の旅の記録用の手帳 
1988年用の『二冊目』より抜粋【10月某日 イタリアの占い師】


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―――早くも2ヵ月が経っている事に驚く。
気がつけばもうそんなに彷徨っているということだ。そして、今日もまた不明な要素が追加された。
目標潰えて寒さに急きたてられてやってきたフィレンツェの港町。知らない若い占い師に捕まった。
並べてあった道具を蹴りながら飛び出して来て、占い師は興奮気味に叫びつける。

「何なんだ君は!」

今考えても、移動続きで薄汚れてはいたがそう叫びつけられるような格好まではしていなかったと思うし、 歩いているだけで何かの思想に触れたとも思えなかった。 しかし、占い師は迷うことなく出てきて人ごみのなかから私を選び出し、行く手を塞いだ。 そして、この前の雨の時についた私の服の泥汚れに飛びついてじろじろと見た。 占い師を引き離そうとした私の手を掴み、再び「信じられない」とまじまじと見て叫ぶ。

「君は可笑しい!」

界隈の中心で上がった声に、唯でさえ派手に道具をまき散らせてやってきたというのに周辺の人々の目がまた多く向いた。 私は「そういう宣伝か何かか」とその時は思った。 だったら巻き込まれる気にも、親切にしてやる気にも今はなれず、言いくるめてそのまま通り過ぎようとした。 だが、占い師は周りの様子や私の様子など気にもかけず、目を震わせながらしっかりと掴んでいる手を眺めて絶対に離さなかった。
ここで初めて気味が悪いと思った。

男は、顔も合わせようともせず、痛いほど力を込めて手に食らいつき見ている。
そして、次に―――忘れもしない、こんなことを言われた。

「君は、君は、“ずれている”な! ずれて……重なって消えるはずが消えずに……!
 本来あるべき“もう一つ”を運命の“外”に押し出したな!
 そうか!君は違う、違う存在なのだ!だからこそ脱線している!

 だから、“運命が無い”!」

続けて、

「しかし、どうやって!どうして……ッ!?
 君は本当なら今、セルビア…いや……町が全て同時に重なる…。
 どこかはわからんがここではないところにいるはずだったじゃあないか?
 しかし、今、君は私の目の前にいるッ……!」

今度こそ、男の手を振りほどいて触れられないように“壁”の向こうへと逃げた。 逃げながら「待ってくれ!もっと良く見せてくれ!」と見えない壁に疑問も持たずに必死な占い師の声が追ってきた。 聞きたくなかった。しかし、耳に言葉は届いてしまった。追い打ちだった。

「同じ存在が重なりあった時!その二つは消えるべきなんだ!
 君は恐らく―――

 ここで生きてはいけない!

酷く恐ろしい気がした。怯えた。
いきなり良く知りもしない界隈で、知りもしない人から叫びつけられる恐怖、いや違う。
それは世界から爪弾きにあっているという事実を証明するような否定できない記憶が自分の頭にもあるからだ。


つまり、私が、1988年の10月を過ごすのは“二回目”だという事だ。





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ベニヤでも使っているのかというような壁の薄い安い素泊まりの宿を取った。 占い師を巻くために歩きまわって街から遠いこの宿を見つけた。 椅子もないのでクッション性の乏しい横からスポンジの埃が飛び出すようなベッドが椅子代わり。 気分が重い。続きを書く。



私が、1988年を経験するのは二回目だということ。

可笑しい話だということはちゃんと承知している。
現在は一回しかないはずの88年の10月だ。間違いない。自分の記憶違いだという可能性も認める。
しかし、だとしたら手にあまるのが、88年の記録をきっちり最後の12月31日まで365日分付け終わっている“一冊目”の手帳の存在だ。 それ以前の一年だって抜けていない手帳達に素知らぬ顔で続く一冊目の88年の手帳。 そしてそれだけでなく、7月初旬で止まっている未来であるはずの89年の手帳も存在している。 こんなに沢山の時間をずっと年号を間違えていたとは考えられない。 そして、どこにも属さない“一年以上の時間”の思い出が私の記憶にちゃんと残っていて、今が88年だということに違和感を感じている。

そして、奇妙な事はまだある。
私は、まだ訪れていないはずの89年の2月を確かに過ごした。 その時、私は“時間が停止した世界”でヨーロッパを横断した。 ……それは、とある理由で起き、そして不意を突かれた結果で時間を取り戻して旅は終わったが、詳しくは別の手帳に、だ。 その後は“金の道”を辿ってエジプトのカイロにたどり着くのに5ヵ月掛かった。

少なくともここまでは間違いなく89年だった。そして7月。そこで“死んだはずの奴”と再会をした。
そう、奇妙にも死んだ、もしくは失われたはずの人物がそこに居た。 “奴”は私のことを覚えていなかったが、話を興味深そうに聞いていた。 そして招かれて屋敷で過ごした数日。―――恐ろしい出来事。カイロからほうほう逃げ出して、彷徨い、 そうして、現在が89年では無く、丸々一年前、まだ88年の7月であることに気がついた。

実は、きっかけでありそうな現象に心当たりはある。その時は白昼夢だと折り合いをつけたはずだったけれど。 こんな風に回りくどくしなくともたった一言で説明できる。 しかし、そんな客観的に自らの今の状況を表す言葉があるにしろ、認めたくはないのも事実だ。

……病院に駆け込もうにも、警察を頼ろうにも、どうすることも出来ないのは火をみるよりもあきらかだ。 まだ宇宙人に連れ去られていたほうが気軽にテレビ局に調査を依頼できる気がする。私は気を可笑しくはしていない。 一年前の本当だったなら自分の世界が平和だった頃のの身分証明を持ち、彼女自身を演じ続けながら、土の穴の代わりにこっそりと手帳にそれを書く。


“タイムスリップ”



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持ち直してみてもまだ口のなかは苦い。
運命。運命の脱線。

自分の記憶と矛盾する年号に気づいたその後の事を言うなら、こうだ。
―――混乱しながらヨーロッパを巡り、次の国へ次の国へと慌ただしく移り続けた。 “伝承”を集めに駆けずり回り、それでらちが明かないとなるや、87年に飛行機事故が起きたことが記憶に新しいイギリスに向かった。 “奴”が話した内容を思い起こして貴族年鑑を捲り、“ジョースター”という貴族が確かに存在していた事実を突き止めた。 しかし既に爵位は失われていた。50年も昔に残った血族もどこかの海外へと移住していた。 地元の図書館から当時の記述を探し、そこにおぞましい名前を見つけた。その命が本当に永遠なのだと知った。 “奴”が公式には“死んだ”とされていた場所である100年前に火災で失われた屋敷の跡地へ赴いた。 それでも結局、なんの成果も得られぬまま。合計2ヵ月、現在。

……私は、この幸運にももたらされている力で様々なものを見れたらそれで満足な人生だった、のだと思う。 他人の幸せを覗いて歩くような人生が楽しく、不幸を見続けるくらいなら移動し続ければいいというアイデアを愛していた。 それでどこか心から気に入った安住の地を見つけられたなら、そこで静かに余生を送れれば最高だとすら思っていた。 でも、もう、そうじゃない。役立たずな“吸血鬼”の伝承を集めて、追手に警戒しながら、“奴”の生まれ故郷にすらわざわざ足を運んで。 イギリスまで行ったのに写真一枚撮らずに、あんなに恐れていた漫然とした気分が後悔と懺悔と、強い感情に塗りつぶされて喪失している。

“奴”を、どうにかしなくちゃいけない。
ほかに“奴”のことを知っているのがどれほどいるのかわからない。 でも、“知ってしまった”私はそうしなければいられない。 どうしても、これが何か壮大な嘘で、このまま何事も起こらないままとは思えないからだ。 …あの屋敷の中で失わる命の惨劇を薄いシーツか何かで覆い隠し続けているだけ。 いづれ世界に“奴”がする事の血生臭さは取り返しがつかない形で表れる。 もう、それは薄い布の向こうで起こってしまっている。

記録と称した手前、なるべく情報は整然と保っていたいと思っている。
その記憶は、2ヵ月たった今でも整理がつかず、記そうと思うと支離滅裂になってしまうと思うし、 見直す度に噛み砕くことの出来ない感情が蘇って気力を萎させてしまうような気がする。 でも、この答えのない状況の何かの助けになるかもしれない。一部、試しに書き出してみよう。



それには、一人の男が関係している。
名前はあんまり書きたくない。“奴”としてこの手帳に散々書いた金の髪をした男の事だ。 恐ろしくて、奇妙で、そして、正直に言うと、今は到底認めたくない、美しく、楽しく、悲しい、喜びを含んだ記憶にも登場する男だ。 それを否定したくなるほど、覆い尽くす、拭いようもないどす黒い不安が今はある。 そして、確実に“奴”はこれからこの世界の人類を蝕んでいくだろう。 恐ろしい事に『世界征服』を一笑できないくらいに。

どうやって化け物を“盾”で倒せるか?
もう、友好のカードなんざ残ってはいない。



〜(中略)



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屋敷からの追手も怖い。明日、この国からも出ようと思う。
関連するものはきっとここにあると思って、エジプトを出てからというものヨーロッパ内に居座っていたが、そろそろ大きく脱出したほうがいいのかもしれない。 アジアのほうにも“オニ”やキョンシーという死人が蘇るモンスターの話があるそうだ。それに近年経済で騒がれているある国の噂も気になっている。 歴史的に見ても“奴”が吸血鬼になった年の近年にはイギリスとフランスで行われたパビリオンでその国の美術品が持て囃されたというし、 何らかの関連があるかもしれない。何よりも屋敷からも遠いし。
資金は前のあぶく銭がまとまって手に入った分がまだ残っているし、大丈夫、な、はず。

目的地、






日本。








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あとがき



もしも、3部に突入したらの問題点
・その1 一巡したりしなかったりで複雑。
・その2 DIOと割と本気で敵対する。

占い師=5部の妙に当たる占い師の人。
スローリーゴーゴンはどうあろうと運命に従った話だったけど、
こっちは運命の中に運命の無い小石を投げいれてみたらどうなるかって話。

完走は難しい。理由は次の話の問題点その3で。