約束は再会の合言葉になりうるか?
“これはいづれボンゴレの力となる。それまで守り通すこと”
その昔、ファミリーの中でも内密に承ったその命令を守るために一族は他との接触を出来うる限り断ち、森の奥へと移り住んだ。
しかし、期限も無く、いづれとは一体いつのタイミングなのか。
とにかく、預かった石の炎の力で存在し増殖する珊瑚を削り家や部屋を増やして一族は生活していた。
しかし、閉ざされた限りのある人数は、時代とともに減っていき、最終的に一つの家、一つの家族しかなくなった。
けれども、時間というのは残酷だった。
秘密がばれないように、他人に関わることを禁じることにしていた我々は、
どうしようもないことを除いて一通りのことはできないといけなかった。
ずっと過去に蓄えてあった金や宝石を少しづつ使いながら物を用意して。だが、限界というものはある。
特に、医学というものは、目まぐるしく進展していくものだから、
他人に関わることを禁じていた一族が知っている医療は本当に時代遅れのものなんだろう。
母は幼い頃に病で、父も一年前に。そして、一族は私だけになった。
「母の病気は父が看ていたけれど、ほとんど父は手が出せなかったようだったと思う。
今となってはわからないが、もしかしたら、母の病気は、世界のどこかの医者なら治せたのかもしれない。
けれど、そうやって思えたのは、父も同じように亡くなって私しかいなくなり、
町への必要なものの買い出しも、私が出なければならなくなってからだ。
私はそれまで、あの白い家の外の世界がこんなにも別世界だとは思っていなかった。」
私は、疑問に思った。
百年も前の忠誠に命を掛ける必要があるのだろうか?と。
「昔は、噂を聞きつけてやってきたほかのファミリーの刺客が居たらしいが、
それも祖父母の子供の頃の話でその後はぷっつりと途絶えていたし、
もう、誰も、この“石”の存在なんて忘れてしまったんじゃないか、とも思った。
けれど、母も、父も、私に繋がる人々が命を賭してずっと守り続けてきたものがこの家にはある。
しかも、一族は私で終わってしまいそうだった。だから、役目を放り出すということはできなかったし、
それ以外の道を選んだところで後悔しかなさそうだった」
だから疑問を捨ててあの家を命が尽きるまで守ってやろうと思っていた。
そこに、貴方が来た。
「買い出しの帰り道の途中だった。雲鮫の背中に乗っている時に見つけた。
本来の道と家までの距離のちょうど真ん中当たりで、町からだともっと遠いところだった。
なんでこんなところに、と、思った。けれど、調べてみると、腹に銃で撃たれたあとがある。
状況からいって、一般人には到底思えなかった。
直感的に助けてはいけない、関わってはいけないと思った。
見てみないふりをしようと思った。
幸い、貴方はそのままにして置けば死んでしまいそうだったし」
だけれど……。
「死体をたった一人で処理するのは、もう十分。―――もう……嫌だ」
力の抜けた四肢、冷たい皮膚。暖かったはずの体が、水を詰めた袋のように地面に横たわっている。
とても重くて、重心の定まらないそれは不安定で、けれどこのままに置くこともできない。
墓を造り、埋葬しなければならない。土を掘り、無心に何度も何度もスコップを振り下ろす。
淵から崩れ落ちてきてしまう泥を掃けて、深くへ、深くへ、動物が掘り起こすことができないように。
出ることも難しいくらい深い穴ができたら、亡骸を背負って、再びなかへ、
ずり落ちてしまわないように注意して降りたち、湿った土へ横たわらせる。
本当に辛いのは、この時だ。亡骸から離れ、地上へと戻って、土を掛けなくてはならない。
その間、ずっと、面影と思い出と届かない手が、吐き気のような嗚咽を産み出してくる。
「貴方との思い出なんてあの時はないけれどね。
でも、思い起こすようなことで十分だった。
スコップを握るその行動だけでも、私は、思い出してしまうだろうから。
手を止めようか。しかし、このままにしておくこともできない。
縋ってさめざめと泣いてしまいたい。
けれど、私以外、ここには誰も居ない。このままにしておくことはできないだろう」
どんなに大切な人が死んでも、時間は流れるのだから。
「だから、貴方には生きて自分の足で帰って貰おうと思った。
忠誠にも、自分の欲求にも従えるように、ルールを設けて。
互いに知らなければ敵にも味方にもならないように。
貴方の治療をして、話をしてみて、私はずっと掟について考えていたよ」
掟はかつて二代目が「守れ」と言ったことのために作られた。
それに従うことで戦いの火種になる炎を灯す石―――“虹の欠片”を最善の状態で守っていける。
けれど、私は、貴方と接触したどころか、貴方をこの家へ、これを守るために作られた白い家に招いてしまった。
ルールを設けたとはいえ、これは掟破りだろうか。私は、忠誠に従おうと思っていたのに。
けれど、考えているうちにそうではないんじゃないだろうかと思い始めた。
「本当に忠誠を誓った人間なら「自分が死ぬまでは」なんて、自己満足なことは思わないだろう。
だって、自分が死んだら「守れ」と言われたこれは一体どうなるんだ。
私が死んだら、私は「死ぬまで守り切ったぞ」と満足して逝くんだろう。
だが、同時に欠片を守る者は居なくなり、いつか、これは他人の手に渡ることになる。
……そんな簡単なことは分かっていたはずなんだ」
だったら、対策を立てなくてはいけない。
私が死んだあとのことを、私が生きているうちに考えなくちゃいけない。
時間というのが残酷なことは承知済みだったはずだ。母も、父の時も、私は二人の終わりのあとを知っている。
人が居なくなっても時間というのは止まらずに、悪い出来事と良い出来事は何処にだって誰にだって繰り返し起こり続ける。
約束を破ったとしても、私にとっての精一杯の対策を「未来」に向けてしようと思う。
「それが私の忠誠だ」
***
だから、はここに来て、守っていた“虹の欠片”をボンゴレ本部へと持ってきた。
死ぬ気の炎を引き出すという最新の武器の姿と、その話をスクアーロから聞き、直感としてこのタイミングだと思ったこともある。
今は殆ど廃れていたリングとボックスが何者かによって姿を再び見せている。
リングとボックスには同じく炎を持つ兵器でなければ対応できない。
単純にボンゴレが強大であるだけでは維持できない事態がこれから必ず起きるだろう。
二代目が言ったように、これをボンゴレの力にするならば、今だ。
彼女の話がそこで一区切りをつけて、スクアーロを困ったように見つめた。
「けれど……突き返されてしまったようだ。労ってはくれたけれどね」
が石を取り出し、突き返されたという事実を露わにする。それを見て、捨てた鬱屈に似た感情が過った。
穏健派の権化である9代目が何を考えているのかスクアーロにはまったく見当がつかなかった。
これを受けとって貰えることが今まで人知れず忠誠を誓ってきた一族の満願じゃないのか。
受け取ってやって必要ないならボンゴレの本部で保存しておけば済む話だ。一体どちらが精神論か。しかし、手ぬるい。
そんなんだから父だと信じていた息子に資料を漁られる。
スクアーロが静かに険呑にしていると、彼女は石を彼の前へと押しやった。
「だから、独立暗殺部隊“ヴァリアー”にこれ献上したい」
「……う゛お゛ぉい
手前ぇは知らねぇだろうけどなぁ、ウチの組織は今もクーデターの懲罰の真っ最中で大忙しだぁ。
受け取ってやりてぇが難しい」
「知っている。献上のことも9代目に言ってある。了解も貰った」
「……なぁに、考えてんだあのジジィ……」
「さあね」
は本当に憑き物が取れたかのように年相応な幸福そうな娘の顔をしてくすくすと笑い、なんだかそれにギクッとしてしまう。
「9代目が何を思っているかは私には分からない。
クーデターの話を聞いた後にヴァリアーを選んだのは私だ。
今のボンゴレは、自ら“戦力”を捨ててしまうくらい穏健な姿勢のようだが、
これからはそうはいかない。だから“ヴァリアー”に、指輪を使った戦いに対抗できるように渡したい。
貴方達はボンゴレ自体を潰そうとしたわけじゃないんでしょう?
貴方のボスは“ボンゴレのボス”になろうとした、と聞いた。
ボンゴレのボスになろうとした人がボンゴレのことを思ってないわけがないだろうと思う。
それに、私達が忠誠を誓ったのは二代目ただ一人。
その二代目が“ボンゴレの力”のためにと言ったのだから、
ボンゴレの強い力である貴方達に、コレを渡すことを躊躇する必要はないな」
スクアーロが石を受け取ったのを見てから「これが私の正体の全てだ」と告げ、は椅子から立ち上がった。
全ての話しを聞いて、石を受け取った彼に彼女を引き留める理由はない。だが、疑問を口にした。
二代目に忠誠を誓い、石を守ることに命を賭してきた一族の末裔が石を失ったその後は一体どうなる?
スクアーロはそれが気がかりだった。白い家は破棄してしまった。
は9代目のファミリーの傘下に入るのか、それとも、清々とマフィアから縁遠くなり腑抜けてしまうのか。
幸せそうな笑みにはその可能性が十分にあるような気がした。
「これから、手前ぇはどうするんだ?」問いかけながら出てくる答えのそのどれもに自分は落胆するような嫌な予感がした。
「ほかの指輪や匣兵器を探して回収に出るつもりだ。
これらが今よりももっと出回るようになったらどうなってしまうのか、
この力を手に入れるのは穏健派だけではないだろう。だからその前に」
ようやく解放されたのにか?問うと振り向いた彼女は「正直に言って今はそれしか思いつかないんだ」と言う。
「でも自分で決めたことだ。
“ボンゴレの力になる石を守れ”その声を私は直接聞けたわけでもない。
二代目の姿だって見たこともない。皆聞いた話ばかりで。
けれど、きっと私は指輪を見ると思い出すだろう。―――あれに炎は灯るか?
小さい箱を手に持つ人間を見て指を確認せざる負えないんだろう。それが探さずにいられるものか。
マフィアのファミリーである体裁なんてとうにない。ボンゴレを名乗る資格だって。
現在のボスである9代目の命を受けるのも今更だ。
けれど戦えもしないくらい衰えたってこれは変わらない。
これは私の一部だ」
考えれば貴方があそこで倒れていてくれて良かったんだなぁ、と言ってスクアーロを見るので、
嫌な予感が当たらなかった彼はフンと頬杖をついて、彼女の返答に満足し、ただその背を見送った。
色々言ってやりたい事はあった。匣兵器の有効さは分かった。
けれど彼女自身戦うことができるのか。指輪や匣を回収するということは危険な目にも遭うだろう。
もう背後からの狙撃に鼻の利く人間が傍にはいないんだと言うことを聞かせて、
死んだらその意思も仕舞いだということを承知させてやる面倒くらい焼いてやろうかと喉を震わせたが、止めた。
何を言ったところで彼女は揺るぎなく、かつて悩まされたその頑固をスクアーロは今小気味良く思っている。
「また、いつかどこかで」
閉まったドアを見つめ、暫く経って息を吐いて石を持ったスクアーロも立ち上がった。
有給は使い果たしたし、再び任務が待ち受けている。
彼が忠誠を誓う男は生きていた。
彼女とは違って時間の中で変化を繰り返す意思を拾うスクアーロはより忙しい。
恐らく、その飛び回っている間に、白い箱に住んでいた忠誠を持つ女と再び出会うこともままあるだろう。
パタン、とドアが閉まった。
部屋の中にはもう誰もいない。