食事の共有は仲間意識のあらわれに繋がるか?
自分の喉からでる奇妙な音をぼんやりとスクアーロは聞いていた。
渇いたせまい隙間を通り抜けるようなひゅうひゅう、という音が情けない。
麻酔はいらない、と言ったのは自分だが、女の容赦ない治療に内心驚いた。
無意識に篭る力にしたがって足や腕を跳ねさせると、容赦なく「邪魔」と押さえつけられる。
治療のためといえど、まるで感情を滲ませずに治療のみを完遂させようとする彼女の手際はすばやく、そして、容赦なかった。
ザクザクと音が聞えそうなほど、傷を縫われたときには気が遠くなった。
けれど、その治療をされながらうめき声ひとつあげない彼の意思の強さも普通の神経ではない。
そのまま、意識を保ったまま治療は終わり、彼女に支えられてスクアーロは、
あのフカフカとしたソファーで横になりながら自分の呼吸を聞いていた。
傷から広がる熱が頭をぼんやりさせた。
彼女は治療が一通り終わると、彼をソファーに移動させ、汚れた床を片付けて、
彼の使い物にならなくなった服をゴミ箱につっこんだ。
そして、どこかの部屋から毛布を一枚持ってくると、彼にかけて彼を一瞥して、部屋から出て行った。
スクアーロは暖炉の火の音だけが響く薄暗い部屋のなかで、呼吸に観ずると、言葉に忠実な女とこれからについて考えてみることにした。
女の歳は自分と同じくらいだった。
見た目、普通の一般人のようだが、治療の腕と死にそうな人間に向ける反応から、恐らく裏の人間。
この場所、奴の隠れ家かなにかか?と思うものの、結局のところ、情報が不足しすぎている。
……なんとしても、先ずは、この傷を治すことが先決だ。ポケットに入れられた携帯を取り出すと、
壊れてつかいものにならないことを確かめ、浅いため息を吐く。
本部と連絡がつかない今、足を呼ぶことはできない。先ずは……そう、休んで、体力を養なう。
気ばかりが焦って傷の鈍痛も相まって意識を暗闇に沈めることができない。イライラと、自分の腕で、視界を覆った。
「水」
隣から聞えた声に、彼は驚くこともできなかった。
またか、と思い、腕を戻し、女を睨みつける。彼女は彼の意表をつくのが上手かった。
差し出されたのは、よくある透明な円筒形のコップ。なかには水が並々と揺れている。
そういえば喉が渇いていた。ずっと治療中タオルを噛んでいた口内はパサパサで、口を開くのも億劫で気持ちが悪い。
けれど、口元にあてがわれたそのコップに彼は彼女に責める口調で言った。
「何が入ってる」
彼女は彼が体を起したあの時のように、
「気づくとは驚きだ」
とコップを引っ込め悪びれることもなく、「無臭なのに」と言った。
それでも水の匂いに混ざってわずかに薬の匂いがした。彼は左手に力を入れて女を再び睨んだ。
「少量の睡眠薬と鎮痛剤だ。治療の痛みで気がたっているだろう。眠らなければ体力が回復しない」
あくまで、治療の一環だ。と彼女はコップを揺らした。彼は、いらねえ、と麻酔のときと同じように言い返す。
「眠らないつもりか?」
「余計なことはするんじゃねぇ」
「死なれては困る。」
「…何故だぁ?」
「…死体の処理は重労働だからだ。しかも、貴方の場合はそのあとにも余計なことがありそうだ。
…これ以上の質問は私個人のことになる。ルール違反だ。」
黙って飲め、と彼女はコップを差し出す。スクアーロはコップを無視した。
「テメェのことを答えないっていうのは、何故だぁ?」
「黙秘する。」
「オレについて言わせねぇのは?」
「黙秘する。はやく飲め。」
取り付く島もなかった。
スクアーロは無表情のままコップを押し付ける女を睨み、拒み続ける。
受け取られないコップを見て、その時初めて女は感情を見せた。
眉を寄せ、ため息を吐いて、ほんの少し考えを巡らせる風に、目を閉じ、
そして、決意の表情をして彼女は一口水を飲み再び差し出した。
「毒じゃない。飲め。」
スクアーロは、今まで簡潔にものを言っていた彼女の、聞けば少し必死そうな声に、少し驚き、
反射的にコップを受け取ろうと腕を動かした。だが、長いこと全力でタオルを握り締めていた手のひらは痙攣し、使い物にならなかった。
彼のコップを掴もうとした手は力が入らず、滑ったコップを彼女が受け止めた。
「……麻酔を使わないからだ。」
「うるせぇぞぉ」
彼は責めるような彼女視線から逃げて、ばつが悪そうに背もたれのほうへと向いてしまった。
彼女は、渡し損ねたコップをちらりと見て、背中を向けてしまった彼を見た。そして、
「おい、」
「あ゛あ?」
振り向いたスクアーロを彼女が確認すると、彼女はコップを傾け、自分の口のなかに水を含み、
彼の鼻を摘み、そして、驚き、開いた口へと流し込んだ。彼が咳き込まないように、ゆっくりと。
彼は拒否するように彼女の肩をつかむも、急だったことと、握力がないも等しい手では押し返すことは無理だった。
そして、最後の一口が飲み終わると、彼女は顔を離した。
「あとは休め。」
彼が何か言う前に、彼女はそう言い、近くにあった椅子を引き寄せて、ソファの傍へと腰をかけた。
いったいなんのつもりだ、と彼は言いたかったが、訊けば治療だ。と簡潔に返ってきそうだったので、やめた。
ただ、爆発処理の出来なかった感情が蓄積して、彼のコメカミが痙攣し、
あとは刻々と、水の掃けたコップを恨めしそうに見ていたのだった。