7
少女が最初に知覚したのは揺れで、次に感じたのは重力だった。
ベッドに横になっていたはずが、縦になっている。膝裏に体温があり、腰を掛ける形で、足の裏はどこにもつかず揺れる度にぶらぶらとしているようだった。けれど頭はもたれ掛かっていて、危なげない。どうやら自分は運ばれているらしいというのがうつらうつらした意識のなかでわかった。
手は、
―――繋がれたままだ。
寝る前に、結び直して固定した布の感触は残っていた。そして、時折、不規則に足に何かが当たる。これの感触が自分を眠りから呼び覚ましたのだとわかった。そして、ようやく、おかしいぞ、と、 の意識は持ち上がってきた。
周りは外のようだった。風が頬や髪をそよいで、広い空間を肌で感じた。男は、ホテルを出て、どこかへ向かって歩いている。がまず思ったのは、もしかして、泊まっていたホテルで何かあって、男は逃げているのかもしれないという予想だった。自分はそれに気が付かず、寝ていたのかもしれない。意識が薄く繋がった今、そのままグースカするわけにもいかず、「どうしたの?」と眠気の抜けきらない声を絞り出した。まだ、瞼は往生際悪くくっついたままだ。
「……なんでもない。少し、場所を変えるだけだ。寝ていろ」
返って来たのは、意外にも、焦りでも呆れでもない、感情を抑えた平坦な声だった。最初、眠かったは、言葉のままに安心をして、ピンチじゃないならいいか、と、疲労感に従って、意識を溶かそうとした。
数分だろうか、数秒だろうか、それは結局溶け切らず、逆にしこりのように芯となって残り、そして、ようやく、ハッとして彼女は目を開けた。
寝ていていい?
あんなに他人目を気にして、抱き上げるのも嫌がった男が?
手を繋いだままで、奇妙な抱き上げ方になっているのに?
疑問を頷けるように、目を開いた先にあったのは完全な暗闇で、少女は愕然とする。夜明けも遠い深夜、この時間なら人通りもないから、片腕に子供を座らせ、もう片方の手は繋いでいるという変な体制も気にしないでいいというのか。 いいや。この道には、見覚えがある。男と一緒に昼間通った。ここに まったく人通りが無く、街頭も疎らで周囲が真っ暗なのは、昼間っから予想はついていた。だって何故なら、既にホテルや繁華街から遠く、“街外れ近く”まで差し掛かっている所だからだ。
「どこに行くの」
「……」
「ねえ! どこに行くの? このままだと街の外に出ちゃうよ!」
ピンチだったのはもしかしてのほうかもしれなかった。男は何故こんなところに来たのか。しかも、自分に黙って。少女に尋ねられたはずの男の視線は、遠く、街の外へと向いていた。返されない返答が、逆に、雄弁にそれを目論んでいるのだと言っていた。男の「なんでもない」がまったく信用できないのは確かで、は質問を重ねた。すると男は。たった今聞こえたみたいに、なんの気負いも無さげに、話し出した。それは、あの脅迫的な睡眠欲求を解消し、死に続ける状況から逸脱して考えた、呪いの解き方の答え。
「呪いをどうにかするには、イタリアに行かなければならない」
「イタリアぁ!?」
まさか今目指して歩んでいる先がソコになるのか。次に「どうやって!?」とは叫んだ。 詳しい地図もないが、ここから川も海も土地も気が遠くなるほど越えねばならないだろうというのは少女でも分かる。それをどうやって? 呪いに苛まれながら、移動し続ける苦労は体験済みだし、何より、一日中街を歩き回っただけで音を上げたが、耐えきれないのは分かるだろう。それは少女よりかは体力がある男でも同じだ。地球の表面積の前では五十歩百歩だ。全ての道がローマに続いていると言っても、人類の移動方法は限られている。「ここからまさか徒歩じゃないよね?」とが理解不能だという顔で訊くと、男は歩き続けたまま、当たり前だろという感じの簡潔さで「空港を目指す」と言った。でも、それでも、答えには足らない。空港といえば移動方法は飛行機になる。長距離を一番短時間で移動する方法、谷も海も川も関係ない空を飛ぶ飛行機。でも、だからこそ、不可能だ。
「絶対、墜ちる」
もはや 乗らなくても分かった。この界隈では常識みたいなものだった。
は、男が悩んで、あまりにも絶望的な呪いに自暴自棄にでもなっているんじゃないかと思って、
「飛行機になんて乗ったら墜ちちゃうよ! しっかりしてよ!」と当然猛烈に止めた。
しかし、前を向く男の目は、もう最初から不気味なほど冷たかったのだ。
「墜ちてもいい。
そこからまた別の手段でイタリアに向かう。
エジプト、も、考えられるが……イタリアのほうが確実だ。イタリアに向かう」
「……飛行機に乗ってるのは私達だけじゃあないだろうし、
私のスタンドは、飛行機に乗る人全員を守れるわけじゃないんだよ?」
男はを見た。やっとこっちを見た。
でも、やはり、男がの意見にハッと我に返った、……というわけじゃあない。
それは、男にとって、既に何時間にも前に済んだ話なのだ。今更を言うに、男は怪訝にして、視線を向けただけ。不穏はもうずっと前から始まっている。
「何を言っている? 既に話しただろう。
飛行機の墜落事故なんていうのは、原因はほぼ、整備不慮か、パイロットの体調不良か、
人為的に落とそうという意思のあるものが居たか、だ。
それは、もともと起こるはずだった分類の災難。
我々に飛行機を落としてやろうという意思はないのだからな。
つまり、その飛行機は、呪いが無くても、墜落する運命。
それどころか、二席分、客が埋まって、乗るはずだった人間を二人助ける事になるんじゃあないか?」
恐ろしくて、はただ首を横に振った。
そうかもしれない。呪いの性質が正しいのなら、行かずともその飛行機は墜ちる。自分たちが生き残るなら死亡者もその分減るだろう。
……でも、そうなのかもしれないけれど、最終的にどの飛行機に乗るのか、選ぶのは達だ。 アパートやホテルに対してはまだ少なかった抵抗が、空を飛び、逃げ場のない飛行機には強く感じた。 座席に座ったお客に、パイロットや添乗員。当たり前だが、 のようなスタンドを持たない人々は、空から投げ出されては、ほぼ全員、ただじゃあ済まない。
交通事故と比べれば、その確率的には世界一安全な航空機だが、起こればその被害には毎回愕然とする。
それが分かっていて飛行機を選び、何食わぬ顔で席の予約を取るというのか。とてもまともな精神とは思えない。やっぱり、男はどこか焦って捨て鉢になって、その事実が見えていないんだと、少女は思い込もうとする。でも、違う。男は冷静で、本気だ。それをこの直後、背筋がひやりとするほど理解した。
「……ねえ、戻ろうよ!飛行機じゃなくても、他に行く手段があるかもしれないし、
それに、今からイタリアに行ったら、帰りがいつになるかわからないよ。
あ、あと、パ、パスポートとか!お金とか、どうするの?
空港行って、この国の言葉を喋れても、パスポートがなくちゃ飛行機乗れないでしょ?」
肩に触れ、掴んで再三必死に説得しても視線が再び交わる事もない。
男の歩みはまったく淀みがなく、そのまま、幾つかの道路を渡り、幾つかの家を通り過ぎた。
ふと、困惑したの足に、再び何かが当たった。眠りから覚めた時にもこれが当たっていた。
体温のない布に包まれた振り子のように揺れる何か。 肩掛け鞄を男が代りに持っていたので、それかもしれない。
焦りのなかで、男に戻るように言いながら、何回もぶつかってくると煩わしく、それを退けるように、は、つい、乱暴にそれを蹴り上げた。
ガシャン!
「え!?」
小さい沢山の金属がぶつかったような音がした。鞄の中にそんなものを入れた覚えはない。
首を捻り、見ると、地面に幾つか何かが転がっていた。僅かな光を反射して輝くソレ。
指輪、首飾り、ブランドものの時計、コイン、紙幣、そして、いくつかの四角い平べったいもの。
男物女物問わない、それら見慣れない装飾品に、金、パスポート。 長い金の鎖が垂れ、
それが男のコートのポケットに繋がって垂れ下がっている。 幾つか零れただけらしいポケットは、まだ重たげに膨らんでいた。
「なにそれ!」
知らないものだった。コートを男に渡した時、ポケットには何にもなかった。
男の物でもない。そんな物を持っている素振りはなかった。パスポートに至っては何人分か。 じわりと汗が滲んだ。考えられるのはひとつ。
盗んだのか。
いつかは知れない。街を歩き回ってる時か、ホテルを探して宿屋を渡り歩いた時か。
は、身をよじり、突き動かされるまま、男の腕から無理やり降りようとした。
そして、「あ!」と、もう一回、大きく目を見開いた。
男は自暴自棄なんかには、なっていない。
むしろ自分を取り戻している。慎重で、執念に前々から1人で準備していた。
思考を重ねて、自分の手の内に何があるのか吟味した。そして、持ち物が整い、時期が来て、今、行動を予定通り起こした。
「イタリアに行く必要がある。そこに可能性がある。
もう一度、“矢”を手に入れ、我がスタンドに新たな力を与えるのだ。
“真実”に辿り着けなくする能力だと言うのなら、
どういう妨害があろうとも、どんな力があろうとも、
望んだ“真実”に必ず辿り着く能力を手に入れてやる。
……今なら、手に入れる事ができるだろうとも。
何度も繰り返した今なら、己の本質で“真実”を求めることができるからだ!」
の肩、そこには、腕があった。
男の背後から伸びたそれは、生身とも手袋とも石膏とも言えない白い手に、金属のような質感を持つ手甲、そこから続く粗い白い網目の模様が入った深紅の腕。 網目はところどころ剥がれかかって崩れた部分が負傷のように目立つが、屈強なシルエットだ。ゆらぐ輪郭、しかし強すぎる存在感。全身は見えないが、それは確かに“スタンド”だ。 は、この男が、“傍に現れ立つ者”を見る事が出来るのは知っていた。でも、スタンドが見える者にはスタンドが居るという能力者達の常識はまだ知らなかった。少女は己の生涯で初めて、自分以外のスタンドを見た。腕は自分の肩を押さえていた。固まってしまった少女の動揺に、男は、ああ、と気づいて語る。
「言って、……は、いなかったか。
覚えておけ、スタンドが見える者は、皆、何らかのスタンドを持っている。
自覚のありなしはあっても、必ずな。
そして、スタンド使いは、個人個人、それぞれ異なる能力を持つ。
その能力は必ずその人間の本質に似ている。
実直な人間なら実直な能力を得る。悪辣な人間なら悪辣な能力を得る。
苛烈な人間なら苛烈な能力を得る。奇抜な人間なら奇抜な能力を得る。
時にままならぬほど芯に根差した己の本質。
そして、人生とは選択で成り立っている。
本質が実直な人間なら、実直な選択肢に寄って生活するものだ。
重要な選択であるほど本質は深刻に影響を及ぼしかねん―――」
だからこそ、“スタンド能力は己の運命の形をしている”のだと言う。
「―――しかし、
例え、どんな本質を持った人間であろうとも、
それが善人であろうが、悪人であろうが、不運というものは必ずあるものだ。
どんな人間も、いつかは回避不可能な落とし穴に行きあい、死に向かっていく……。
……だが“帝王”は違うッ!」
一番強く言ったそれは、路地裏で男を正気に戻し、立ち上がらせた最後の異質な単語だった。
その狂気すら滲ませる気迫と男の思考に、は唖然として聞いた。 “帝王”とは男のスタンドの名前だという。深紅の王、“キングクリムゾン”。スタンドは己の運命の形をしている。 彼が言い、その能力は、眼前に立つ未来を事前に知らせ、“時を消し飛ばす力”で死すら凌駕し、君臨していた。 死に倒れる兵士のなかで、頂点に居続ける能力は、支配者の運命に相応しく、その能力を持つ者はそういう人生を勝ち得る。 だから、“帝王”。それが男の“真実”だった。
だが、
「それをこうも惨めにし腐らせたのはなんだ。
レクイエムだ!“真実”に到達できなくするレクイエムのスタンド!」
スタンド使いを守る! 攻撃をゼロに無効にする! 能力の持ち主でさえ、その真実を知ることのない!
それがヤツに運命から齎された祝福だというのなら―――
「出会い、ここに居るお前のスタンドは、運命が、再びわたしに与えた“小さな盾”となりうるのだ!」
**
“スクデット”。
イタリア語で“小さな盾”。のスタンドはそう呼ばれた。盾のスタンドに名前など無かった。それは常に少女の傍にあるもので、影法師のような存在で、自分の一部でしかない。
は 咄嗟に頭を横に振って否定した。男が言うように、スタンドが運命の形をしているのなら、その名前が決定してしまえば運命が決定してしまう気さえした。 違う。
そんな役目を負った覚えなんかない。運命なんか見たこともないのだから。
「し、知らない! 何言ってんの!? 私のスタンドに名前なんか無いよ!
そ、それより、なんで泥棒なんかしたの! これじゃあ、ほんとに捕まっちゃうよ!」
普通の人には見えず、厚い所以外ならすり抜けるスタンドが居たならば、男が物を盗むのはそれは容易かっただろう、と分かる。
少女にもいくらか見えない腕や足を使った悪戯の経験はあった。でも、こんな、取返しが付かないような真似は恐ろしくてしなかった。
男が平然としているのが信じられないし、今でさえが何故そんな事を気にして焦っているのか分からないでいる様なのが異様だ。取り乱す少女に男は安心するように言ってきたが、その言葉はどこか上滑りしてるとしか思えない。今までだって逃げ回って来て、そして、スタンドが二体も居て、どうやって普通の警察に捕まるというんだ?と真っ当に言い、これは呪いを解く為の必要な旅費だとした。
その後の言葉は何だか独り言染みている。
「金を工面する伝手がないわけでもないが、もし口座がバレていて、動かした事を怪しまれるのは避けたい。
こちらの状況が向こうに伝わっていないところがアドバンテージになる。
……まさか向かってくるとは思うまい。
そう、倒したはずの相手が、ある日、行き成り正体も掴ませずにやってくる。
過去の踏襲としてはちょうどいい。
くそったれの誰が組織の頭になったか、どんなウスノロでも調査くらいはしただろう。
それでも、いくつか“埋めて”はあるし、全部が見つかったとは思えないが。
イタリアに着いたら、順々に回収していく。
パスポートの審査だろうがなんだろうが、時間を吹っ飛ばして判子を押してしまえばいい。
まだ、それくらいなら、我がスタンドはできる。
手当たり次第だったから、どれを使うかはまだ決めてはいないが……」
をスタンドで支え、抱えたまま、男はしゃがんで地面に落っこちた物を拾う。 化けの皮が剥がれた。まさにもたげた疑問が姿を露わにし、路地裏で「助けてくれ」と言った皮の面がなくなると、 被害者から加害者として、完全に男の印象が変わる。この男はイタリアに何しに行くんだ?自分は何に巻き込まれているんだ? は唾を飲み込んだ。そうして少女は密かに周りを確認する。
「……“絶対に無理”って言ったら?」
かつての取り決めに、より特別な魔法の言葉だったそれを唱えてみる。
対する男はやはり怪訝だ。
「……盗みが? 嫌だったのか? 何故?
マフィアか、詐欺師か、殺し屋か、勝手に予想つけてみても、隣で寝こけて置いて。
盗み“だけ”が許せないか? 筋が通らないぞ、その価値観は」
そして、判断が決まったと同時に、場違いだったけれど、男の言い分には気づかされる。今まで出会ってきた悪人の名を持つ彼等は、きっと少女の前ではその悪事を見せようとしなかった。 自らを悪人だと誇りや卑下の気持ちで名乗っても、血生臭さも、戦利品や技術を誇るどころか、恥じとして、子供に隠していた。守られてきた。だからこそ、今まで、彼等に嫌悪感を持たずに居られたのだろう。
は言う。
「このままイタリアには行けない。 “絶対に無理”」
再び歩みだしていた男は足を止めた。
「アパートに帰る。お母さんを待って、
それで、飛行機じゃなくて、ほかにイタリアに行けそうな方法を考え付いてから、なら、
一緒に行くよ。それ以外は、これ以上、協力できない」
場所までは少し遠い。は黙した。
立ち止まった男は、万年にも及ぶ、うんざりとした長い長い溜息を、吐く。
「母親。母親か。―――この世で最も理解しがたい生き物だな」
そして、歩き出す。は抵抗もせずそのままにしていた。
男が、今夜、その時に、行動を起こしたのは、その母親の為だと言った。
「オレが、ホテルに泊まるほうが良いと言ったのは、
あのアパートを守ってやる為だけだと思ったか? 違う。
あんな雹が降って、一人で留守番している娘の所に、
心配した母親が予定を繰り上げて帰って来るかもしれないと、改めて考え直したからだ。
まともな母親なら、ニュースを見て、頭の片隅で少しは考えるんじゃあないのか?
子供は大丈夫だろうか?と。いくら、放任的で、無責任な母親でも、ほんのちょっぴりくらいは。
本当に予定を繰り上げるかは、知らないが」
それは、母親と対面する気が最初からなく、そのままイタリアに行こうとしていたということだ。
母親が帰って来ているかもしれないアパートに、わざと近づかせず、災難を散らせるという名目で街をうろつき、金とパスポートを集め、日中歩き回って疲れたがホテルで眠るのを待って。
「帰ってくるような母親なら、呪いを解く旅の旅立ちの許可なんてしない。
帰って来ずに予定通りにする女ならいいかといえば、そんな女と話してなんの益がある。
……ほんの二週間くらい家を空けるだけだ。
少なくとも、お前には“盾”がある。傷つく事はない。
わたしに、もしもの事があっても、帰ってこれる。
……死ぬことがないんだ。なんの心配がある?
用が済めば直ぐに、この街にちゃんとした報酬と合わせて帰してやる。
母親はお前を一時は、叱るかもしれないが、人助けをして、報酬もあって、
何が正しかったか、後でいたく理解するはずだ。
お前に損は無いんじゃないのか?」
「無理。このままイタリアに行くなんてできない」
それでは一考にも値しないのだと拒絶されて男は面食らう。
「だから、何が不満なんだ?
報酬も約束した。安全も、災難の仕組みも、お前にも納得して理解できるように説明してやっただろう?
理由を聞こう。なるべく都合はする。
……だが! オレは、一刻も早く、行かなければならない!
わかるだろう?こんなチャンスは二度とない!
繰り返しの死の中で世界中を彷徨い、その中で“盾”のスタンド使いと出会える可能性がどれだけあるか。
その“盾”はスタンド使いが意識を失っても能力が切れる事がなく、
触れてさえいれば、死ぬ事がないというのがどれだけ奇跡的か!
時間が経つごとに噛みしめてきた。そして、時間が経つごとに恐怖が増した。
何かの拍子でそれを手放し、再び、あの死の繰り返しに戻ると思うと、身の毛がよだつ……
―――……わたしは、お前に感謝している。信じられないかもしれないが、本当に。
ずっと息を吐く間も無く死んで、殺されて、長く眠れたためしも、
食事すら、……死なない、味を楽しめる食事すら、ずっと、なかったんだ。
目的地に向かっていく事すら出来ずに、死の眼前に放り投げられて来た。
そこに、お前が居て、こうして、死なないどころか、レクイエムを解除できるかもしれない希望もある。
誰かにこんなにも感謝したのは初めてだ。嫌がる事を強制してすまないとも思う。
でも、……頼む。お願いだ。イタリアに行かねばならない。
呪いが解けたら、どんな願いも叶えてやる事を約束しよう。
だから、来てくれ」
「墜ちる運命の飛行機があるっていうのも分かる。
世の中には色んな人が居て、良い人間も悪い人間も居るのも分かる。
私にとって良い人でも、誰かにとったら最悪な人かもしれないっていうのも、わかった。
でも、無理なの」
その瞬間、は男のスタンドを自分のスタンドで振り払った。
手と手の隙間に“壁”を競り上げて作り、後ろに飛び降りようとすると、縛られた布が抵抗する。
解く時間はない。その布に、逆の手で隠し持っていたガラス片を突き立てた。
布は裂かれ、解放された少女は地上に降りる。男は一歩出遅れ、掴もうとした手は散り散りになった布を握り締めた。
は用済みのガラス片を道の端へと投げて“戻し”、男と反目する。
昼間、転倒する度に急所を狙ってきたガラス片は、植木の根元や道の端に除けて置いて歩いた。
そこに通り掛かると、一人で準備をしていた男を見習って、密かに少女は自分のスタンドを出すとそれを拾いあげていた。
**
「今からアパートに戻るって言って!」
少女と男との間には一線の“壁”がすでにあった。最初は、呆然としたように男は見ていたが、
壁の外側に触れると、だんだんと重大さを自覚して、体を強張らせた。今、自分を守るものは何もない。
短く息を呑むと、に食ってかかる。が、その手はもう少女には届かない。
「な、……何をしている……! 戻ってこい! は、話を聞いていなかったのか!?」
「そもそも、何の相談もなく、眠ったところを狙ったのは、
反対されるってちょっとくらいなんとなく分かってたからじゃないの?
せめて、一回、アパートに帰らせて! じゃないと、イタリアには行かない!」
悠長にして、男が死ぬ所をみたいわけでもなく、も早口で一気に言った。
真夜中に、家出少女とその保護者みたいな、帰る帰らないの言い合いが響いていた。セリフは逆だったが。
男の目が具合悪く周囲を伺う。幸運な事に、目に見える範囲に電気を付けて言い合いを伺う家はなかった。
「この、ガキ! いいから、この壁を消せ! 何でだ!?
理由を言わなきゃわからないだろうが! 早く!」
「だって」
は言いよどむ。単純な話、まだ男が知らない少女自身の都合なのだった。
最初は、目を剥いた男の盗みも、突き詰めれば餓死しそうな差し迫った時に盗んだパンと同義だと思えば飲み込めなくもない。
飛行機にはやっぱり絶対乗りたくないけど、呪いを解きにイタリアに行くこと自体も、何をするのかによっては、いい。
でも、行き成りだったのが駄目だ。このままじゃあどうしたってはイタリアには行けない。理由は、言うと、どこか惨めなのだけれど。
「……に、二週間も何も言わずに居なくなったら、おいてかれちゃうかもしれないの」
「何に!?」
小さい声に、ガッと地面を男は踏みつけた。
忌々しい透明な壁が接触を阻み、両手を伸ばしても何とも言えない弾力ばかりが指に絡みつく。
「普通の家の子なら!
……二週間くらい出掛けたって、心配はされるだろうけど、
家は、そのままで、帰れば帰れる。
でも、私は、私の家は、ずっと移動続きで、半年だって一か所に居た事ないの。
ここに来たのも数日前だけど、最短は3日で外国。
だから、何も言わずに二週間も出かけたりしたら……。
……お母さん、居なくなってるかも」
自身、疎まれているわけではないし、自分でもそれを信じている。 でも、母の人間性と性格は産まれた頃から、まざまざと見て来た。それが自分一人に縛られるような性質をしてない事がどうしようもなく分かる。 もしかしたら、その性質を押さえつけ、いなくなった子供の為に定住して帰るまで待っていてくれるかもしれないが、 縛られ暮らす事を母は必ず苦痛に感じるだろう。いつかは限界がくる。男は二週間くらいと言ったが、 それこそ何の確証もない都合の良い話なのは、少女はさすがに察していた。男は呪いが解けて万々歳、しかし、少女は、空の部屋に帰ってくる事になるのかもしれない。その後、12歳の彼女はどうすればいい?
「一度、見失ったら、お母さんには二度と会えないと思う。世界中を回ってるから。
だから、一度、アパートに帰んなきゃ駄目なの。
……会って事情を話せなくても、せめて伝言を残して置きたい!」
「居なくなろうが、その後、手を尽くして見つけてやる。だから……」
「―――それをどうやって納得して、信頼すればいいの?」
あなたの名前も知らないのに。
少女は、二歩下がる。男は出すカードを間違えた。
このまま、“盾”を失って、死んで、そのまま繰り返しに戻るのか? 男の手がぶるりと震える。 頷いて、アパートに戻るか。の言いようが正しければ、子供を置いて行くような非情な母親なのかもしれない。けれど、何故、そんな母親をこの娘は慕っているようなのか、嘘なのか、本当なのか。血の繋がりが疎ましい男には心底わからなかった。 自分を、言葉の通じない国に連れてきて、アパートに一人にし、どこかへ行ってしまう、そんな母親こそ、どうして信頼できる?
膠着状態を破ったのは、少女のほうだった。 くるりと身を翻すと走り出す。男も弾かれて追いかけ始めた。向かっていくのはアパートの方角。 は追いかけてくる男を確認し、時折近づいてスレスレで壁を出す。 来ないのなら、来させてやる。そういう意思で後ろを振り向く。 男もその意思を感じて、足を動かした。いつ、災難が来るのか、夜中に二つの異なる足音が響いていた。
頑張って巻いて行きます。
伏線回収回収。
ボスはトリッシュを始末するのにブチャラティが怒って裏切りまでしたのを理解できない行為だとしたけれど、
父親が娘を殺すというのがどれだけ世間一般に影響があるのかについては分かってる。
だから、連れて来るのは始末する為だっていう部分を、護衛チームやペリーコロさんに意図的なんだか無意識なんだかで最後まで伏せて指示している。
でも、娘の手首を切って誘拐という最悪の露見のしかたをとって暴露する。そこがちぐはぐ。
自分が世間に晒されるのは嫌なのに頂点に居たがったりするところも、ちぐはぐ。
普段は石橋を叩いて確かめる程度なのに、いざという時には、慎重に慎重を重ねた結果、石橋をダイナマイトで爆破してから渡ろうとか変な事をしだす。
そんなようなイメージ。
母親という生き物、というのは、自分の母親とトリッシュを産んで育てたドナテラさんとの経験から。
あと、前の話でイタリア語以外もペラペラな別人に成りすますボスを書いたけど、
あれはリゾット戦でリゾットが言ってた「言葉すら別の言語になる事も」の部分から妄想してます。
誰にも正体を掴ませずに頂点に立つのって、一人でなんでも出来ないといけないから、この人多分凄く器用。
……ボスは、本当はもっと奇抜な事をしてきそうなんだよなぁって、思ってます。あのポルナレフを追い詰めた手腕があるから。
でも、それが考え付かない。無念。
・スクデットの話
Q何でラスボスは主人公のスタンドに名前つけてくんの?
A名前を付けるというのは、相手に呪い(祝福も含む)をかける、もしくは支配、征服という欲求を満たす行為でもあるので、
え?スタンドの名前決まってないの?じゃあ……といった感じでラスボスは名前を付けてきます。本当です。嘘じゃないです。嘘です。
……ワールドとかキングとか、そうでありたい直球の名前を付けてる筆頭がDIOとディアボロの帝王コンビだと思うんだけど、どうなんだろう。
スパイスガールとかの自分で名乗るタイプとそうでないタイプがあるけど……ワールドは喋ったとこ無い感じだし、
キングはボスの感情とセリフをそのまま代弁みたいになってたし……。関係ないけど、個人的には吉良が何でクイーンってつけたのかが気になってる。
あの吉良が、ぼくのスタンドは殺しの女王様って言ってると思うと凄い。何か凄いくる。
遅ればせながらスクデットの話。スクデットは、イタリア語で小さい盾ですが、サッカーのセリエAのリーグ優勝したクラブが翌年にユニフォームの胸に
盾の形のエンブレムをくっ付けるので、セリエAで優勝することを「スクデットを取る」と言うんだそうです。
イタリア人は誰でもリフティングできるっていうのをテレビで見た事あるけどホントがどうか。五部の誰でも出来るのかな。
少なくとも、ボスは、サッカーボールを狙った木の枝にひっかけられるくらいには正確に狙えるようなので、ボールはきっと友達。
小さい盾をくっ付けてギャングの世界で優勝したいボス。
因みにセリエAでは10回優勝するとスクデットにステッラ(星)が追加されるようです。ボス「やめて」
・「矢」の話
2014年の4月の日記で、ボスのレクイエムの考察やったときに書いていたIFに出そうかしてるっていうネタ。けっこう話に食い込んだ。
ウゲーここまで辿り着くのに随分かかった……。
子供視点がどうも難しくって、最近はジョジョの世界の子供だから、を免罪符にしてます。
早人とか凄いもんね。デス13とか規格外もいるもんね。
そして、言い訳。GERから「矢」が最後外れたのをボスは知らないや、ってこの前やっと気づいた。
それで、なんでイタリア行こうとしてるのか、ってのを、なんとか理由づけようと頑張った結果、
ポルナレフの壁との隙間に落ちた「矢」を取ろうとして、チャリオッツがレクイエム化しそうになって「矢」を取り上げたら元に戻った、って話は、
ミスタの体の中でボスは聞いてるので、レクイエム化したスタンドも、「矢」を取り外せるというのは知ってる。
そんで、自分でレクイエムスタンドをコントロールできるジョルノなら、自分の意思でGERから「矢」を取り外し、ただのGEに戻せる、
加えて、GERなんてえげつないスタンドを抗争相手や反抗勢力相手に無差別にそのまま使ってるとも思えないし、
スタンド使い製造機である「矢」自体にも使い道があるのだから、普段、「矢」はどこか別のところに保管してあるのでは?って考えて、イタリアに行くと決めた。
……という苦しい言い訳。いっそのこと行先をエジプトにしようかとも思ったけど、ボスの性格的に、
どこに行ったかわかんない他の「矢」を探しに行くより、確実にあるとわかっている場所に行くかなぁって。雪辱も晴らしたいだろうし。