桜の木の下に死体はあるか?
「死体の処理は厄介だ。腐れば腐臭がする。焼くにも匂いが立ち込める。切り刻むのも重労働。
どこかの湖に沈めてもガスでいつかは浮き上がってくる。
だからといって密閉した容器かなにかに入れて家に置いておくのも気分が悪い。
まるで、死人が自分はここだと叫んでいるようだな」
「胸糞悪ぃこと言うんじゃねぇ」
それになりそこね、しかも、過去にいくつものそれを作り出しただろう、彼は呻いた。
熱が下がった彼が目を覚ますと彼女は開口一番に上記のことを口走ったのだった。
豪雨の夜が明け、空は昨日の雨が嘘のように晴れ渡り、丸っこい四角の白い部屋のなかは、
丸い窓から差し込んだ日の光によって、そのなめらかで奇妙な作りを白く反射させていた。
この部屋は奇妙だ。改めてスクアーロは思う。
真っ白な部屋に鋭角はなく、すべてヤスリで整えられたような鈍角でできていて、クローゼットや棚は壁や床が変形し、
その形を成していた。巨大な粘土を内側から部屋の形に整えたみたいだった。
部屋の一角、この家の中心にあたるところに暖炉があり、そこは大きな円柱がくり抜かれたようなかっこうだった。
部屋全体をみれば、緩い四角の一つの角を削った、歪んだ扇のような形だ。
扇の軸ではなく、外側近くのソファーに寝ていたスクアーロは差し込む日の光に目を細めた。
のっぺりと白い部屋は光を乱反射させて、部屋全体がぼんやりと光っているように見える。
眩しそうな彼の様子に気がついた彼女が椅子から立ち上がり、レースカーテンを引いて光を調節する。
「貴方が言ったんだ、「死体の始末をするのはそんなに嫌か?」と」
「…」
カーテンを閉めたあと、椅子に座りながら彼女が言った。
覚えてるような気がした。けれど、熱に浮かされて言った戯言にわざわざ律儀に答えられるとは思っていなかった。
「よくわかんねぇが、然るべき場所に連絡して引き取って貰えばいいんじゃねぇかぁ?」
「…訊きはしないが、貴方はその然るべき場所の世話を受けてはならない人だろう。…私も似たようなものだ」
思わずスクアーロは女の顔を見た。
彼女は薄いカーテンのその先を見つめ、もう、口は閉じていた。
「いいのかぁ?」
「これくらいは予想できていただろう?許容範囲内だ。」
彼女はカーテンのその先から視線を外して、彼を見た。
その目は彼に念を押すようで、彼に納得してもらうために必死になっているようにも見える。
「だが、これ以上は言えない。…言ってしまったら、私は貴方を殺さなければならない」
「…」
「けれど、これだけは確かだ」
「…」
「私は貴方を助けたいんだ」
それだけ言って、彼女は目を伏せ、「水と、なにか食事を持ってくる」と席を立った。
スクアーロは、彼女が部屋から出て、姿が見えなくなるのを待ってから、自分に左手がまだあることを確かめた。
生身の右手で掴めば、中に収納した刃がキシリと呻く。
けれど、まだだ。
腕を少し動かしただけで、痛みとどうしようもない脱力感に襲われる。
彼は、できるだけはやく怪我が治ることを願った。
自分が情に絆されることはないだろうと確信している反面、彼女の真摯な目を鼻で笑いとばすことができなかったからだ。
このとき彼は、やっと、彼女の1つを知った。
窓を覆う白いカーテンが、雨上がりの澄んだ風にあおられて、光と踊るように揺れている。