宮田はいつもと比べて遅刻まではいかないが、少し遅かった。
それだけでも、違和感はあったのかもしれないが、問題は無く、屋敷の者も誰も問うまではしていない。
美耶子も、特に気にもとめなかった。しかし、やってきた宮田にいつもの皮肉な応酬をして、
まずと渡された体温計で自ら体温を測り、響く電子音にそれを返そうとした時、その違和感は大きくなった。
いつもなら、すぐこちらへ手を伸ばして、数字が表示されている液晶を覗き込むその視界が、
ぼんやりと陽を受けて明るい障子で止まったまま漂い、こちらに気づいてもいない様だった。
「宮田?」と呼びながら美耶子は相対している顔の見えない人物が誰なのか不意に疑問に思い、
今日、この視界の持ち主が訪れたのが遅かったことを思い出す。
その、言い表せない違和感に、訊いてみれば、宮田の視界は明らかに動揺しながら「特に何も」と言う。
結果的に、余計に薄気味の悪さが目立った。
おそらく、何かあったんだ。そうと分かると同時に、気になる。
起こったのは、病院か、神代か、それとも―――
呼びかけに宮田が気付き、視界が首を傾げる美耶子を写して「ああ、終わりましたか」と声が響いたその時の
言いようもない、ぞく、という予感めいた直感が、信じたくはないが悪い物のような気がしてしかたなかった。
「じゃあ、なんで逃げたの?」
もう一度問うと、インクを吐き出す万年筆を持つ手元が一瞬だけ震え、ゆっくりと用紙から、美耶子へと視界が移る。
「何がです?」
「目だ。お前の視界を借りてるから、隠しても無駄。それに、手が震えたな、今」
言えば、スライドするように左へと見ている視界がずれる。
停止している自分の頭とは違う視界の大きな変化に美耶子は顔をしかめた。
「ほら、まただ」
「……」
のろのろと忌々しそうな視線が美耶子に戻ってきて、止まった。
今なら、美耶子でも宮田の表情がわかる。やっかいな、という苦い顔をしているのだろう。
表情は見えなくとも、人の視界はその人間の内面を語ることを、幻視を使い生活する美耶子は知っている。
そして、だからこそ、宮田の心情を慮ってやる気にはなれなかった。
「私の体は異常無しらしいけど、お前はそうでないらしいから」
「…以前、目の役はごめんだと申し上げたはずですが」
「お前のほかにいないからしょうがない。誤魔化すな」
「ですから、特に何も」
声は冷静だ。
だが、視界は、「今度は、目を反らせて見せてやらない」というつもりに、
応酬の間、宮田は美耶子の姿をとらえ続けている。それに薄く笑う。
「それは嘘だ。私がわからないと思う?」
「……」
「言え」
わざと傲慢さを装って短く下してみせる。
宮田は神代に従う。宮田の家はそういう役割だからだ。
それを当り前と思うと同時に、その従順さが苛立ちを美耶子に与える。
そんなに神代が大事?嘘だ。嘘ばっかりだ。
神のために身を捧げなければならないという義務を課せられ、
神のために汚い役目をやらなければならないという義務を課せられ、
その上で日常を過ごす奴らの“神の恵みだ感謝しよう”という笑みを見つめる。
お前と私は似ている。
言えば、きっと否定するだろうと美耶子にはわかる。
けれども、盲目な光を写さないぽっかり開いた黒い瞳孔と、それを捉えている薄暗い風景の持ち主に、
酷く共鳴するものを見つけてやまない。それは時折、今、心配している共犯者である双子の姉よりも克明に。
折れない美耶子に、宮田は静かに息をついた。映す視界でわずかに音がした。
「わかるのなら、わざわざ言わせる必要などないでしょう」
平坦であるが諂っていた宮田の、吐き捨てるように言う声を美耶子はその時初めて聞いた気がした。
とっさに「何の事?」と訊こうと口を開こうとするが、宮田の吐露は続き、
視界は、不意を突かれて戸惑ったような顔をした少女を映し続ける。
「私は宮田です。貴女方が何を思っているのかは知りません。
ですが、私に宮田以外の役割を求めるのは間違いだ」
「何が、」
「13年、自我の無いその時から、そうなるべくして育てられた子供が、どうして今更抵抗をするのか、
そこからすでに理解できようがない。
…あなたは以前、“ひとりではないから”と、
それが慰めになるとでも言うように言った。それも俺には理解不能だ」
美耶子は心のなかであの時の風景を思い起こした。
あの時、美耶子の目であった宮田も、その風景と同じものを見ていた。
特にどうとも思わなかった行動が、今では酷く拙かったように感じる。
「“アレ”はただの子供でしょう。
一緒にいることで救われることなんてない。
貴女は神の花嫁であり、亜矢子様以外の姉は否子。
それぞれ役割があり、そのどちらも己以外の役割なんて与えられず、人間は―――全うするのです」
「…」
背をざわざわと撫でてくる気配があった。予感が焦りとともに姿をみせる。
「貴方方」と纏めて美耶子と伴に数えられたもう一人。美耶子の共犯者。自分の片割れ。
美耶子が何が起こったのか理解するまで、視界のなかでは、手は素早く荷を纏め、宮田は美耶子を見下ろす。
「これで診察は終わりです」
「…待て!」
「失礼します」
宮田!と美耶子は叫んで立ち止まらない宮田に手を伸ばした。
しかし、もう、代わりに自分の周りを見渡してくれる視界はなく、
その手は何も掠めずに畳へと落ち、爪を立てた。
宮田の視界はその後も止まらず、障子を開いたその先、長い長いくねる廊下を見ながら、本館へと向かっていく。
「宮田!待て!―――待て!」
そのまま喚いて這うように手さぐりに進もうとすると、部屋の外で控えていた者達が叫びに気づいて出てきた。
美耶子の腕を掴んできてしきりに何かを言う。それに抵抗し、体をよじった。
しかし、宮田の視界を見たままの美耶子には、振り払っても振り払ってもどこからかまた伸びてくる手から逃れられなかった。
手伝いの者たちに抑えられながら、視界の複雑に入り組んだ廊下の進む先、そこに届くように美耶子は叫び続けた。
「戻ってこい!何したの!?戻ってきて言え!昼子に何した!!」
宮田は戻ってこない。
「命令だぞ!?宮田!戻ってきて!…ねぇ!」
もう、声も届いてないかもしれないところに差し掛かっている。
「―――許さない…許さない!
呪ってやる!!」
***
視界が遠く、ずっとずっと遠くなったのを最後に、喉を枯らして叫び切って、美耶子は突っ伏した。
もう、抵抗しないとばかりに腕に絡みついた手を払いのけ、その場に蹲まって、
大事なものを抱え込むように固く閉じる。
宮田が昼子の計画を知った。
それを神代の当主に伝えようとしている。
さざ波のような不安が押し寄せた美耶子はぎゅうと目を閉じて願った。
昼子はどうなった? 計画は? 上手くいかないの?
生贄にならずにすむんじゃなかったの? 昼子は?
昼子は、今、どうしてる?
何度試みても、村に居るはずの昼子の姿を探し当てることはやはりできなかった。
昼子自身の目を借りることも美耶子にはできない。
宮田は美耶子は昼子の目も幻視できると思っているから、きっと、
そこに至るまでのことを知っていると誤解してああ言ったのだろう。
けれど、美耶子はなんにも知らない。姉の言うことを聞いて大人しくしていただけだ。
溺れながら凍えるように、足が竦み、唇が戦慄く。
「おねえちゃん」
“ひとりにはしない”
たった一つを抱きながら、瞑った瞼にある何も写さない暗闇が恐ろしいものだと、美耶子は思い出していた。
◆暗闇
―――逃げてしまおうか。
そう思った瞬間、張り詰めていたものがぽっきりと折れて決壊してしまったように感じた。
口のなかに苦いものが広がり、目の裏が熱くなる。
そんなことできるはずもない。
そんなことを考えてしまった時点でもう堪らないのだから。
そのまま、耐えきれず、昼子は頭を抱えた。
逃げ出すにしても、自分とは違い、神の執心である美耶子は村を出ることはできない。
美耶子が村を出れば、おそらく、先代美耶子がそうなったように、サイレンが鳴り響く。
準備も整っていない、美耶子と血の杯を交わしてくれる少年もいない。
そんな時に村が逃げ出そうとした美耶子ごと異界に飲まれたら…。
一人で、村を出て、美耶子を一人きりにする。そんなことできない。
それに、村から遠くに逃げるだなんて、そんな都合のいい空想は、順当に、
終われば結局はどこかで天戸と同じ様になるのだという現実に昼子を叩きのめすことに変わりないことだ。
天戸の外なら、歴代の神代の怨嗟からは離れられるかもしれないが、それでもいつか来るその瞬間、
生きながら腐る苦痛や、動けなくなり、意思もつたえられないということ、終わりのない意識、
考えるだけで身の毛がよだち、終わりのない地獄のほかないと昼子は思う。
それは“昼子”になり、一人、小屋に閉じ込められてから、ずっと感じていたことだ。
小屋のなかで、次の実を産む役割である姉にも幻視の力は現れないものだという事を既に思い至っているだろうに、
“幻視のできない自分は、もしかしたら神の肉片が宿っていないのではないか”と自分を慰めることもあるくらいに。
そのまま、昼子が美耶子と出会わず、今も小屋のなかに一人で閉じ込められたままだったなら、
儀式の前に、気が狂って、己を誤魔化しながらまず村から逃亡していたに違いない。
美耶子と出会ったから、まだ正気で居られる。美耶子を助けたい、そう願える。
自棄に暮れていたあの時、自分を頼ってくれた美耶子を、大人の理不尽に振り回されているあの子を、解放したい。
それが、自分の救いになる、と、思った。
その後に自分の幻視が効かない、効かせなくする力を知り、
自分の体にも、堕辰子の何らかのものが混じっているのはもう確実になった。
しかし、それでも、“逃げ出したい”という感情は薄れる所か、強くなった。
こうして隙あらば背中を突き飛ばそうとしてくるくらいに。
けれど、美耶子がいる。
美耶子は昼子の目的であり、
美耶子は昼子の、村に対する恐怖に立ち向かうための命綱。
そのはず、だった。
“貴女の自己満足に付き合わされ、ありもしない希望を見せられているだろう美耶子様は哀れだ”
こうなってしまったら、もう、何も言えない。
散々希望を嘯いた姉が、我先にと天戸へと落ち、帰ってこなかったら、美耶子はきっと、一人でいるよりも辛い思いをする。
計画を作ったのも、美耶子にとっての救いを考えたのも、結局のところ自己満足―――
美耶子が神代から解放され、自分が救われる。その為に考えた行動だった。
一人で村から逃げ出さないのだって、考えてみればそうだ。
一人で村から逃げ出して、不完全な不死のことを誤魔化して、村のことを忘れ、生きることはできても、
小屋の格子越しに手を繋いで約束を交わしたキョウダイのことを忘れられない。
村から一人脱出して、その後、笑って暮らす自分を想像することはできない。
境界を一歩出たその瞬間から、美耶子を見捨てた己を嫌悪し、きっと、
「―――。」
そのあとに続く言葉を無意識に思い描いて、昼子は目の前が真っ暗になった。
結局ここに帰結する。呪われてでもいるように進んでいる気になって、
ぐるぐると歩いて悩んで苦しんでも、ここに帰ってくる。
塞ごうとした喉から声が一つこぼれて、口をも必死に覆って耐えた。
「ちがう」といくら否定したところで、宮田が言ったことは間違ってなんていなかった。
そう、嫌だったんだ。一人、生き残ったとしても、笑えず、楽しさもなく、
そんななかで、体の中にある神の肉は永遠に永遠に精神を生かし続けたら、
そんなことになったら、きっと、
“自分は自分を殺してしまいたくなる”
――――苦痛のない死に憧れている人間は、貴女自身だ。
ひとつ、もうひとつ、とこぼれた声が、やがてうめき声になる。
美耶子のことを思っている振りをして、自分のことしか考えておらず、
村や村人のことを憐れむつもりで、自分のために見捨て、
救済は自分次第だと人に言って置きながら、他人に救いを求め、それを拒否されると、落胆し、
そして、結局、
■■■■■てしまった。
様々な感情が渦巻いて、その場でのた打ち回りたくなる。
知らない内に元の場所へと散々迷った挙句に辿り着いた気分だった。
憤りが消えると、あとはもう、混沌しかない。もう、なにが正しいのかわからなかった。
そのまま昼子は顔を伏せ、動くのを止めて、宮田が神代の答えを持ってくるその時を待つ。
監禁ならそこからの脱出の術を。
天戸なら村からの一時的な脱出を。
今は、それしか思いつかなかった。
空いた時間は、ただ、ぼんやりと楔のようだと考える。
逃げ場なんてない。残されている道があるなら、それは多分二つ。
そして、選ぶのは、
***
部屋の下に溜まった冷たい空気が体を包み、わずかな振動をも伝える。
陽の落ちた闇に小さな物音が響きだし、それは段々と近づいて、折り重なった深い青い空気に侵入しだす。
ガチャン、とひと際大きく、鍵穴の回転する音が響く。続いて足音。
玄関から、電気をつけ、廊下。どこをどう歩いているのか想像できた。
だが、歩いているだろうその人の表情はわからない。
考えようとすると、首から上が影のように塗りつぶされている。
階段で少し立ち止まったらしい。しかし、すぐに足音はこちらへと歩みを進め、部屋の前までやってきた。
沈黙。
昼子は冷たい手から額を上げ、静まったままのドアを見つめた。
急に、今までの音は、幻聴なんじゃないか、と煩い心臓の上で手を握り締める。
カタ、
ノブが回り、ドアは開く。期待なんてするものじゃない。
その先の廊下で点灯している明かりはまっすぐに伸びて、静かにそこを見つめる昼子を捕まえた。
更新してある分の話の見つけた誤字だとか脱字だとか時間だとか変だと思ったところをちょこちょこ直しました。
間があいて申し訳ないです。時間が連続しているところはどうも苦手なようです。
えー、とりあえず、デ〜レよ、こい!は〜やく、こい!
*2012.06.22 気に入らなかったので、書き直し。本筋は変わってません。