エピローグ
最後と言ったが久しぶりにこの手帳を書くことにした。
記録を付けてから結局全ての道を辿って、辿り終わって、「リベルタンゴ」も聴き、
食べれなかったものを食べ、行けなかったところに行った。
そして、トルコ、サウジアラビア、紅海を渡り、エジプトまで来てしまった。
かつての吸血鬼の暴動の跡も呑み込んで、カイロの町は今日もどこの町も同じように人がぞろぞろと溢れている。
時折、静かなあの世界を懐かしむ後遺症に陥ることもあったが、人の親切と便利と音楽がリハビリによく効いた。
ヒッチハイクも動く人がいるから成り立つものだ。
今回、またこの奇怪手帳を開いたのは、また再び奇怪なできごとが起こったからだ。
周りを見渡すと全てが停止しているなんていうこともないが。
それでも、警戒してしまう。誰も、今起きた不思議な現象を気にしている風じゃないのが余計に不気味だ。
まさか立ったまま夢を見ていたんじゃあ、という気になってきたので、
覚えている内に書いて置く。
カイロの街に向けてカメラのレンズを向けている時だった。
荘厳でエキゾチックなドームと尖った屋根を見上げ、さあ、行こうかとしていたら、それが土煙を立てて崩れ落ちた。
貴重な文化遺産が壊れるのを目の当たりにして動けずにいると、太陽が落ち、上り、朝と夜が混じり始めた。
私はまた自分が停止しようとしているんじゃないかと思って、目を見開いて世界の変わりようを見ていた。
ディオを探した。まさか再び海の底から蘇るんじゃないかと思って。
ホラー映画ってほら、売れたらわりと次もそういう風に始まるものだから彼もそうなんでないかと思って。
けれど、そうじゃない。ほかに周りにいた人々も混乱していて、来ていた衣服が急激に朽ちていき、裸になりつつあった。
私は一人衣服に包まったままだった。いつの間にかイージスが私を抱え込んでいた。
我慢していた瞬きも限界になり一回、すると、そこは真っ暗な空間になり、生き物だけが塵のように浮かんでいた。
私は衝動的にファインダーも見ずにシャッターを切った。そして、もう一回、瞬きをした。
すると、目の前に崩れたはずの建物があった。それ以上瞬きをしても景色はもう変わらなかった。
私は地面の上に居て、何も変わらない人ごみのなかで、ポカン、と口を開けていた。
「い、今、なにか変なことが起こりませんでしたか?」と道行く人を捕まえても皆気の毒そうに見るばかりだ。
一体さっきのはなんだったのか?
白昼夢ではないと思う。昼近くなり、モスクに入ろうとすると、祈りを捧げている信者が沢山いた。
集合礼拝?と思ったが今日は金曜ではないはずだ。何だか狐に抓まれたような違和感を感じて首の後ろを撫でて外に出た。
とりあえず、今のところこれ以上変なことは起きていない。
兎に角、今は、今日の分の食い口をどうにかしようと思う。
また、なにかあったらこの手帳に記録を取ろうと思う。
願わくばこの手帳が二冊目に突入しないことを願う。
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広場に喝采をあびる人間がいた。
立っている女にナイフを投げつけるとそれは紙一重に女の皮膚のぎりぎり外に刺さるという芸だ。
ナイフを投げるローブを着た男は喝采を受けるがぎこちない。街頭に照らされているというのに顔を青くさせ脂汗を流しながら、一本一本ナイフを投げている。
逆に地元の人間ではない容姿をした女は冷静な目をしていた。
全てのナイフが投げ終わり、女がそこから動くと、人型に刺さった無数のナイフ。拍手が巻き起こり、集団はコインを投げる。
人がまばらになった後、男は深く息を吐き女に堅い笑みを浮かべながら報酬の金を手に入れて怪しげなローブを女に返すと去って行った。
ナイフを投げていた男はただの浮浪者でしかない。ナイフを操っていた。否、体に向かっていくナイフを弾いていたのはこの女の力だ。
普通の人間にはわからない。
“スタンド”
金を得て女は目的を果たしたらしく隅で売り出していた写真を集めて店じまいを始めた。
見たところ、攻撃を弾くバリアーのような力らしいが、その有効性はまだわからない。
だが、スタンドを持っているという事実こそが重要だ。
スタンド使い同士の“引力”。食糧よりも良いものが見つかったものだ。
「君は」
声をかけたところで凄い勢いで振り返った女はその目を驚愕に開いていた。
つい先日、逃げられた占い師のことが頭を過ると同時に我が因縁を思う。
何しろ、忌々しいことにこの“体”の影響を受けてジョースターの子孫達もスタンドを手に入れたというのだから、
あちらの引力にすでに引っかかっている者、芸人を装いこのDIOの居場所を探りにきたジョースターの息の掛った者の可能性もある。
暫くお互いの出方を見る奇妙な沈黙が下りる。
何か可笑しい。女は口を押さえる。指の隙間から笑っていることが分かる。
泣きたいような笑いたいようなやっかいそうな奇妙な顔だ。
「写真、撮ってもいい?」
やがて女は言った。