他人に見えない装飾品とは、一体何を飾るのか?
それに気づいたのは、腹の傷が落ち着き、ソファからベッドに移って、
そろそろ、彼女を脅して一体何者なのかを訊き、ホームへと帰還する計画を立てていた頃のことだ。
朝。慣れた風に、食事を運び入れ、スクアーロのベッドテーブルに並べると、
彼女は、自分の分の食事を重厚な色合いのデスクへとのせた。
インクや文鎮と一緒に皿と食べ物が並ぶのはどうにも可笑しい様だった。
本来、ここは食事に使うべきじゃない部屋のようだが、ベッドに寝たスクアーロはともかくとして、
彼女も同じ部屋で食事をとるようになったのは、「そのほうが効率がいい」という淡泊な理由からだ。
食事は水分が多めの柔らかいリゾットとスープ。そして慰め程度の果物。
恨みがましいような気分になりながら無意識に彼女を睨んだ。このスープは毎回あるが、はっきりいってまずい。
その視線に気がついた彼女がリゾットを掬いながら言う。
「消化にいいんだ。静養しろ」
まずい理由は、ほとんど調味料を使っていないからだ。コショウや香辛料などは内臓を刺激する。手術後の病院食と同じだ。
だが、まずいものはまずい。食欲は湧かない。
「食わねぇと回復するもんも回復しねぇぞぉ」
暗に、もっと肉とか魚とか身になるものをだせと言うと、
「そっくりそのまま返す」
彼女は「いいから食べろ」と言う。
殆ど米の形のない、これもまた味の薄いリゾットが彼女の口へと消えていく。
それにならって、スクアーロも口に入れてみるが、なんとも味気なかった。
「う゛お゛ぉい……味がしねぇ」
項垂れるようにして言うと、彼女の視線が無言のままこちらを向いた。
怒ったのか?と物珍しく思いながら、視線を合わせると、妙な顔をした彼女がいた。
「……」
「……」
彼は眉間に皺を寄せて、なんだよと言葉を促した。
彼女の表情は何か軽い葛藤を帯びているように見えた。自分を抑え込みつつも、
どこか抑えられず、今にも言葉か口を付いて出そうな。
「なんだ」
「いや」
「気になんだろうが!言えぇ!」
じゃあ、その…と珍しく歯切れ悪く彼女が言うと、スクアーロの眉間の谷がまた深くなった。
「その、叫びのような、呼びかけのようなのは貴方の口癖か?」
「それを」
それを知ってどうする。と言いかけて彼は、不意に考える。
薄味の少し塩辛いただのお湯のようなスープを飲みこんで、わざと簡潔に言った。
「黙秘する」
「……」
彼女は、「なるほど」と目を細くして口を噤んだ。追い込みをかけるようにスクアーロは言った。
「自分だけ疑問を解消できるなんて虫のいい話だよなぁ?」
別に、こんなどうでもいい質問なら答えてやってもよかったが、彼はルールを持ち出して黙った。
八つ当たりに近い。しかし、それなりに順当だ。彼女の一個人としての質問に答えるなら、
彼女も彼の一個人としての質問に答えるべきだ。
「わかった。忘れてくれ」
「断る」
ため息をつきながら、リゾットを食べようと掬っていた手が止まり、わけがわからない顔で此方を見る。
スクアーロはニヤッと笑い、質問に答える。彼はお遊びの範疇で、彼女の隙をつついてみることにした。
「そうだ。口癖みてぇなもんだな。なんつうか、腹に力が入んだろうが」
「黙秘すると言った」
「気が変わった」
「何故」
「次はこっちが質問する。答えろ」
コツン、とスプーンが皿に置かれ、彼女がこちらを恐ろしく静かな目で見る。
部屋の温度が下がったように思えるのは、彼女の殺気だ。
スクアーロは変わらず笑いながら、彼女を見ていた。
「大した質問はしねぇ。ただの他愛無い質問だぁ。それならいいだろ?」
「…質問による」
彼女の態度が緩んだと同時に、スクアーロの右手が上がり、彼女の左手を指し示す。
彼女の左手は、胸元の服、いや、首に見える銀色のチェーンを辿って考えると、
服の中に隠れてしまっているペンダントトップを握りしめているらしかった。
「それは癖か?」
彼女はよくこの行動をしていた。最近、余程多い気がする。
彼は、彼女の正体についてそれなりに予想をいくつか上げ、その中でも、マフィアに追われている闇医者の線に絞り始めていたが、
どうにもこの行動が目につき、闇医者という冒涜な行為をしていたわりには、まるで神に縋っているかのような行動だ、と
思っていた。まぁ、服で隠れてしまっているため、ペンダントトップが十字かどうかまではわからないが。
彼女はそれを指摘されると、弾かれるようにして手を離し、「しまった」という顔になった。
それにスクアーロは純粋に驚く。意外にも、どうやら彼女の正体についてその首飾りはとても重要なものらしいのだ。
「…そうだ。ただの癖だ」
押しとどめるような目でもって、彼女は低い声で言った。
「忘れろ」
あとはひたすら味気ない食事を続けた。
彼女の正体についての考えを改めなくてはならないかもしれない、と、スクアーロは思った。