反故した約束の理由に正当性はあるか?
攻撃された方向から居場所がだいたい分かってしまった狙撃手に対して、身を守ることは容易だ。
ここは木々の多い林のなかで、身を隠すものは沢山あり、それが点々と隙間を空け立ち並び、
狙撃手まで身を隠しながら進むことも可能。狙撃という方法ということから人数も多くないだろうと予想もついてしまう。
それがわかっているからこそ、狙撃手は一発で、確実にその人間を仕留めなくてはならなかった。
前は腹を狙って失敗した。だからこそ、今回は、確実に命を落とす、頭を狙おうと決め、
まずは、男を助けたらしい女を、そして、間髪いれずに、男本人の頭を打ちぬくことにしていた。
なぜ、この順番なのかと言えば、狙撃手の意趣返しのようなものも含んでいる。
女が撃たれて自分が撃たれるまでの間。たった一瞬だろうが、少しでも恐怖を味わえばいい。
狙う狙撃手の頬に浮かぶ蚯蚓腫れは真新しく、それは火薬の爆発を雨の中で受けたことによるものだった。
失敗は許されない。
狙撃手は外套のフードを被っている女が振り向く機会を身を伏せ、待った。
振り返り、フードから狙いである額が晒される瞬間に、確実に、狙いをつける。
だが、狙撃手の存在に気付いたらしい鼻の利く彼は、それを予測し、自分なら何時狙うか、という考察し、
恐らく振り向くタイミングだろうな、と足を気づかれないように速めていた。
その答えは、もし、彼女を脅してその正体を知るならばこのタイミングだろうと、
森の中を徘徊していたときに考え付いたものだ。けれど、今ではこの計画は砂と化している。
なぜならば、いくら考えようと、脅しの手法を変えようと、
彼女は、例えば死んだって、口を割らないだろうと彼が思ったからだった。
***
狙撃手からの銃弾が、それぞれが身を隠した左右の木に交互に穿たれた。
相手が撃たれている最中に、彼と彼女のどちらかが一つ前の木へと進み、
自分が隠れている木に、銃弾が撃たれる間は身を隠す。
そうして、だんだんと確実に近づいてくる二人に、焦った狙撃手の心境が分かるように、
二発連続で、初めからの狙いだったろうスクアーロに向かって銃弾が放たれると、
忘れて貰っては困るといった具合に、彼女が木から身を出して、拳銃で狙撃手に向かって何度か発砲する。
しかし、姿が見えないため、それが命中することはなかったらしく、
すぐさま応戦するかのように、彼女が身を隠す木に向かって狂った銃弾が何度も突き刺さった。
身を隠した彼女は、木を背にして億劫そうな顔で耳を塞いで肩を竦める。
そして、少し離れた木に居る彼に向って目を向けると、もう、彼は、木から飛び出て、走り出していた。
それに気付かないまま、何度も木を皮を粉砕し続けている銃撃の音を、塞いだ耳の奥で確かめながら、
横からは見えなくなった彼の姿を予想しながら数字を数える。
3秒。背中の木が静まり、少し、離れた場所で、乾いた爆ぜる音がする。
それと、じわじわ進む戦況に苛立ったらしいスクアーロの「う゛お゛ぉい!!」という腹に力が入るらしい口癖が響いていた。
その喧騒に隠れるようにして、今度は彼女が、狙撃手が気づくまで、前の木へ進む。
後はその繰り返しだった。
空になったシリンダーに銃弾を詰め、不意に静かになった前方を彼女は窺う。
的が近いと狙撃銃で狙いをつけるは逆に難しい。あと少し、懐に入ってしまえばこっちのものだった。
彼女はそれを考えながら、準備の整った拳銃を手に彼に追いついて、同じ木に身を隠し、
今にも勢いのまま突っ込んで行きそうな、彼に対して制止を促がした。
「病み上がりということを少しは考えろ」
「だからこそだぁ」
「いい準備運動になる」と彼は言う。
その受け答えに少し違和感を持った彼女が眉を潜めた。
見ると、彼は見えない獲物を見据えるようにして笑い、こちらは見ていなかった。
しかし、その受け答えは、なんだか今までの会話になかった違和感があり、彼女は彼の横顔を見詰め続けた。
彼が言う。
「仕事に復帰する前には丁度いい」
「…仕事」
思わず繰り返したのは、聞き返したのとは違う意味での呟きだ。
咎めるように低い声。しかし、その先を彼女が明確に咎めることができなかったのは、
彼がそれを余りにも自然に告げたからだった。
「あぁ、
マフィア、ボンゴレファミリー独立暗殺部隊、ヴァリアーのなぁ」
初めから仲間にはならないと言っていたくせに。
言い放った自分に、まるで裏切られたとでもいうような顔をした彼女を見て、
スペルビ・スクアーロは目を合わせて、告げた。
「どうせ、脅したって吐かねぇだろ」
だからな。と、まじまじと見つめる彼と目を合わせたまま、彼女は動揺し、口を戦慄かせた。
何かを言いたげに、揺れる瞳からそらし、同じように震えている拳銃を握り締めた手を見た。
だが、その手は、まだ、下ろされたままだ。
狼か、
山羊か、
「ああああ!!」
その判断は、どちらがどちらかわからない二人に追い詰められた一人の獲物の張りつめた悲鳴によって先送りになった。