ジェノヴァで一晩を過ごす。
港に停泊していたマンションのような豪華客船を見て「ここから船ででないのは何故だ」と無理を言う。
まさか、あんな船を動かせと言うつもりだろうか。せいぜい個人所有レベルの船で限界だ。
問いには、「慣れてないから、行けるところまでは陸路で行く」と答えた。
暗い港を出るのは素人には困難を極めるじゃないか。
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フランス入りを果たす。
空はほんの少し明るみを帯びてきたような気がする。いよいよを持ってして危険地帯に突入する。
再び海沿いの道を進み、スペインの国境まで余裕を持ってモンペリエにてバイクに変わる遮光の優れた乗り物を手に入れる予定。
ギリシャから始まったこの道中も残すところスペイン、ポルトガル、そこから海を渡って目的地であるアメリカ。
言葉でしてみればもう少しと言いたいところだが、ポルトガルから広がる北大西洋は、
直線距離で今までの道のりの三倍の距離とそれ以上の広さがある。加えて私は船の運転などしたことがない。
個人所有のできるクルーザーでも運転するには基本的には免許が必要だ。
だが、ニュージーランドなどは免許の取得を必要としていないところもあるのだそうで、自動車とそこまで変わらないという話も聞く。
なんとか我流でものにしよう。飛行機よりはまだマシだろう、と思う。
加えるに、海上の天候、高波等の航海の困難は気にしなくとも良さそうだ。
海岸を沿っての旅路は、満ち引きも波も無い静かで凍ったような海の姿をこの目に焼き付けている。
水平線の果て沖まで続く暗い闇。広い大西洋の中ほどまでいけばそれは真っ青な世界にかわるのだろう。
差しあたっては奪う船の設備がどれほどなのかが気になるところだ。
海を渡る日数、それに伴う燃料と食糧……ディオの日光対策等々。
帆を張って風の力で渡るヨットの大西洋横断の最速の記録は約11日だという。
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気恥ずかしい日。
通りがかりの映画祭で有名なカンヌ。オフシーズンなため人は閑散としているように見えた。
海上の黒い影、サントマルグリット島(鉄仮面の男が収監されていた島)を撮影した後、望みながら西へと進行する。
途中、道路と平行している線路に煌々と並ぶ窓から明りを漏らしている電車があり、横に見たらしいディオが
「ああいったものを動かすのは?」と言うので車を避けるのに夢中で後ろを振り向けない私は届くように「無ー理ー」と間延びした声で言った。
「スタンドの範囲がか?技術か?」と続けるので、感覚的なことだけどと前置きをして
「一車両だけならスタンド的には動かせる気がする。でも、技術的にどうやって動かすのかわからない」と言った。
船の不安が脳内を掠めた。すると、頭から覆いかぶさるようにして黒いヘルメットを被った(ヴェネツィアの前に手に入れていた)頭を前方の私のヘルメットへとぶつけた。
「なぁ、一つ思ったんだが」低い声だった。
「もしかして、飛行機のパイロットにお前を縛り付けるかして触れて動かし、そして飛行機をこのバイクの要領で飛ばせば直ぐなのではないか?」
それを聞いて、あー……と言葉を濁す。すかさず「……止めろ」と響く。
まぁ、聞いてよ、と、長い無駄な旅路に付き合わされたと、後ろで響くような気配を滲ませているディオに言う。
「さすがに飛行機なんて大きいものの機械を全て動かすのは無理だと思う」これも感覚的なものだ。
しかし、スタンドは精神の具現化なのだから、私が無理だと思うことは無理だろう、という確信がある。
間隔も置かず「セスナ」ヘソを曲げたらしい声がする。
「……小型なセスナくらいならパイロットと一緒に動かせると……思う」
やっぱり止めろ、とディオは言う。
「でもね、管制塔は止まってる。やって来たはいいけど着陸できる滑走路がなかったらどうする?」
「……開けた場所まで飛べばよかろうが」
(砂漠じゃあるまいにヨーロッパの上空からそんなところ見つけられるか?畑とか無理言うなよ)
「開けた場所まで飛べる燃料がないかもしれない。セスナは小型な分、重い燃料を詰め込めない。
一回の飛行距離は1000キロくらいが限度じゃなかったっけ?」
「落ちたところで死なん」
「(私達はそうかもね。……飛行機の落ちた場所にいる人のことは考えてないんだろうな……)
衝撃に対して無事でも落ちた場所に頑丈な日避けがあるとは思えない」
それに、運よく陸上を開けた場所があるところを見つけて繰り返し供給して飛べたとしても、
6千キロの距離がある大西洋はどうしたって越えられない。ヘリも同理由により1000キロ海上を行ったところで落ちる。
「その鉄道で時間の短縮は?」
「一両目を動かして進んでも前の時間の列車に詰まる。運が悪ければ衝突する。
詰まって、前の列車に乗り込んで出発して、また詰まってを繰り返して進んで行くんだったら、
バイクで進んできたほうが速いんじゃないかな」
パイロットや運転手、乗客を巻き込むのも悪いのだ、ということには口を噤んでおいた。善意に過敏に攻撃的なのだこの男。
WRYYYという唸り声がして肩甲骨の間に堅い感触。酷く弱ることがあるらしいと感づいて訊く。
陽の光について焦っているんだろうか、と考えるも違う。
「この鉄道はパリへ行くか」 行くんだろう。乗り継げば。首都だし。
ディオはルーヴル美術館へ行きたいのだととうとう白状した。
パリはここから北西700キロの位置にある。それから少々奇妙な問答が続いた。
「オルセー美術館」
「ガルニエ宮」
「凱旋門」
「エッフェル塔」
「ハッ、あれは最初できた時は不評で有名だった。ヴェルサイユ」
「100年経って今は立派なシンボルだ。ノートルダム」
「……ボルドー」
「マルシェ」
最後のはワインの名産地と特産品の並ぶ市場の名称だった。お互い私欲に走ったただの欲求である。
ああ、今思い出した。あとモンサン・ミシェルにも行きたいのだ。
私だって、どうせならオリエント急行に乗って優雅に行きたい。バイクにフォーマルなんて詰めてないけどね。
結局、道も方法も変えず海岸線を行く。そして、観光名物平行線の問答にここで何を思ったか、私は口を滑らせた。
「アメリカの後行くことにすればいいんじゃない」なんて、色々不条理なことを言ってしまう。
ん?と思った時には、後ろで返事があるものだから、いつまでたってもバイクを停められるタイミングを逃し続け、
整然としていない秒針に耳を澄ませて男が笑う声がする。
奥まった場所にあるビジネスホテル風の施設に宿泊。
もう今日はここまで。