会話を求めるということは、自己の理解を欲しているからなのか、
それとも相手を理解したいと思うからなのか?
女の家には一通りの物が揃っているように思う。
ハサミで切り裂いてしまったワイシャツの代わりと、渡された男物の黒いシャツに腕を通したスクアーロは、
妙にちぐはぐとした彼女の家の様子について考えてみた。
まず、家の場所について。
任務でターゲットである男に止めを刺した場所から、生死のわからない狙撃手をまくために、当てもなく木々の生い茂る場所へと身を隠し、
そこで自分は意識を失った。そこから女の手で運ばれたとあれば、案外、自分の知っている場所から近くにこの家はあるかもしれない。
しかし、最後に記憶のある場所も、もともと森に入る一歩手前の林だ。今ここから歩いてみたとしても一番近い道へと出るのは至難の技だろう。
そんな森のなかにあるという奇妙な一軒家。住んでいる住人は恐らく女一人。
ここに来て彼は、彼女以外の人間を今まで見たことも無ければ、気配を感じたことも無かった。よって、おそらく彼女は一人暮らしのはずだ。
けれど、それを確信するには至っていない。この家には物が揃いすぎていた。
今着ている男もののシャツもその1つだ。女の一人暮らしなら、こんなものを持っているはずがない。
もともとここに住んでいた今は居ない彼女の家族のものか、とも思ったが、
そんな必要ないものをわざわざとって置くものなのか?と、スクアーロの頭に疑問がもたげる。
彼には、そのへんの価値観が疎く、彼自身、不必要なものへの執着は薄い。
例え、そこに思い出という付加価値があったとしても、未来もしくは力の前に邪魔となるなら彼は見向きもしなくなる。
そういう、横暴さを持っている故に、彼はマフィアの暗殺者なんてやっていけるのだ。
そして、なにより首を傾げさせるのは、前にも彼女の正体を掴むものとしてあげられた“手術道具”など、特殊なものがこの家にはある。
とにかく、物が多く、多種多様。すこし気が早いが、ソファの横に車椅子まで用意されると、もう疑問ばかりだ。
スクアーロは、自分の寝ているソファから、近くの窓へ視線を移す。
外には小さいが庭が広がり、野菜や果物がなっているようだ。
生活用品から、衣服、食糧。
まるで…
この家は、この家1つで、人間が生きていけるように物が揃っているように思えた。
「調子はどうだ?」
そこに住まう女は一人。こんなところでいったい何から隠れ、
「もし、言ってしまえば貴方を殺さなければならない」とまで言う理由はなんなのか。
スクアーロはどうにも気になっていた。
「悪くはねぇ」
「そうか」
なら、いい。と彼女は暫く何をするでもなしにぼんやりと窓の外を見ているようだった。
スクアーロも、寝すぎてダルくなった首を伸ばすほか、何もせずに外のほうへと意識を向けた。ただただ続く木々に気が滅入る。
そうしているうちに再び彼女が軽く沈黙を縫うように口を開いた。
「なぁ、」
「あ゛?」
「なにか必要なものはないか?」
「…特にはない」
「そうか…」
「なぁ、」
「なんだぁ?」
「隣の部屋に使ってないベッドがある。もう少し、傷が落ち着いたら、そっちに移動しないか?」
使えるなら、使う。と、大きいとはいっても寝返りを打てば落ちそうになるソファに、嫌気が差しながら、
返事を返しつつ、彼は質問を繰り返す彼女を見た。
「なぁ、」
「なんだよ」
「眠い?」
うぜぇ、
彼は憚らず、そう思った。
そして、その思いを包み隠さず彼は正直に呟いた。
「うぜぇ」
「そうか」
「……」
「……」
彼の心中に、体を掻き毟りたい衝動、もしくは、真面目な顔で頷いた目の前の女の頭をスパンと叩きたい目標が沸きあがった。
けれど実際やったら、縫っただけの傷が開いて血みどろになるのでソファを鷲掴むのに留めておいた。
ただでさえ今は傷が治る重要な時期なのだ。痙攣する目元を自覚しながら、女を改めて見て、彼は気がつく、
「悪かった。こういう時、どう会話していいかわからない」
彼女はぼんやりとしながらも、考えを必死に巡らせるように下を向き宙を見ていた。
「別に。話をする間柄でもねぇだろぉ」
「…そうだな、忘れてくれ」
そう言って彼女は座っていた椅子から立ち上がって部屋を出て行った。
彼女の居なくなった椅子を眺めてからスクアーロは彼女の台詞を考える。
(自分で、それぞれを理解し合うことを拒絶するルールを設けておいて、なにが会話だ。)
そう心の中で吐き捨てながら、彼は、彼女という人間のちぐはぐさがこの家に似ていると思った。