殺意を飲み込むという行為は、相手を受諾するあらわれであるか?
「体を起すとは、驚きだ」
その声はスクアーロの真後ろからだった。驚き、振り返り、まず見たものは黒い暗い穴だった。
拳銃の銃口。
女は彼の背後にあった布張りの白いふっくらとしたソファに腰をかけ、
拳銃をまっすくスクアーロに向けていた。彼は舌打ちをした。気配もわからないなんて、ずいぶん自分は弱っているらしい。
スクアーロは女を睨みつけ、再び立ち上がろうとしたが、やはり足が使い物にならなかった。
二人は何も言わずに目線を合わせる。パチパチという暖炉の火が爆ぜる音のみが白い部屋のなかで響く。
沈黙を破ったのはまず彼のほうだった。
「何が目的だ?」
「目的はない。倒れた貴方を発見し、このまま放置して腐らせると厄介だと判断し、家へと入れた」
ずいぶんと簡潔にものを話す女だ、と最初の印象に留める。
「腐らせると厄介、にしては本当にただ運んで転がしたって感じだなぁ?」
「貴方が死ぬか生きるかは、貴方しだいだからだ」
女は拳銃を誇示するように、少し上に上げる。
だが、直ぐに降ろし、自分の横、座っているソファーの上に置く。
そして、手を組んで、その上に頭を置いて彼を覗き込むようにした。
「これから、貴方に質問をしていく、それに答えろ」
スクアーロは目を細めた。やはり、か、と左腕を無意識に揺らす。
「貴方は生きたい?」
「……」
彼はおもいっきり顔をしかめてやった。わけがわからない。そんなことを訊いてどうする?
まるで心理学者と哲学者の問答か、遠回りで稚拙な脅しのように思えた。
構わず、女は続ける。
「それは肯定か、否定か?」
「なんのつもりだ?」
「質問だ。貴方は生きたいか?」
「…死んで堪るか」
そう口にすると、むくむくと生きるための手段がスクアーロの頭にもたげた。
左手を確認し、自分と女との間隔を測り、女の射撃と死に底ないの自分のスピード考えておく。
女を殺すのは、女が拳銃に手を触れた瞬間だと決めた。
女は相変わらず口を開く。
「分かった。ここに、ルールを提示したいと思う。貴方が了承するのなら、治療をしよう」
「……」
「これから、沈黙は肯定とみなす」
そして彼女が言ったのは、先ほどまでの彼の考えを覆すものだった。
1つ、貴方は名乗ってはいけない。
2つ、私のことを尋ねてはいけない。
3つ、怪我が治ったら速やかに出て行き、
そして、この場所を忘れること。
「以上だ」
「……」
内心驚いていた。自分から情報を聞き出すと真反対なルールだった。
いったいどういうつもりなのか。
「その沈黙は肯定か?これは重要なことだ。わかりやすい意志表示を」
「……なんのつもりだぁ?」
「なんのつもりもない。貴方はこのルールに頷くか、それとももう1つ腹に穴を開け、息を止めるかだ」
それ以外は無い、と言い放った女はソファの上の拳銃に手を添えて目を細めて、見定め始めた。
スクアーロはわけのわからないルールを考える。
自分が何者か名乗らないのは、むしろ好都合だ。怪我が治ればこんなところ喜んで出て行く。
場所だって、わざわざ尋ねたいとも思わない。
ただ、女のことを聞き出せないのは自分の立場上、承諾はできない。
だが、彼は、次にはそれを快諾し、頷いて見せる。
「ああ、わかった」
なぜならば、そんなものは、動けるようになれば残忍な鮫はいかようにでも出来るのだ。
頷いてみせた彼に彼女も一度頷き、そして、
「そうか。では治療を開始する。」
彼女はソファにおいていた拳銃を持ち、鍵のついている、机に片付けた。
スクアーロは、その手が拳銃に触れるさまをまざまざ見ていたが、
その左手を振るうことは、ついにしなかった。