50メートル平方に広がる森は、常時、月のピーキーな表面温度と極寒の宇宙空間から身を守るために発動しているイージスの能力の壁の中にある。 壁が宇宙線や赤外線、塵や小惑星の激突から森を守り、 穏やかで無害な太陽光を捕まえ、光合成をする森から発生した酸素や二酸化炭素、大気を留め気温を作る役目を担っている、 というがこれはカーズの言うことを簡単にしたものである。宇宙について私は専門外だ。

しかし、それでもまだ疑問だった。環境が偶々整ったとはいえ、何故、種などあるはずがない月面に植物が生えるのか。 しかも、目を開いたその瞬間には私の背を超える大木や既に実をつけたものすらあった。私が酸欠で窒息してないことから時間はそこまで経過していないはずだ。 それを指してこれを創り出したのは我が力であると言ったのが掌に生えた芽をみるみる成長させて花を咲かせて横たわる頭の耳に巻きつかせてきたカーズだ。
それを見て、彼は高度な文明を手にした月に住む宇宙人かなにかであると思った。

実際、当たらずも遠からずというところだ。
違うといえば出身は私と同じく母なる地球であり、元地底人ということ。そして、彼をここに追いやったのが“ジョジョ”という人間であるということ。 その経緯は、苦手な太陽光を克服し、完璧な生き物になるという崇高な向上心が絡んでいるということは掻い摘んで理解したが、 その時、私は、カーズが語っている間、立ち上がってハクハクと口を戦慄かせて緑が侵略しつつある灰色の砂の降り積もった大地や、 目で見て分かるほど伸びあがっていく成長の速い木や蔦の隙間から見える星空を見上げるので忙しく、 歩き出した足が妙に軽く、今なら簡単に飛びあがれそうだ、と思って有名な月面の映像を思い出していた。

私には月面にさす国旗もなければ宇宙服も帰りの宇宙船もない。ぶわっと汗がにじみ出た。 ショートしそうな思考のなかで、「深海に宇宙に追放かぁ人類の敵って強いなぁ」と、愕然と膝をついて顔を覆った。


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ページがもうわずかしかないことに気付く。

地球への帰還については最初に二人で合意した目標であった。

極寒の宇宙空間で凍らされていたというカーズはイージスの力に興味を示した。 イージスの壁内においては自由自在になる体を持つカーズを阻むものはなく、地球に帰還することも可能だろうと言った。 それに私も是非とも同行させてほしいと心底困って懇願すると、当たり前だと力強く頷き、“害”を阻む能力が必要だと宣言した。 そこで一旦は落ち着いたが、まだ綿密に思考が廻ったわけではなかった。 問題なのはカーズは酸素を摂らずとも生存が可能であるが、人間はそうでないということだ。

宇宙空間を漂っていた凍って鉱物に擬態してやり過ごしていたカーズはイージスの壁の範囲に突入して擬態を解き、 壁を発生させていると思われる原因を引き寄せそれが窒息寸前であると気付いた。 気付いて冷気を完璧に遮断させていたはずの壁がだんだんとその人間と同じく弱ってきていることを発見する。 手始めにやって見せたように強く酸素をより発生させる植物を産み、体に這わせたが、それでも足りず、 そこからどうやってか月に移動し、こうして範囲内を森でいっぱいにしてアマゾンのように濃い酸素を壁のなかの空間に満たした。

つまり、私が息をするにはこの森がなければならない。
カーズが宇宙空間から月に移動してみせたように月から地球に向かうまでの38万キロの間、息を止めていろというのは無理な話だ。 100キロ出せたとしても100日以上掛るのだから。 しかし、私が同行出来ないとカーズは森から出たとたんに再び凍り始める。 もしかしてどうやっても無理じゃあないの?と動揺する私に、フッと笑いかけ「考えがある」となにやら出発の準備をし始めたカーズは頼もしいことを言った。

こうして、その考えを知らないまま定められた数時間後の出発の時、取り出したのが地球なら博物館に飾られるだろう月の石を削って作った仮面である。

「この仮面を被り、脳を刺激する事で必ずも呼吸が必要でなくなり、しかもよほど頑丈になる。
 ただし、陽の光が当たる事は我々と違って致命傷だがな。お前のその奇妙な力なら恐らく大丈夫だろう。
 それと少し、食事の趣味が変わるかもしれないが」

これを聞いて、私は考え至って、ねぇ、と話しかけた。

「“ディオ”って人、知ってる?」

「誰だそれは」

ちょっとその案は待って欲しいと私は再び懇願した。


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吸血鬼が発生する原因を突き止めてしまったらしいのだ。
私は化け物ハンターになる気はない。吸血鬼も地底人も本のなかに帰って欲しいと心底思う。

私は食事の趣味が大きく変わる吸血鬼になることをとりあえず半分拒否した。なんとかその仮面を被らずに帰る方法はないだろうかと言うと、 この森ごと地球の引力に従って落下するという案を出されたが、早い話が隕石である。 50メートルの大気圏で無くなることのない隕石。私は10年、恐怖の大魔王を先取りするつもりもない。 じゃあ、どうするのだ。と、面倒くさそうに月面で地底人が宇宙服を着ていない人間に問う。 「ちょっと考えさせて欲しい」と言った私も大概混乱から脱し切れていなかった。

森が私の生存に必要だと思うと私が森のなかを移動するだけなら壁の範囲は固定されたままであり、イージスは私の生存にかけては優秀なようだ。 カーズから離れ、森の端まで来て座り込んで記録を書いている。目の前に下が闇で隠れた地球の全貌がある。青い。本当に青い。 灰色の地面と比べてあれがまるで愛おしい宝石のように見える。 初めて目に入った瞬間、暫く前、大西洋に漕ぎだした時、海上から陸を見た郷愁と比較にならないほど身を切られたかのような気分に襲われた。 地球儀で見慣れた大地と覆い隠す雲。大西洋はあの辺りだろうかと思って輪郭を沿って見ていると懐かしいブーツの形の小さなイタリアを発見した。

視界が悪いので一旦切る。
ページも少ない。


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月にもクレーターの永久影に水が氷となって存在していることを知った。大気が出来きたことで溶けだしてきている。 地球を眺めて感傷に浸っていると潜んでやってきたカーズが仮面を被せようとしたが、イージスの効果により阻まれ“害”として壁の外に吹っ飛び出そうになった。

人をゾンビにしようだとか吸血鬼にしようだとかする連中は皆こうなのか。こうだから深海とか宇宙に追放されるのだ。 そこで思う。私が帰還するにはカーズの力が必要だ。 だが、宇宙で封印されていたと言っても過言でないこの生き物を再び地球に持ち込んでいいんだろうか?


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カーズは動植物を生み出せる。 加えて地球上の生き物ならどんなものにでも体を変化させられる。 単純な力は凄まじく、地形すらあっという間に変えてしまう。 頭も良く、こういった物を作ってくれないかと頼むと大抵のものは作れてしまう。 吸血鬼が人間の血を吸うように“彼ら”は主に吸血鬼を食べる。 小魚がプランクトンを食べ、小魚を体が大きな魚が食べ、それを食べる人間がいるように効率を考えた末にできたエネルギーの食物連鎖である。

カーズが作りだした植物は既に独自に交配をし始めた。 携帯食料ばかりでうんざりしていたなかで木に瑞々しく熟れた赤いリンゴがなっているのを見た私はそれを手にとって恐る恐る口を付けた。 宇宙産のリンゴは恐ろしいほど普通のリンゴの味がした。二口目は様々な考えが巡って飲み込めず、その場に吐き出した。 吐き出した果実の種子からみるみる芽が伸びのを見て改めて気味が悪いと思った。 しかし、それも持っていた食糧が無くなれば背に腹は代えられず、成り立ちや成長速度と比べれば至って普通に見える野菜や果実は私の食糧になった。 人間の私よりもエネルギーが要るはずのカーズは森の中心にある巨木にずぶずぶと入り込んで木の一部となり時折光合成している。 それでちゃんと賄えているのかは疑問だが、吸血鬼になって食料になってやることはできない。命について、壁について、双方そう思っているはずだ。

食事がこうなってしまったことからして分かる通り、私はまだ人間として月に残留している。

地球には帰りたい。誘惑は想像以上に強い。
吸血鬼になってしまえばいい、恐ろしい生き物であるカーズを地球に連れて行ったって今みたいに大人しく光合成をしているかもしれないし、と、 無理やり楽観視をしてみたり。前のほうがよっぽど気を強くしておけた。時間を失っても少なくとも地球上に居ることが出来ればそこが私の故郷だったからだ。 カーズは代案もない癖にぐずぐずとしている私に対して発破をかけるかと思われたが、驚くほど無関心を貫いている。 時折、動物を創り出しては放逐して、何かを考えながら地球を眺めている。 私も考えている。次にロケットが月面着陸をする計画はいつだろうか。 降り立った宇宙飛行士をなんとか森に引き寄せて自分も乗せて欲しいと話しかけてもいいだろうか。叫ばれ、逃げられやしないだろうか。 …ブルガリアのあれみたいに有名な怪談にならないだろうか。

次に記録を取る時はどうするか決めた時とする。


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目を通し終わって、項垂れた。
まだ、続きを書けそうもない。



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備考




*吸血鬼の呼吸について
ディオが棺の中の酸素で100年生きることができたことから吸血鬼に酸素は必ずしも必要でないかもしれない。
ただし、人間だった頃の癖、加えて声を出すために呼吸はしていると思われる。
→吸血鬼に成り立てだったディオは仕切りに白い息を吐いている。(人間だった頃の体温が残ってた?)
→ストレンツォの場合、ジョセフにどうして白い息がでないんだ?と指摘されている。(していないのか、体温が低いからなのかはわからない)

《追記2013.10.26》
リサリサが呼吸の気配を察している為、ディオの例と合わせて考えてみるに、呼吸はするが酸素は必要としない、という事かもしれません。