Q13

白い箱の中身は一体なにか?(後半)



灯った炎。手のなかにあったもの。何カ月か前、武器屋から紹介され物珍しさから手に入れたちょっと面白い新兵器。 それまで、狙撃手にとっておもちゃと変わらない下らないものでしかなかった。 今まで使えたとしても男には数秒幻のような輪郭が出るだけで同じく手に入った四角い箱も沈黙するばかりだった。

しかし、俯いたとき狙撃手は見た。指輪に灯った赤い炎を。 スコープ越しではない死に直面して、その感情が心臓から指先へと流れ、 それに反応するかのように指輪に灯った炎は今まで比べ物にならないほどはっきりとしていた。 狙撃手は「死にたくない」と呟きながら、細心の注意をはらって指輪のついたその手をポケットにつっこむ。 銃を剥ぎ取られた今、慣れていないこの兵器に賭けるしか狙撃手には残されていなかった。

そこには“匣”があった。

兵器を収納する不思議な小さな匣。 震えたままの声は、首に巻きつく死の影を振りほどくために叫ばれる。

「メドゥーサ・テンペスタ!」


***

首を掴まれたまま急に叫んだ男の懐から赤い光が漏れた。スクアーロはとっさに男を掴み上げていた手を離す。 視界を埋め尽くすように広がっていく光、爆発、自爆か。そう思った彼は、手で顔を覆い、その場から後ろに跳んだ。 そして、舌打ちをして衝撃に備える。しかし、光は周辺を照らした後、だんだんと収束を見せた。

爆音も爆風もなく、閃光弾にしては光が弱かった。 手の覆いの影のなかでその様子を見ていたスクアーロは、男の挙動に注意しながら観察した。 支えもなくなりへたりこんだ男は、おもむろにポケットから小さな“匣”を取り出した。

そこで思いつく、最近出回っているというちょっと変わった新兵器の事だ。 その噂をスクアーロは耳にしたことがあった。 だが、それそのものを直接相手にしたことはまだない。噂では、特殊な指輪と匣を使い、匣のなかには兵器が収納されているという。 どういう原理なのか、小さな大きさでは収まらないだろうものも入っていて、見かけだけでは何が飛び出してくるのかわからない。 それは、対策が立てにくく、相手の術中にまんまとハマってしまう可能性が高いということだ。

手を離してしまったのは、かえって不味かったかもしれない、と思う。 さっさとトドメを刺しておけば。実際の物を目で見たことでその不味さに拍車をかけた。 思い当たるものが彼にはあったからだ。先ほど爆発だと思ったあの光。

―――あれは死ぬ気の炎じゃないのか?


自分が忠誠を誓った相手が持っている力。 自分たちの頭を押さえた連中が持っている力。

それを、どうやってかあの男が引き出した? 仕組みとして炎を動力として使用しているんだとしたら。 ―――冴えた直感が警戒を促した。その発想はかつて、自分たちがゴーラ・モスカとして体現したことがあったからだ。 一体、あの中からは、何が飛び出してくるのか。“ちょっと面白い”と、今では称されているだけのこの新兵器は、 きっと後々大きな脅威となるのではないか。スクアーロは身構えて、考える。そして、鮫は舌舐めずりをして迎え撃つことにした。 ビッと刃先を向ける。

「う゛お゛ぉい!!とんだ隠し玉を持っていやがったなぁ!」

それに答えるように、震えていた男が微かに笑った。 光の放射が終わったその匣から勢いよく飛び出してきたのは、その名の通り、赤い炎を纏った身の丈もあるクラゲのようだった。 空中を浮遊し、いくつもの足をくゆらせる半透明のそれは男の頭上を舞う。 体の周りに灯っている炎は色こそ違うが、恐らく、死ぬ気の炎。 狙撃手の男はすっぽりとクラゲの傘の中に入って、周辺を見渡し、どこかへ吹っ飛ばされた銃を探していた。

「少しでも触れて見やがれ! どうなるか分かったもんじゃねぇからな!」

じりじりとお互い、相手の出方を窺ってスクアーロが炎を纏っても柔らかそうに見えるその覆いに向かおうとした、
その時だった。


「動くな」

「……俺はお前にとっての“狼”だった、ということかぁ?」

彼女に銃を向けられるのはこれで二度目だった。後頭部に向けられているだろう黒い穴。 女が銃をスクアーロに向け、スクアーロは狙撃手に刃先を向ける、狙撃手は仲間だと思っていた二人を見やって動揺していた。
彼女が言う。

「……。 本来ならアレは体当たりかなんかすることで攻撃をする。
 炎に触れるなよ。触れれば分解されるぞ。あの男ができることと言えばああやって身を守るくらいだ。
 気力がなくなれば炎も消える。そこで大人しく待っていればすむ」

それだけを告げた。

「それじゃあつまんねぇだろぉが!」

「つまらないとか、楽しいとかじゃない!」

「いいから黙って見てろぉ゛。お前には後でいろいろ聞かなきゃならねぇことが沢山あんだからよぉ」

スクアーロは振り向きもしないで向かっていった。彼女には結局どうしようもなく殺気がなかった。 剣が炎に触れ、彼女の言うとおりに分解されて刃こぼれが起きる。 それを見た彼女が思わず叫ぶ。


「ああもう!


         ――――スク!」


正体は明かしたが、名乗った覚えは無い彼は思わずつんのめった。慣れ親しんだ疑問だった。
炎について知っていると言った彼女も同じ狢だろうけれどだ。


それを叫んだ彼女は本当に一体何者だ?



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