「だが、怪しい事は怪しい」


ポルナレフは言葉を重ねて唱える。
火傷から復活したフランス人は「いや、美人だがね」と最後に余計なものをおっつけてそう言い切った。
海上を進む船の甲板上で、確かに「怪しい」とジョセフ・ジョースターは小さめに頷き返していた。

日本を飛び立った飛行機がスタンド使いの襲撃にあって海に墜落した。
そして意図せず訪れた香港で肉の芽によって操られ刺客として待ち構えていたポルナレフは、 結果的に火傷を負ったが正気に戻り、妹の仇を見つけ出す為にDIOを目指すと、旅の同行をすでに宣言していた。 彼の回復を待つのと、改めて無関係の者を巻き込まないために決定した海路を進むための船の用意を待つために現地で逗留をする間の事。 協力してくれているSPW財団から宿泊しているホテルのフロントにある一つの連絡があった。それがこの会話の発端である。

報告を受けその瞬間、ジョセフは緊張を隠せなかった。
日本を脱してから息を着かせぬ刺客の来襲に遭い、本来なら飛行機ですでにエジプトに降り立っているはずが、今もこうして足踏みをしている。 その間に財団の守りがあるとは言え一人でもスタンド使いの刺客がやってくればスタンドの暴走によって東京の屋敷のなかで寝込んでいる娘のホリィの命は危うい。 そして、報告はその恐れに極近いものだった。空条邸に接触する外部の人間が居り、その人物が“DIOを知っている”と言うのだと言う。

そう言った人物の額に肉の芽があるともしれない。
しかし、報告のその先を促すために口を開くと、それを遮るように明るい声が電話口でした。

「パパ!」

ホリィ! 出し抜けに喜び、娘と呼び合ってからはたと疑問を感じた。
その声は元気に電話を両手で支えながらニコニコとしている顔がありありと分かる。そういう気質の明るい女性に育ったのだ。 元気さえあれば太陽のように明るい様子がこのように本来なはず。 例えば心配を掛けまいと無理をしているだとか、健気に気丈にしているだとかそういう風にしている様子を探したが、 40年以上この子の父親をしている自分の観察眼をもってしても見当たらない、可笑しいくらい“普段”の彼女通りの声だった。
「失礼します」と電話を取り戻した財団の一人が言う。

「申し訳ありません。私達はスタンドという能力を持っておりません。
 だから、ホリィさんに巻きつくソレを見えはしません。
 しかし、その人物がホリィさんの額に手をのせるとまるでパッとお元気なられたのです。
 ハイ……順番にお話しします」

内容はこうだ。

「その人物は、ジョースターさん達が出発された後、空条邸に突然やってくると、
 接触を拒む我々にホリィさんとの関係を問いました。以前、空条邸に滞在させて貰ったことがあると言い、
 これは、ホリィさんに確認をとったところ事実であるそうです。
 その時に家族関係を聞いていたそうで、貞夫氏と息子の承太郎氏以外にしか見えず、
 物々しい雰囲気だった我々を彼女は不審に思ったらしく……ええ、“彼女”、女性です」

彼女は我々の制止を振り切るとホリィさんを探し始めました。
もちろん全力を持って対処をしましたが、……ジョースターさん。

「彼女もスタンド使いです」

やはり、とは言わなかった。

「しかし、今のところ敵意は見当たりません。ホリィさんはもちろん、止めようとした隊員に怪我もありません。
 ホリィさんの状況を知ると先ほど言ったような動作をしてホリィさんを回復させ、
 彼女は起き上ったホリィさんの首筋の星の字を見て息を飲み、「旧姓は何か」と突然問いだしました。
 そして、ジョースターという名前を知ると、茫然と“DIO”と口走りました。
 彼女はエジプトでDIOに会っているらしいのです」

「偶然だと言っているのかね?」

「ええ、真偽のほどはわかりませんが。……彼女は、エジプトでDIOに出会い、その場から逃げ出し、
 DIOを“止める為に”その方法を探して独自に動いていたと事情を話しています。

 ジョースターさん、いかがしましょう? 実はこちらの事情は……その、
 ホリィさんのほうから彼女に話してしまったらしく、彼女は香港のそちらに合流したいと望んでいるのです」

「……感覚的なもので構わん。君に訊こう。その女性のスタンド能力はどんなものだったか?」

「“壁”、でしょうか。体の中からせり上がる防御、守るための壁です。ジョースターさん」


**


話が済み、連絡を終了させた後、ジョセフはまずは息をついた。 旅に出る前は暴走するスタンド能力に苦しめられ、意識が遠のいたままのホリィを見たのが最後だった。 それが、“彼女”曰く本当に“害”が強力になるまでの一時しのぎで完璧ではないものの意識がある分は元気に保てると聞いて、本当にホッとした。 どうして、過去から続く因縁なんかで平和の象徴みたいな戦う力のないあの子が苦しみ、命を削る必要があるのかと憤っていた心が救われたのだ。 後は、我々がDIOと戦って勝つことだけだ。 しかし、これから日本から極秘に飛行機でやってくるという“壁”を持った女性について素性は知れなかった。

ホリィをスタンドの害から守ったように味方になってくれるのか、それとも、全ては偽りで内側から瓦解させるのを目的にやってくるトロイの木馬であるのか。 それでも、ジョセフは彼女をここに招く事を了承する必要があった。

「DIOのスタンドの秘密を知る女、か」

かくして、無事に合流したと名乗った女は一行と同じ船に乗り込んだ。
チャーターした船で香港を出発し、シンガポールを目指すなか、その彼女を除いたメンバーは甲板に集まっている。 ここで確かめて“彼女”が十分に怪しい存在であることは全員の意見が一致していた。
まず、何よりも、DIOについて詳しすぎる事だった。

やってきた彼女は手を差し出し「君が“”君かね」と握手を求めたジョセフに、
「貴方が“ジョセフ・ジョースター”さん、ですね」と極自然な動作で手を握り返して友好的に会話を開始した。

彼女は、まだイギリスに威を構え貴族として存在していたジョースター家の存在をすでに知り、DIOの首の傷から下の体の意味を知っていた。 経緯を知ったのはDIOの口からだと彼女は言っていたが、それが真実であるのか判断は曖昧だった。 そうでないとなると出所が不明過ぎるので真実ではあると思われる。 しかし、だとしてもDIOが彼女に態々話した理由はなんだろうか? 彼女の額に肉の芽は見あたらなかった。 彼女は操り人形ではなく自らの意思でここにいるということだ。 そして、彼女はDIOのスタンドの能力についてまるでいとも容易く口を開いた。

「DIOのスタンド能力は“時間を止める能力”です」

それを聞き、それぞれが示した反応は様々だったが、まず、絶望の影は濃かった。
まさに化け物に相応しい規格外な能力。それが今のところはまだ数秒であること、そしていずれはとても長い時間を止められるようになるだろうことを彼女は話す。 ここですらすらととんでもないことを言っている彼女の表情が曇った。

「ホリィさんには、私のスタンドの“レンズ”を渡してあります。
 これは離れていても効く害を阻む壁を発生させるものになります。
 ただし、完璧ではありません。……欠陥です。
 私のスタンドであるイージスは、本来私と私が触れているものを自動で守る壁を作る能力なんですが、
 “ある人物”から「離れていても守れるようになること」の訓練を勧められた事があって、
 試行錯誤しているうちに身に付けたのが、スタンドから取り外して独立した“レンズ”なのです。
 ですが、これはレンズを持っている人物が“認識している害”にしか壁を発生させません」

一時しのぎでしかない。ということだ。

「つまり、ホリィさんが意識を保っている間は害になっているスタンドを意識していられる。
 だから、壁を発生させていられます。
 しかし、眠っていたり、気絶している間はスタンドの害に晒されるのは変わりないのです。
 だから、やはりそちらで定められている50日という期間は遵守したほうがいいでしょう。
 ……“DIO”が、だんだんと長く時間を止めていられるようになっていることからも、
 早くかたをつけなければならない。 
 
 そして、“DIO”の能力に関してもそうです。
 “レンズ”があっても時間が止まった世界のなかで動くことはできません。
 普通の人間が止まっている時間を認識することはできないからです。
 けれど、本来の力である自動防御の方は時間を止める能力から免れることができます。

 私と、私が触れている人は時間が止まった世界でDIOに対抗できるでしょう」

そう言って、彼女は改めて旅の同行を求めた。この話に飛びついて喜んだ者は居ない。 彼女があけすけに出来ない背景がところどころに見えてしまって、 誰もこれが果たして罠なのか、救いなのか、判断がつかなかったからだ。

良い話だとは思う。

天から垂らされた救いの糸のような存在だった。 無敵なスタンドであるザ・ワールドに対抗するに彼女のイージスと名が着いた“盾”のスタンドは。 しかし、話を聞いてじんわりと首に汗が滲むことがいなめない。 この糸が罠であったなら、そうでなくともプツンと切れてしまったら、 時を止める能力への対抗策が今のところ考え付かないジョセフには恐ろしく感じる。 彼女の話は真実か?DIOのその恐ろしいスタンド能力は本当に正しいのか?―――不明だった。 はどう見ても怪しいのだ。彼女を抜かしたその場でそれぞれの意見が集った。

ポルナレフが曰くやはり、DIOのスタンド能力を知っているなんて可笑しい。

「彼女だけは時間停止を免れていたから知ることが出来たって言ってもそれをDIOが野放しにするか?
 それに、少なくともDIO本人が時間を止めていると分かるくらい近くに居たことがあるって事だろ。
 DIOも彼女の能力に気付かないっていう間抜けな奴じゃないだろうし、
 恐らく秘密を共有できた間柄ってことだ。少なくとも以前はな。
 ……やっぱ、どう考えても怪しいぜ、彼女!
 でも、DIOにどうしようもなく心酔してるってわけじゃあないみたいなんだけどなぁ」

時々手帳に何か書いてるあれもなんだか怪しく見えるし。非常に残念そうに言う。
DIOに直接対面したことのある人物の内の二人目である花京院も賛同して考察した。

「僕もそう思う。
 DIOの能力についても本当かどうかまだわからないのは確かです。
 もし、彼女が善意で動いているんだとしたら悪いが、疑わないわけにはいかないでしょう。
 肉の芽が無くてもDIOに従う連中はいる。タワーオブグレイがそうだったように。
 金か、忠誠心だったのか…。それに……良くなったようでホリィさんの事は根本的な解決には至っていない」

「そうかなぁ……彼女、金とか忠誠とか大事なタイプじゃない感じだけどな。
 服とか見るに丈夫が第一って感じ。逞しい女性だねきっと」

「根拠がない」

「アヴドゥルはどう思う?」

「……彼女について、確か、どこかで耳にしたことがあった気がするのですが。すみません。思いだせません。
 彼女のスタンドはこの旅には正直頼もしいと思う。“イージス”。
 ギリシャ神話でメデューサを倒した英雄が持ったとされる盾の名前でしたか。
 スタンド本来の能力である自動防御はもちろん、彼女自身が距離を置いても発動する“レンズ”は
 これから次々に刺客を迎えるだろう我々には、是非力を貸して欲しい。
 そして、なによりもDIOの能力が本当に時間を止めるという途方もないものだとしたら、
 彼女の能力は無くてはならない。

 ……だが、ひとたび彼女がDIOの忠実な部下として正体を露わにしたら……恐ろしいことです。
 “壁”に守られる彼女が恐ろしいのではありません。
 彼女自体の動きを止めるにはそこまで難しいことではないでしょう。
 本当に恐ろしいのは、彼女が我々の内側にいて、刺客の敵スタンド使いと手を組んだ時。

 その状況が一番恐ろしいのです」

一同が沈黙する。
例えば、タワーオブグレイと彼女とが組んでいたら、 レンズをあの捕まえられないほど速い動きをするスタンドに取り付けていて、本体のほうも自動防御されてしまう彼女と共に潜んでいたら。 誰もが沈黙するその中で今まで目を閉じてそれぞれの意見を聞いていた承太郎が口を開いた。

「まだ、そうと決まったわけでもないだろうが。
 そんなやっかいなスタンド使いをわざわざこちらに寄こして味方の振りをさせて
 無駄に撹乱させる理由が弱いぜ。正面から来ても十分やっかいだからな。
 少なくとも“レンズ”の効果が有効なのは実証済みだ。
 長い付き合いになるのかそれとも化けの皮を剥いでさっさと別れる事になるのかはしれねぇが、
 エジプトまで進む間にいくらでも確かめる機会はあるはずだぜ。そこで判断すりゃあいい。
 敵スタンド使いと結託しようとも出し抜かれなければいい話だしな」

「彼女を見張る……ということだなJOJO」 

「今、彼女は?」

「船のなかを見学してくると言っていたな。「この船は帆が立派で燃料が無くてもどんどん進みそうで良い」とか
 なんとか……」

「……刺客かどうかは置いとくとしても、独特な子だ」

「まぁ、今のところ船の乗り組員の保障はとれとるし、自由にして貰っても構わんだろう」

「でもさ、さっそく船に爆弾でも仕掛けてたりして!」 

ケケケとポルナレフがおどけて言ったことにあえて誰も何も返さずに一先ずは 始まった航海に船のなか各々過ごす事になった。












あとがき



もしも、3部に突入したらの問題点
・その3 ワールドの能力をもう知っちゃってるからしょっぱなからのこの大暴露。
     +花京院が結界をしない=腹パン回避。しかし、最終決戦が想像出来ないカオスな状態に。

スタープラチナも時を止めるという概念を得てるから承太郎も中盤くらいで時止め出来ちゃいそうだし、 能力バレしちゃったDIOはぜんぜんなめプしてくれないから本気。 時止めしてくる相手がいる屋敷にジョースター一行がそもそも突入するかどうかもどうだろう…という。


レンズの設定
能力に“レンズ”が増えました。格ゲーで云う防御コマンドだと思ってください。
反応出来ればダメージ無しですが、遅れたり、どうやって攻撃しているのか分からない場合は食らう。
イメージはレンズがいっぱい付いてるイージスからジャムの蓋を外すみたいにレンズを外して、
それをぺタッと相手にくっ付けるとディスクみたいにズブズブ沈んでいって一体化する感じ。
回復力が異常な三部の男達の忙しない細胞分裂に休みを。