大陸についてからは世界で巻き起こっている噂を知ることになった。
ヨーロッパでは金の足跡事件という車の窃盗事件とヨーロッパに帯状にして突如出現した金塊の話題で持ち切りだそうだ。
70年代のオカルトブームの再来とばかりに特番が組まれ、
アトランティスの伝説と共に海に渡った何者かについての討論がなされている。
その者は羽のついた金のサンダルを履いたヘルメスであるだとか、十年後に現れる恐怖の大魔王だという説が少数ある。
金が発見されたホテルや飲食店は「金の足御用達」「ヘルメスのお気に入り」という看板を掲げ初め、
私達が足を運んでないところでも「金があったぞ!」と、述べ数千店の金の足跡の店の帯が出来た。
そういうニュースに隠れて山中の地雷が人知れず爆発しただとか、アルバニアの道路が陥没したとか、
最後は海に消えた何者かに盗まれた船の持ち主がアメリカの上院議員であるだとか、
まじめにこの事件を解決しようとした警察官が全ての盗難が“同時”に起こっていることに頭を抱え、
世界規模の組織的に起こった事件だと発表し、ギャングが摘発されたりしているという。
私はフロリダに着いた。
神学生の少年ロベルト・プッチに会い、ディオの持ち物を彼に渡した。
彼はそれらを聖遺物のように厳かに震える指で受け取った。
ディオの死因とこの旅の目的を話し、プッチ少年は深くうつむいたままで居たので私は彼の傍へと行った。
私が言ったところでディオの親友だったという少年の慰めにならないだろうが、
それでも私のなかにある悲しみと彼のなかにある悲しみが同じものであるような気がして傍へと行きたかった。
そこから私は昏倒する。次に目を覚ますと私の額に手を当てている少年が言った。
「記憶を見せて貰った」
ぼんやりと見て、ああ、“返してくれる”のか、と思った。
「貴女は忘れてしまったと思ったようだけど、脳のなかに記憶は確かにあった。だから、教えようと思う。
貴女はアルコールの力を借りてこう言ったんだ。
「私が傷つく方法を教えてあげよう。私は私が必要だと認めた痛みを受ける。
だから、きっと貴方が言うように必要でない紫外線を反射することも可能なんだと思う。
けれど、これは私の心次第だ。だから、ディオ、ディオは悪い事をしちゃあいけないんだ。
私に幻滅されたら消えてしまう。
そうなったら貴方に触れていた私はその時貴方を嫌いになってても悲しむだろう」
そうして彼が言った。
「じゃあ、見えないようにしてやろう。大事にしまって置いて美しいものを沢山見せてやる。
美しいものを詰め込んだ部屋に置いてやろう。例えその外でどんなことが起こっていてもお前は知らない」
貴女は笑った。
「宝箱にしまわれた“楯”がなんの役に立つんだ」」
プッチは私が何もかもを失って忘れてしまうのを許さなかった。
額に、焼き付けるようにして言う。何度だって彼は言う。
「ディオは言ったぞ。「ああ、そうか」自分が言うことの矛盾に気付いた顔をして、興味深そうに君を見た。
彼は笑ったぞ。腕を伸ばして、君の頬に触れた。「役に立たなくてもしまっておこう」こう言って。
貴女はその後疲れて寝てしまった。安心したみたいに“ここはようやく安全なんだ”と体の力を抜いてだ。
貴女はそれを忘れるな。そんなのは許さない」
教会から出るとき、黒い本を持ったプッチが握らせたのはサークレットのハートだった。
貴方も何か持っているべきだと渡されて、それを手にして私は時間を完全に取り戻した世界に投げ出されたことになる。
全て終わってしまった。私はそう思って次に足を出すべき方向に悩んだ。
このままアメリカ大陸を渡って、太平洋を過ぎて、日本に渡って、中国、タイ、インド、地球を一周したっていい。
北へ向かってカナダに行こうが、メキシコ、ブラジル、アルゼンチン、南に向かってもいい。
鉛でも錫でもない心臓を握りしめて一人空港を目指した。
私の持ち物はこの小さな心臓とカメラ…そう言えばディオの写真を結局一枚も撮らなかった。
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空港について乗った飛行機はニューヨーク行きの飛行機で、
ニューヨークからポルトガル行きの飛行機に乗り換えることにした。
夜が来て、朝が来て、もう一度、金の足が通ったポルトガルの地を踏もうと思う。
その後もなんだがずるずると通った道を辿りそうな予感がする。その後が気になるのだ。
時間がなくなった世界を旅してきたなんて誰に言っても(プッチ以外)信じないだろう。
私の奇妙な旅はこの燃やすことを延期された手帳のなかと私の頭のなかにだけ記されている。
そして、やはり、一緒に生まれた自分のスタンドの名前は自分で決めようと思う。
ギリシャ神話の怪物、見たものを石へと変える恐ろしい目をもったメドゥーサの血は、
左から流れて左の瓶に入った方には人を殺す力があり、
逆に右に流れて右の瓶に入った方には死者を蘇生させる効果があるという。
そして、彼女が石化した者を治すには、彼女の涙を手に入れなければならない。
私のスタンドの名前はペルセウスの青銅の楯「イージス」。
私はこの手帳の最後を持って、女神の怒りに触れてしまった哀れなゴーゴンの魂の平穏を祈る。