小春日和に路地裏を見上げながら歩く。
お母さんに連れられてやって来たこの新しい街には少女の知り合いなんて一人もいない、
通う学校すらまだ決まっていないし、お母さんも最短三日間はここに招待してくれた人のところに出向いてくると鍵とお小遣いを置いて出て行った。
だから、残された少女は路地裏を歩いた。
路地裏と悪魔
彼女が小さいなりにもっとも昔に感じる思い出のなかで、いつも思っていたことは「ここはどこか?」という疑問だった。
彼女の母親は息をつく暇もなく住処を変え、それと同じように恋人を変えた。
恋人が変わったから住処を変えることもあれば、住処が変わって土地の風土に吹かれてころりと心の向きを変えることもままあった。
まるで女王様の様な女性であった母親に愛を囁く王様候補達はけして一度たりとも途切れることもなく、
姿も性格も境遇も本当に様々な男達に会い続けた少女にとって幸運だったのは、
その誰もが小さい女の子に親切であり、心が傷つけられるようなことは奇跡的に起こらなかった事だった。
母親は一か所に留まりたった一人を愛することに関する才能はなかったけれど、けして頭は悪くはなく、
むしろ他国の言語や礼儀作法を操って、恐ろしげでも真面目そうでもずたぼろにされていた相手でも、
心の蟠りをちょっぴり掬いあげてみせ、その一時の小さな良き思い出を心に残していくような人だった。
そんな母親の周りについて歩いた少女は、まるで狩猟民族のように移動し続ける生活に対して疑問に思ったことはまだ無く、
人と人との間を渡り歩くことに天才的な母親を慕って、
服を着替えるように変わる母親の恋人のことも、親切な人が次々に現れ名前を覚えるのに苦労すると思っていたくらいだった。
けれど、それが少し変わったのが5、6年前の事だ。
三日間だけ通った学校で、自分達がいる場所には人のように名前がついていて、
地面には見えない線が引かれているのだと習った時、彼女はそれに関心した。
それなら今まで出会って別れた親切な人達が住んでいるところにも名前があったはずだ、と思い、
もしそれが分かって一つ一つ覚えておくことが出来たのなら、後でまた来ることができるかもしれない、と少女は思った。
彼らが優しくしてくれたこと、プレゼントをくれたこと、いろんな国のお話を聞かせてくれたこと、いつも元気かどうか訊ねてくれたこと。
ありがとうと元気だよ、を言えないでそのまま気づくとさよならしていた少女は、場所の名前という発明に大いに喜び、
そして、次の日、彼女は生まれてからもう何十回目かの空の上にいた。
三日前に挨拶をしにおじさんの家に行っていたはずのお母さんはようやく新しい家に戻ってきたと思うと「海を見に行かない?」と言った。
これが例えば3人で遊んだり旅行をするということもあったので彼女はうんと返事をしたけれど、
二人のまま飛行機に乗ってどんどん遠ざかる地面と広がる真っ青な海に見向きもしないお母さんの様子を見て、
ようやくまたお別れなんだと分かった。
大きい座席の端っこに座って肘置きに凭れた少女は、さっきまで居た場所の名前を知りたかったけれど、
なんだか訊いてしまうと、つんとして横を向いているお母さんを悲しませてしまう気がして口をつぐんで、
これから行くところも訊きたかったけれどまるで楽しみにしているようでおじさんに悪いと思って何も言わないことにした。
思えばこの時に彼女自身のはっきりした自我が生まれたのかもしれない。
だから本当に小さい幼いその時の女の子はそれからずっといつだって「ここは何処?」と考えていた。
次第に国の名前なら飛行機のアナウンスで分かると知恵をつけるようになって、
街なら看板を見れば知ることが出来ると一人で歩き回れるくらいに成長して、
偶に不明な言語に行き詰まって、
全体的に丸い地球を思い浮かべられるようになるくらい頭も大きくなって、
12歳のは誰も通らない路地裏を好きになった。
**
異国を渡り歩いた彼女自身、母親と巡った名前の分からない数の多い思い出の街は、気づくと頭の中でごちゃ混ぜになっていた。
そして、何故かその中に必ず登場する石畳の狭い似たような界隈の路地裏があって、
その場所を抜けたとき、全ての街はその場所で繋がっているかのように感じていた。
そんな訳がないのは、何時間もの移動中に後ろに吹っ飛んでいく景色を見続けたはしっかり分かっている。
けれど、つい。
新しい街でも似た路地裏を発見するとその先が気になってしまい、入り込みたくなってしまう。
我慢できずに飛び込むようになってから、そこが思い出の場所ではないと毎回裏切られることが身に染みても、
自分がいる国すらわからなかった子にだって、街に住んでいる人が知らない場所を知っているという小さな満足を手に入れられると分かって、
は汚いと揶揄される路地裏が好きだった。
今日も、ふらふらと暗い場所へ向かった女の子を発見した大人はその子を掴まえて知らない言葉で問いかけるようだったけれど、
が知っている言葉の全てで「ここに来たばかりなの」と言うと、ギョッとした顔をした。
それでも話し続けていると今回は少しは分かる言葉があったらしく恐らく気をつけなさいという意味の言葉を言っているように感じた。
沢山の「さようなら、ありがとう」を意味する言葉と共に手を振ると安心したかのように振り返してくれ、補導はされずに済んだ。
そうしてこっそりと彼女はその先に進むことにした。
昔は言葉がまったく通じずに母親に連絡がいくことになった事もあった。
その度に、王様候補の人が困り顔になって「さみしかったんだね」と優しくする。
けして、危険に遭遇して心配させようと企んだものではないのに、と言って弁解を求めると、
その横から磨いた長い爪にマニキュアを塗った美しい指が出てきて、その腹でほっぺたを凹ませて母親が笑っていつも言う。
「自分の楽しみは、どんなに変でも自分が目いっぱい楽しまなくちゃ損だものね」
そして、いつもその次の日には補導した警官が次の王様候補になっていた。
**
少女は路地裏を歩く。
人が通らない細い場所のレンガは薄汚れて苔が生え始めていて、転がるものはタバコの吸い殻、
黒く丸く広がったうすべったいガムのゴミ、通りには出せない汚い配管。
服を汚さないように猫のように潜り抜け、その日、この街では初めて奥へ奥へとは進んだ。
建物と建物の間の狭い隙間に向かい合ってしまった窓がお互いに埃っぽそうな重いカーテンを降ろしっぱなしにしているのを見て、
細い眩しい空を見上げる。狭い場所なのに三階くらいの高さの窓に大き目の窓手摺があって、そこに鉢植えが括りつけられているのが見えた。
路地裏自体が暗いので、そんなところに花を植えても枯れちゃうなぁ、とまず思ったが、あのぐらいの高さなら隙間からの光で育つのかもしれない。下からだと何も植わってないように見えるけれど、芽くらいなら出てるかもなぁ、と見上げながら歩いた。それがいけなかった。
わっと声を上げては躓いた。
飛び出た窓手摺の向かいは屋根の下の建物が少し凹んだ形になっているのが後になってわかった。
そこは裏口なのか、箱の残骸やパイプの端っこの傍に目立たない扉があって、
その誰も利用してないような黒い扉に背中を預けて足を投げ出して座る男が居た。
その足がの脛の下敷きになっている。両手を地面につけたまま恐る恐る躓いた原因の男を見た。
男は、深く俯き、その変わった色の長い髪が顔を覆っていて表情が分からない。
用心深くしながらが立ち上がっても微動だにしなかったので、深く寝ているのかもしれなかった。
死んでいるっていうことはないと思った。足に伝わる体温はあったから。
関わらないほうがいい。
は直ぐにそう思った。
単なる浮浪者にしては汚れているわけではなく、昼間から酔いつぶれているにしてもアルコールの匂いもない。
具合の悪い人、とも思ったけれど、それ以上に五感の外側で禍々しい気配が強く訴えかけてきた。
寝ているのなら、起こさないほうがいい。
口のなかで言うように「ごめんなさい」と一応英語のほうで呟いて、もと来た道を後退しようと思った。
しかし、その時、ギギギ、と軋む音が頭上からした。
見ると、先ほどのくくり付けられていた鉢植えが不安定に斜めになって揺れている。
今はわかる。植物などなく、堅い黒い土が一杯に入って、重そうなそれがギシギシギシと危なげな音を出しながら今にも落ちてきそうにしていた。
きっとくくっていた針金に運悪くたった今限界が来てしまったのだろう。
とっさに思って、男を見た。これがどういう事か、鉢植えが落ちる丁度いいところにいる。
「上!」
男に言葉が通じるのかどうかはわからなかった。
それでも目を覚まして自分で移動してくれさえすればいいと思っては声を張り上げていた。
けれど男は動かない。ほら、と鉢植えを指差したのが無駄になり、迷っている暇もなく、男の肩に手を伸ばし触れて揺する。
「上、上!危ない!起きて!」
男はまだ動かない。こんなに揺らしているのに?
それに違和感を感じたは男の顔を覆っている髪をかきわけてみる。
そして、手を離し、小さく悲鳴を噛み殺した。
「……あ……」
目、開いてる。
どこを見ているわけもなく、男の焦点の合わない目が両目ともゆらゆらと自由に滑っていた。
男はきっと最初から寝ていなかった。
ギッ
それが分かった丁度その時、針金に限界が来た。あっけない音がしてフッと視界の端に影がかかる。
その中で、は言っていた。
「…ベ、」
男と、男の腹に跨るように立っていたの頭上に、土が一杯入った鉢植えが落ちてくる。
「ベネ!」
**
様々な国の路地裏にはその国が内包している様々な危険が沢山ある。
それをは知っている。
野良犬、非合法な薬を売る人、薬を買って使う人、他人の命よりも懐の財布が大切な、人攫い。
そういう人に彼女は何度かはち合わせた事がある。だからこう思った。
この人はきっと薬を買って使う人なのだろう。
じゃあ、大丈夫。
二人の頭上にそのまま落ちてきていた鉢植えは頭上でだんだんと遅くなり、
ずぶずぶと見えない粘土の“壁”に沈み込むようにして砕けることなく止まった。
鉢を見上げているの腕、背中から羽化する昆虫のようにもう二組の半透明の腕が現れ、頭上のそれを掴んだ。
そういう人には“見せても”平気。
彼女が生まれつき持っている力。
彼女にしか見えない寄り添う半透明なもう一人の存在。
そこから発生する不可思議で理解を超えている現象。それを見たとき人は驚愕して恐れた。
けれど、“路地裏の住人”に出し惜しみする必要はないのだと路地裏を歩む彼女は知っている。
鉢を半透明な手が地面に静かに置いたところでは再度“触れていた”男の頭から手を離そうとした。
もし、“壁”の横に転げてしまって男のほうに行くと不味いから触れておく必要があったからだ。
の“壁”の力は彼女自身が触れているものにも伝播する。
だが、上手く転げることもなく、男も無事だった。良かった。通り過ぎたり、引き返した後じゃなくて。
そのままは、相変わらず自分に起こった事も知らずに瞳を滑らせているだろう男から今度こそ後退しようとした。
だが、完全に離れる前に腕を掴まれ、凄い力で引っ張られて逆に前につんのめった。
そして、恐らくこの瞬間が、答えに辿りつけない魂が“盾”を手にした瞬間だった。
「――う――――?」
振動する喉元に頬が当たり、ぼそぼそと頭の上から声が落ちてくる。
大きな手のひらが頭を掴んでゆっくり引き上げられる。その時、男の焦点は、あっていた。
「―――スタ、ンド?―――今―――死な―――い――のか?」
その震えるような微かに聞こえる言葉の意味が分かる。
男を見上げながらは思った。
この人、行ったことのある国の人だ。
漫画界で何語なのか深く突っ込むのはいけない……全部マンガ語でいいよもう。
時間をどうこうする“神”と“悪魔”の悪魔の方の話。(神父とかサラリーマンとかもいるけど)
再構成の話なのでこの後成長した主人公がヨーロッパ横断するわけではないです。
でも、ボスに会う以外は似たような経験で成長したから、ああ何でも手帳に書き込む記録癖っぽくなったんじゃないかなとか妄想してはいます。
分かり難くてすいません。
生まれつき防御スタンドが居た主人公は、小さい頃、能力に依存してて危険にも無頓着だったんじゃないかなぁというネタ。
まだ子供+世界中の人が動かなくなった世界で彷徨うとか、
着の身着のまま宇宙とかに行った経験がないので主人公は割と余裕がある感じ。
でも、余裕が続くことはないだろうと思われる。
子供にした理由は上記のネタが10パーセント、80パーセントが趣味、
あとの10パーセントが続いた場合のその後の展開にかかってる、ような気がする。
・主人公のかーちゃんについて
キラークイーン(歌)の歌詞の女の人みたいな人。
多分、かーちゃんはイージスの事をなんとなくわかってる。
かーちゃんのヒロイン力は53万です。