名誉と命は順当か?
扉の外と隣の部屋に気配がいくつかあるところをみると、過去にクーデターを起こした組織の幹部の一人として、
それなりには警戒されているらしい。だが、そんなことするくらいだったらもっと確実な方法があるだろうに。
その手際の悪さに苛立ちを感じるものの、こそこそと隠れる輩に嗤ってやるだけの余裕がスクアーロにはあった。
相手が甘いからといって、こちらまで甘くなって、命をまざまざ自分から差し出してやることなんかない。
隙を見せたら今度こそ食らってやる。このまま9代目が引退したあとは、日本で暮らしてきたとかいうあの少年が10代目として収まるのだろうし、
知っている流派だと油断して負けた雨の守護者もこちらにやってくるだろう。
彼らの就任時にXANXUSが大人しくしてるとは思えないし、ボスに従ってその時はせいぜい暴れてやろう。
呼び出された場所はボンゴレの本部にある一室だった。
結局、あの後、もう一日消費してスクアーロは森を抜けた。
任務の後に用意されていた雀の涙ほどの休みと合わせて、使ってなかった有休を消費し、
加えて、ターゲットは始末したこと、連絡がとれない、療養が必要だった傷の状態を認められ、
なんとかヴァリアーでの私刑を免れたスクアーロは、
今日という日まであり続けた命を消費しなければならないと思っていた妄執を捨てた。
命を自分の忠誠と誇りの証明の為に、自分の忠誠と誇りを認めない連中にくれてやるのはもったいなくなったのだ。
ドアが開かれたのは、スクアーロがその場にやってきて10分も経たない。
歯切り良く響くノックの後、静かに開かれたその先には、白い家に住んでいた女が居た。
部屋を眺め、そこにスクアーロがいることを見止めると、一度瞬いて中へと足を進めドアを閉めた。
室内は彼女が希望した通り、二人きりだった。
「待たせたか?」
彼女が向かいの椅子に座る。
「常套句なんかは必要ないな」
ほんの少し、唇の端を上げ、困ったかのように笑った表情の彼女は肩から荷を下ろしてほっと息を吐いた。
彼女の名前を・という。
***
森の中。名乗ってすでに銃を下していた彼女、は続けてこう言った。
「私の正体を知りたいと言うのなら、一度家に帰らせて欲しい。貴方の手当もやり直したい」。
ひと暴れしてすっきりとしていたスクアーロの腹からは捻った時に開きかかった傷口が血を滲ませていた。
は胸元に吊る下がったチェーンのその先、ペンダントトップの変わりの古い銀の指輪を手繰り寄せ、
一度閉じた小さな箱へその指輪に灯った紫の炎を押しつける。
「スクアーロ・ヌーヴォラ」
赤い炎に隠れた狙撃手をそのまま飲み込んだ宙を舞う紫の炎を纏ったサメが再び現れ、
その背に乗るとあんなにかかった苔むした道を踏むことなく、丁度三十分空中を駆けて白い家へと辿りついた。
スクアーロは自分の名前と同じサメの背の上で言った。
「う゛お゛ぉい、“死体の処理は厄介だ”ってどこがだ」
まったく触れることなく仕舞いじゃねぇか。その言葉を聞いて、は、「それは……」と言葉を濁す。
「生き倒れと、銃を撃ってきた相手とじゃ対応が違うだろう」
つまり、その生き倒れになりかかったのがスクアーロだ。
「例えば、あのまま熱のなかで貴方が死んでしまったなら墓は作ってやるつもりだったよ」
満腹で泳ぐサメを「スク」と言いザラザラとする頭を撫でて左右に指示を出す彼女にやっぱり「胸糞悪ぃ」と彼は呟いた。
白い家に着き、手当てが済んで翌日。はようやく自らの正体を話し始めた。
角の無い不思議な白い家の中心地の火の消えている暖炉の灰をかき、
一番奥の突き当たった壁に埋め込まれたレンガに爪をかけて引っ張る。
レンガが取り出されるとその奥に虹色に光る石があった。
「何だぁ?」
「私達がここにいる理由」
がそれと傍に転がっていた匣とを同時に取り出して「さ、用事は済んだ。出よう」そう言って再び家から出る。
外に出ると追って引っ張られるように白い家は崩れて歪みながら縮み、石とともに取り出した匣のなかへと収納されていった。
家があったと思われる周辺には白い粘土と思われたもの以外の物が散乱する。
様々な物の中で、土に放り出された植物のつたで編んだ敷物と、滑らかに仕上げられた木製の鳥の置物が二羽落ちてバラバラになっているのが見てとれた。
茫然としているスクアーロの横で三度対面する空を飛ぶサメを出し、それに跨りながら彼女は
「コラッロ・ヌーヴォラ。増殖した珊瑚だ」と言って、あんまりに簡単にスクアーロに向かって「森の外まで乗って行こう。そのほうが速い」と告げた。
***
彼女は警戒深く、一つ一つの事実を注意深くスクアーロに言って聞かせた。
森を出る30分の間、自分の一族はある事情で森の中にいなければいけなかったこと。
それが自分の代でどうしようもなくなってしまったこと。ボンゴレとの関係。
途中、雲や雨、増殖や鎮静等の死ぬ気の炎の種類についても触れた。
遠くから回り込むかのように話していき、自分も一緒にボンゴレの本部に向かうことにすると言ったのが丁度森から出たところ。
家だった白い珊瑚を解除して崩したのは、もう、ここには戻って来ないという彼女の意志表示でもあったわけだ。
そうして、本部への連絡を終えたスクアーロとが街中や公共交通機関で沈黙を守り、
届く足であった黒塗りの車に乗り合わせて少し続きを話し、本部についたところで話は全ては終わらずに一端途切れた。
は約束だと言って、後日、話の続きをと面会の日を設けるとスクアーロと別れた。
そして、今日、リング戦の傷から回復した9代目の声だという知らせが幹部伝いで届き、
その発信源を気に入らずとも指定された一室に訪れれば、約束の彼女と落ち合った。
・。
かつてボンゴレの創生に関わり、二代目ボスに忠誠を誓った一族の末裔の唯一の生き残り。
彼女の一族の忠誠の話だ。