火の通った芋とバナナの上に目玉焼きをのせ、残りの葉に包んで、地球を見続けるのは精神的に良くないので森の奥に戻る。 途中から食べ物に目を付けた小さいサルが集団で追いかけ肩に乗っかり手を伸ばして来たりするのをなんとか避けながら 生活拠点の森の中心にやってくるとカーズが巨木の中から出てきていた。 森の隙間、染み入るほど深い空をまっすぐ見上げている。人外とは本当に美しい外見を持つ。

カーズが無関心を貫いているのは自身の寿命の長さからだろう、と私は思うことにしていた。
彼の自分の種族に関する矜持は、人外の彼らの言う劣等種である人間だった経験のある吸血鬼とは比べ物にならない絶対的な隔たりがある。 それが絶えず冷たい拒絶になって向けられる視線に露わになっているように思える。

こう言っては怒りを買うような気がするので思うだけにしているが、体の造りは額の角以外人とそんなに違いはないし、 人間的な美的感覚の視点から見ても優れて美しく、本人も引け目がない。意思の疎通も私が馬鹿になりながらだがちゃんととれた。 力の強さや強靭さ、体をあらゆるものに変化させる能力が加わるが… だが、私も他人のことが言えない、と、先日思いついてしまった。 宇宙に耐えうる壁を持っていてこんなことになっている訳だし。

しかし、やはり隔たりは絶対として横たわっていると感じる。種の意識として、物質の寿命として。 私はカーズの無関心に安心すると同時に、そこの所を正直不気味に思っている。 寿命の違いは価値観の違い。カーズにとっての一年と、私にとっての一年は同価値ではないのだ。

次に月面着陸が行われる日を待つにしても結果的にどのくらいの期間この月に滞在するかわからない。 それに例え明日月のどこかにロケットが着陸するとしてもそこが森の傍でなければ辿り着けはしない。 便利な飛行機はないのだ。 全てから考えて、機会を待って私が無事に吸血鬼にならずに地球に帰還できるチャンスは、 この森の傍に着陸に適した場所があると仮定しても十年に一度だろう、と思う。 悪ければロケット10回分見送って私の寿命のほうが先に尽きてしまう。 しかし、それは、その人間にとっての100年という時間は、 数万年以上を生きるという生き物にとっては体感的にどのくらいの時間に相当するのだろうか?
―――恐らく一日も満たないだろう。人生の、ほんの二、三時間くらいか?

よって、私の一生が暇つぶし程度くらいの時間であるのなら、地球までの帰還に踏み込めずにいる今の十数日の期間、 何もせずに放っておいているのも分かる気はする。私にとっては十数日の時間の価値でも、カーズにとっては数分にも満たないからだ。 しかし、だからと言って私が寿命を迎えたら壁が消滅するということを忘れているとも思えないので、 それまでには決定的に有無を言わさずに吸血鬼にされるのではないだろうとも思う。 私が考えられるだけでも、酸素を生み出している木を一本ずつあの切れ味のいいチェーンソーみたいので伐採していって、 真綿どころか酸素で首を絞めていき、十分苦しんでから石仮面を渡す……とか。
息が吸えるのに酸素がないなんて経験は一度で十分だ。



無関心を保っているカーズが口火を切る。わからないそのタイミングが怖い。 そんな気がかりが掠めてその姿をぼんやり見つめたまま突っ立っていると、 空を見つめていた視線がつーと降りてきて珍しく笑う。


「あっ」


しっかり御留守になった手元から群がっていた猿の一匹が葉の間から芋の一つをくすねて飛び降りていった。 地面に逃げ、両手の間の左右に熱いそれをたっぷり滞空させるように投げ合って時々口で噛みつき始める。もう取り戻せない。 気まずく視線を戻すとカーズは既に再び空を見ていた。こういう瞬間、自分がどうでもよく馬鹿に成らされていると感じる。 一人勝手にヘソを曲げてその場に直に座り込み、一つの芋を取り合っているサル等と同じように、 手掴みでバナナを口に放り込んだ。

塩気のないのに苦心して芋に卵黄をくっつけて食べ始めると、暫くして視線が戻ってきた。 何を熱心に見ていたのか。白身をべろんと手に摘まんで口に下ろしている私を見て、理解しがたい複雑な表情をする。

「度し難い」

マナーなのか、食べているものに対するセリフなのか。
フォークもスプーンも作ってもらうのに何だか言い出し辛くてまだ頼んでいないから仕方ない事だ。 開き直って訊く。「何を見てた?」返ってくるのは「貴様に理解できるとは思わぬ」。取り付く島もない。 視力も随分違うようだったので一理あるのだろう。どうともし難い隔たりであると、藪を突きもしない。



**



カーズがスタンド能力に興味を示し、珍しく私に尋ねてきたことがあった。
ギラギラと赤い目を煮えたぎらせて今すぐ殺してやりたいという様子でだ。
その、奇妙な力はなんなのだ。問われて私が思わず笑っていたからかもしれない。

「能力の総称を“スタンド”と言い、能力を持つ者の精神の像である」

カーズが創って世界にばら撒いたのだろう石仮面のひとつを被って吸血鬼になったのに、 それだけでは足らずにスタンドすら手に入れたある人に教えられた通りに答えてみると、 お前の能力はどういったものなのだ?と訊く。いよいよ可笑しくなって「バリアーだよ」と答えた。 “害”を阻む。阻んで私を守る。質疑応答に答えながら、 私の能力を吟味するかのように考え始めたようなカーズを見ていると、次の質問で可笑しいのが一周回ってしまった。

「お前は何を恐怖とする?」

地底人も私の記憶の中を覗く能力でもあるのではないだろうかと思った。 そして、同時に、一気に押さえていたものがわき上がる。地球への郷愁。過去への憧憬。 前も似たようなことを答えた経験のある口がその通りに動き、閉じる。分かりやすい傷心の感情だった。 しかし、目の前にいるのはあの時の困っていた吸血鬼ではない。

「お前が持って許される能力ではない」

また強い殺意を持って吐き捨てられる。私は今度こそはっきりと口を閉じた。 陽の光すら克服しようとした吸血鬼と、それに結果失敗したとはいえ可能にする能力を持って協力した人間の話などカーズにしていいはずがない。 よって、“スタンド”の話はその時をもってお終いとなったはずだった。



だが、力を得ることに貪欲なのはカーズも負けていないどころかそれ以上なのだと、 食事を終えると「来い」と傍に呼ばれ隣に座って、珍しく人間と話してやる気分になったらしいカーズの計画を聞いて知った。
カーズの持つ能力は進化の過程に遺伝子に刻まれた地球上のあらゆる生き物の歴史であり、そのなかには“人間”も当然として含まれる。 そうなると人間の端くれである私も、詳しい遺伝子の配列さえ分かればカーズはその身から私そっくりの存在を創りだせる、ということだ。 しかし、創り出したソレからスタンド“イージス”の力を引き出せるか?といえば無理だ。 ソレには生きてきた経験が無く精神がないから、精神の像は現れない。そして、もう一つ。 カーズ自身の体の内部構造の一部を私の通りに、そして精神はカーズの精神としてみれば、 “イージス”という形でなくとも何らかの“スタンド”が現れるか?という疑問。 これも無理だったのだとカーズは言う。だった、ということはもう試したことがあるのだろう。何も言うまい。

「“イージス”が貴様が言う“小心者の作りだした頼りになる存在”だというのが正しいとしたのなら、
 何度も生命の危険に瀕したりピンチに行きあうような貧弱な存在でなければ、
 スタンドという能力は得られぬのだろう。
 我々には元々必要がない能力……言わば一部の人間の心が足掻く事で持つに至った流法か。
 ……死ぬと分かっていてもあえて挑み、全力で纏わりついてくる……“人間の精神”。まったく気に食わん」

だが、とカーズは言うのだ。

「つまりその“心”そのものを抜き取り再現し、
 支配下に置けるようなことが出来れば可能かもしれんがなァ。目下その方法を模索中よ」

出来そうで嫌だ。
カーズ自身がイージスを手に入れられたら私はお役御免でここに置き去りにされかねないのだから。
それが顔に出ていて赤い目を細めてカーズが笑う。機嫌が良い。良すぎて嫌な予感すらした。

「なぁよ。おれはこの月という星のことを気に入っているのだ」

「……どうしてか訊いても?」

突然、振られた話を聞くに、カーズを含めて地下に住まう“彼ら”は永遠を生きるが闇の一族だった。 地球の全ての生き物の食事の原点である植物が、その柔らかい光によって温度を得る動物達が、揃って太陽を仰ぎ見ているなか、 どんな生き物よりも優れていたはずの“彼ら”はその光が唯一の弱点だった。カーズはそれが許せなかった。 太陽を克服した完全な存在を目指して何千年もの間、方法を探し求めた。そして、力を手に入れた。 完全に地球の全ての生き物の頂点に立った。その結果、地球から余る力であるとでもいうように、地球から追い出された。

「月は光を湛えても我らを拒絶しなかった。太陽の光を弱めて夜を、我らを照らし続ける」

無論、月の光が大丈夫だったのは、地上に降り注ぐまでの膨大な距離があって十分に弱まったからこそであり、 月に直接降り立てば日向の温度から察するにただの闇の一族には厳しかっただろう。 だが、力を得て、太陽、地球からも拒絶され宇宙に投げ出されたカーズを今こうして迎え入れるようになったのが、 迂曲あっても、またこうして“月”であることに愛着を感じるのだとカーズは言う。

「あの美しい青い星に執着はある。“けじめ”もある。だが、宇宙を彷徨い50年経ったというではないか。
 このカーズにしてみればほんのちょっぴりな時間でしかないことだが、どうであろうなァ、人間は。
 あの激闘の後に生き残ったとは思えんが“奴”がもし生きながらえていたとしても、
 もう死を待つくらいしか能のない年寄りか。

 果たさなければならなかった復讐ももはや無く―――そして、
 新しい種としての誕生を受け入れる懐を生命溢れる地球は持っておらぬ。
 なれば、この“月”ならばどうであろう、と、今まで考えていた」

ぽかん、と口を開いて聞いていた。カーズは掌から新たに生命を作り上げる。
奇妙な立方体の形の翅をした見たことのない蝶だった。
新種の蝶は、弱い重力の月面を従来の鳥が飛ぶのを諦めるなかふわふわと飛び始めてみせる。

「まずはこの星を支配し、新たな生態系と文明を作り上げた後、
 全て引っ提げて地球の侵略を開始する事にしよう。その為に、。お前は壁を保ち続けろ」

へ?と聞き返してしまってもしょうがない。

「ど、どういう事? ……え? 地球に帰る話は?」

「フン! 石仮面を被る事に怖気づいていた奴が今更何を言ってる」

結局、思っていたよりもずっとずっとせっかちだったカーズは「イージスを手に入れることが出来ればお前などどうなろうと構わん。 しかし、その方法を研究する間はお前に壁を維持して貰わねばならん、 きっと人間の寿命では難しいだろう。結果的には無理やりにでも石仮面を被って貰う」と言い、的中した予感に私は立ち上がって警戒した。 何かの強硬策を取られる前に“害”として壁の外にブッ飛ばそうと決めるとチッっとカーズは舌打ちし手をぶらぶらさせる。

「止めろ。まだする気はない。壁の外に出すな。
 ……だが、何が気に食わない? 永遠の命を手にし、それなりに重宝してやるというのに」

「……吸血鬼は人間の血が食糧なんでしょう?」

「だからどうだというのだ。
 元同胞を殺すのがそんなに嫌か?ここでは生粋の人間などお前のほかに居らんだろう。
 吸血鬼となった貴様の食糧はこのカーズが創り出した者になる。その場合はどうなんだ?
 人間という見た目が嫌だというのなら血だけを創り出してグラスにでも満たしてやろうか」

「人間の血を食べてるって事実が既に嫌なんだけどなぁ」
こういう嫌悪が伝わった試しがない。
カーズは自分の元同胞の血を食べろと言われたら食べるのか?と訊く。

「……それで力が手に入るというのなら、
己の弱点を克服しようともしないバカ者等の血肉を食らうというのは苛立だしいが、堪えよう」

「でもほら、嫌でしょうやっぱり(意味合いが違うけど)」

ぬぅ、と唸ってしまったカーズの隣に座り直すと、先ほどの一匹のサルが芋で懐いたらしくやってくる。 黙ったカーズを余所に纏わりつかせてじゃらして遊んでいると、もう一つ案があると提案された。 私が自分の寿命で補えない、カーズがイージスを得る方法を考え地球に侵略するまでの長い時間を、 手ずから育てることで似る精神性と、スタンド能力が遺伝することに賭けるか直接操作して“壁”を次世代の子供に跡を継がせるという案だ。

「つがいを創るか?」

「そ、れは困る」

やりとりを肩にのったサルが首を傾げて見ていた。
この場所で産まれ、強化された遺伝子は瞬く間に進化を遂げる。 月で飛べなくなった鳥も次第に足を強靭なものにして走りまわり、必要でなくなった羽根は減り、容姿をまるで恐竜のようにするのだろう。 このサルもいずれは人間のような生き物に変わる。生物学的な歴史が新たに始まるのだ。カーズが言う。

「それともつがうか? このカーズと」

ついに悲鳴ような泣き言を上げた。

「私は地球に帰りたいんだって!」

「なら、なおさら吸血鬼になる覚悟を決めろ。……それで帰してやるかはおれ次第だがなァ!」

そう言って、フハハハハ!と行き成りカーズは大きく笑い出す。

月だけじゃなくこの人も随分ピーキーだと思う。
そして、ここに先行き不確かながら密かに地球の侵略の第一歩が始まってしまったようだった。
私は思う。どうか早急に、宇宙にも気軽に行けるくらい地球人の科学力が発展しますように。










地球人によろしく




あとがき


*究極生命体のカーズがスタンドを得られるかどうかの話は主人公が生き残るための都合で選んでます。 (例の小説の設定も好きです。/カーズさん宇宙船作れるってマジですか?)

前回で終わるつもりもあったんですがネタがあったので膨らまし膨らまし。これで恐らくカーズの番外編の話は最後です。 本編中、この設定の主人公だと色んなところに送りつけてもなんとか生きていけそうな気がして振り回しやすいなぁ、と思って書いてました。 じゃあきっと宇宙でも大丈夫だなっていう謎の信頼があって、考えるのを止めたカーズのところに行って貰えたらなぁとは考えてたんですが、 触れているか手を繋いでないといけないという制約と酸素が障害で無理かなぁと思ったんです。さすがにずっと手を繋いでるのはやりにくいし、絵面的にも辛い。 じゃあ設定変えればいいやと開き直ったのが本編書き終わった後でした。

結局、主人公は帰れない様な、いかんともしがたい状態でお終いとなりましたが、 その謎の信頼のせいで、多分その後も何だかんだ楽しみを見つけて暮らしていくんだろうなぁって感じがあります。 (ページがわずかな手帳もカーズにレクチャーされながら紙から新しく作り始めたりとか。未起隆君に回収されても良い) スタンド能力もさることながら気質自体がイグイにとって、とても羨ましい子です。

×死を待つくらいしか能のない年寄り
○カリスマ吸血鬼を倒しに行き、飛行機を何機か墜落させる程度のおじいちゃん