停車していた清涼水を運搬しているトラックを拝借。
品も下ろすことになるので金の塊を少し多めに運転手に渡しておく。
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スペイン入り。
雪にはそうとう苦労させられたのでやはり進路を海まで行かなくとも南側に取ることにした。
少し南に下がるだけでも気温はぐんと上昇し、雪もなく空はくっきりと青色をしている。
海の近くや人の集まる街や観光地を避けるだけでもそれなりに進める。
その代わり、斥候と独自に食糧調達を行うようになった。
町の近くになったら車を停車させバイクを出し、私だけその町へと行って道の状況と食糧を手に入れ車へと戻ってくる。
この方法で難航していた四輪での移動をスムーズにした。移動にかかる時間は夜の世界だった時の比ではなく遅いが、
それでも越えようとした雪の山よりか全然速い。私も青空の下をバイクでかっ飛ばすは爽快だったし、
一人旅をしていた頃に戻ったような気がして懐かしかった。
しかし、車のなかで待たされるディオは多いに不満であるようだ。
……そりゃあ、一人で薄暗い四角い箱のなかに居て、
何時帰ってくるかもわからないバイクで楽しんでいる(否定はできない)私を待つのは癪だろう。
私も先の道を確認し、食糧を調達するという大義名分があるにしろ、声を大にして出発することができない。
バイクを取り出して荷台のカーテンを捲ろうと手を伸ばすと殺気でも込めるかのような視線を今でも背後から感じる。
一番初めにバイクの斥候について説明したとき、ディオはまず私が帰ってくるかどうかについてを疑った、のだろう。
山での諍いが尾を引いたのか、バイクに手をかけた私の腕を掴んで「突き当たった時に移動をすればいいことだろう」と、
身の危険を顧みずに譲歩しようとまでして私の監視を重視した。
かつて、止まった世界を我が物にせしめたスタンド能力を思うがままにし、
老いも死も、人間の力を超えた者となったはずが、何もかもを失ったも同義なのだ。
スタンドの制御を失い、陽の道を進み、吸血鬼の暴力は唯一脅せる相手の私には取りあえずは無意味。
ぴくぴくと目の下が痙攣してストレスの頂点というところで自らの矜持を押しとどめて、口で女一人に言うことを聞かせようとする。
残念なことに、美しいかんばせには服従よりもレンズを向けたいのが私という人間だった。
それでも何となく、絢爛たる名家の没落でも見ているような、何のいわれもないのに申し訳ない気分にさせた。
もうひとつの方法について考えた時期がある私が信用しろとは言えないだろうけれど、だ。
その時はカメラを人質に差し出した。
私のことをご存じだったならこのカメラがどれほど(暴走するバイクから飛び降りるくらい)重要かわかるはず。
幸いにしてカメラは受諾され無事に返還され、数回のうちに人質がなくても車を離れることに納得された。
しかし、出発の度にしくしく嫌味を言われている。
バルセロナ周辺を見てくると言い、地図を確認していてポツリと「サグラダファミリア」とか見つけて言おうものなら、
「ほう、その100年前からまだ建築中の観光名所に用事があると? 貴様が拘る車が通れる空いている道路と、貴様が食べる質素な食い物があると?」
答えて見やがれとばかりだ。「行かないよ」と弁明すればするほど、
「行けばいいじゃないか折角の機会だ。カメラで撮ってこいよ。一人でその鉄の塊を動かして」と、重箱の隅を突く。
ふと思う。お前は旅行で体調を悪くした私の彼女か何かなのか。
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私のスタンドの能力について。
一つ、確かめたいことがある。そう言ってディオが切り出したのは移動が終わって夕食も取り、
明日の経路を荷台に広げた寝袋に入りながら決めていた頃だ。(丁度その日はオリーブ畑の真ん中だった)
切り出しておもむろに近づいてきたと思うと、うつ伏せで地図を見ていた私の肩へと手を乗せる。
ふむ、と頷いて次に大きく振りかぶる。眼前で止まった拳から風圧が迸り、前髪を揺らす。
また、ディオは、ふむ、と頷いた。何なのか。びっくりして目を剥いていると「お前のスタンドが発動する条件はなんなのだろうと思ってな」と言う。
事前に何をするのか言って欲しいと言うと、「それでは意味がなくなるだろ」と言う。
「条件…というか、害から身を守るって能力だけど……」
目の前で豪速の拳が止まる体験をした私はまだ驚きに囚われたままそう言って続けた。
「ああ、しかし、“害”とはなんだ?一体どこまでの“害”に耐えられる?そういうことに興味が湧いたことはないのか」、という。
続けて、
体を害するという面で考えるとお前にガソリンをかけて炎をつけたらどうなる?炎から身を守れても窒息は?
頭上から数百メートルから例えばビル一つ落としたらどうなる?壁は耐えられるか?
逆に崖から転落したら?深海に沈めたら?毒はどうだ?内臓から溶かされたら?
体内から串刺しにされたら?鼻をつまんで破裂するまで空気を込めてやったらどうだ?
宇宙に放りだしてやったら?大気圏を超えられるかな?無事、超えたとして、その後は?
「失礼」
絶句していると、ふふんと久しぶりに機嫌よくディオは笑って「そんなことしないから安心しろよ」と言う。
思わず私は寝袋の上に座り直す。「私、逃げたほうがよさそうかな?」「……例え話だよ。…本当だ!すまなかった」
「……とりあえず、貴方とはキスしない」破裂して死ぬなんて嫌だった。
「言っているだろう。例え話だ。……私のザ・ワールド……スタンドは本当に優秀だったと自負している。
今でこそ、そのスタンド能力失わせるための旅をしているわけだが、時間を止める能力は、頂点にもっとも近いと今でも思っているさ。
そして、その能力を無効化した君のスタンドに興味がある。そのスタンド能力が一体どこまでの害に有効なのか知りたいと思って当然だろう?」
「ただの嫌がらせじゃない?」
大分、ストレスが溜まっているようだったし。半分はそうだったと今でも疑わない。
「で、どうなんだ?」
「どうなんだと言われても」
「……別段、触れないというわけではない。
皮膚に当たる感触に違和感もない。ただ、それを破壊しようという意思を持って攻撃すると攻撃が当たる前に壁のようなものが発生する。
しかし、その攻撃で発生した人体に無害な余波はその壁を通過しているようだ」
私の意見を聞くことが無駄だと悟ったらしく、自分の考察を言い始めた。
確かに、拳は止まっても風は前髪を揺らした。
というかそれよりもあの拳は位置からして顔を破壊しようという意思を籠めて放たれたものだったことに、
私はディオの人間性に嫌悪感を感じる。問題だったのはこの後。
「なら、どうだろうな」
続いてそう言いながら私の首をディオは手を滑らせるように自然と掴んだ。戸惑いで瞬きを繰り返した。
ディオは触れていた。私の皮膚に。
スタンドが発動していないのかと驚愕の表情で掴んでいる腕と思案顔をにやりと歪ませた吸血鬼を見た。
「例えば、段々と、破壊の意思を込めてみれば」
筋肉が収縮していくのがわかる。ディオ!止めさせようとする。
閉まっていく掌を掴もうとしてやっと気づいた。両手は膝の上でもう片方の手によって一つにまとめられている。また、皮膚に触れていた。
もう一度名前を叫ぼうすると、はっ、と息を吐いてディオは離れて行った。
「駄目か」
破壊の意思を少しでも込めた瞬間、皮膚から押し上げるように透明な壁ができたという。
「壊す気が」
「これは実験だ。本当じゃあない」
それにしたって、その意思は本物だった。
「もし、できたとしても壊す前に止める」
思うことは多々あったが、「意思でスタンドが反応したんだろうか」そう首を撫でながら尋ねた。
「そうとも限らないだろう。壊すという意思のない物だって守られることがある」
第一、ザ・ワールドの時間停止はお前とは直接関係無いことのために発動した。それなのにお前はその力から守られ、今動いているのだから。
それを聞いて、今まで考えたことのなかった自分の力について不思議に思った。
いや、もともと不思議には思っていたけれど、そういうものだとしか考えてなかったのだから、
ディオに言語化され首を傾げたくなる事実に気付いたというべきか。
「スタンドは生まれつきのものか……?」
生まれ持ったものだった。
この私の影のような存在を知らない記憶は存在しない。
「他に、守られた、無事、という経験で何かないか?」
そこで思いついた経験は、ディオの話に出てきた毒だった。
「お腹を壊したことがない」
国によって様々な料理、様々な水を飲んできたけれど、一度だって下したことがなかった。
育った国のほとんどが硬水の国だったからとか、体が丈夫だったから、と思っていたけれど。
「そうだ、あと小さい頃を除いて病気になったことがない」
「小さい頃とは?」
「熱を出しやすい赤ん坊だったと聞いたことがあるくらい。今は頑丈ね、って」
「スタンド能力が目覚めたばかりで不安定だと高熱が出る場合があるらしいが……」
じゃあ、私は体内からもスタンドによって守られている?
なんてありがたいものだ。そう思っていると神妙にディオが切り出してきた。
「老化のメカニズムを知っているか?」
人間は取り込んだ酸素によって体を酸化してしまい細胞を傷つけ死に、絶えないために細胞分裂を繰り返す。
その細胞分裂の数は決まっていて、その数が費える時が寿命だと言った。
「もし、その細胞さえもスタンドが守っているのなら」
お前に寿命はあるのか?という。