ボロボロな船は波に揺られ、渦巻く潮の流れに抵抗して翻弄される落ち葉のようになんとか夜には島に引き返してきて、 こっそりと船を停泊させてバイクに乗り、森の中へと隠れた。 時間を取り戻した世界は騒がしく、人間がどういう予想外の行動を取るのか私には恐ろしかった。 吸血鬼の砂を持ち歩いていることも傍からみれば気味が悪いだろう。 その赤い布の中身はなんだい?と訊かれることが怖かった。 そうして、事前に買っていた食糧で食いつなぎながら、どうにか心を落ち着かせ、 そこから、どうしてスタンドが解除されてしまったのか、これからどうするのか、を長く考えることになった。
ずっとこの島に留まっているわけにはいかない。なるべく怪しまれずに出るためにはどうすればいいか。
荷物を捨て、単なる観光客のように皆が使うこの島の小さなプロペラ機の空港を使ってリスボンに戻ることが一番だった。

しかし、そうなるとバイクをどうにかしなくちゃいけない。 頼んで船に乗せて貰って運ぶ方法を何度も考えたが、 もうそろそろ港に停泊している現代のメアリーセレスト号のようなクルーザーを怪しまれているころだと思い、 まず、ここへどうやってバイクを運んできたか方法を問われることを思うと港に船を持つ人間に話をするのは不味いような気がした。

そもそもリスボンに戻ってどうするのだ。今更アメリカに行くのか、それとも前の旅の続きでもするのか。 とにかく、盗んだクルーザーのあるこの島からは脱出しなくちゃいけない、それだけは追い立てられるみたいに思っていた。

なるべく港から離れた場所でバイクを売った。
バイクで世界制覇するためにこの島に来て滞在していたが、 ここまで船で送ってくれて次も送ってくれると約束していたアメリカに居る身内に不幸があって、 今すぐリスボンに帰ってアメリカに向かいたい。けれど金がない。 なんでこんなバカなことをしてたんだと我に返ったのでバイクを売ってアメリカに行って、 故郷でまじめに親孝行しようと思う。そんなことを話してそれなりだが破格の値段で売ってしまった。
バカなことをしたというのは本当だったので演技をするまでもなく、自然と言葉と焦りはにじみ出たらしく、 今まで遠路を共にした愛車は島の若者に歓迎されて手元を離れていった。 「これで親の車を借りなくても好きに色んなところに行けるようになるよ。早く免許を取る。貴女も元気を出して」と、 黒く日焼けをしたその人は大事にしてくれると約束してくれた。

私はディオの灰の殆どを大西洋に撒いた。
灰を包んだひとかかえもある布を持って歩いて飛行機に乗るのは目立つ。 バイクを手放してから退廃的にでもなったのか、すっからかんになりつつあった私は目標を定めた。 アメリカに行って、神学生の少年のところに行く。ディオが残した物を行きずりの私が持っているのは変だ。 彼が行こうとした少年のもとへ、彼の骨を持っているという少年のところへ、 残りの灰と残っていた骨の欠片の入った小さい小瓶と本や小物、それから服やアクセサリー、全て届けてしまおう。 リスボンに戻ったらカメラから少年の写真を現像して、バイクから得た金で飛行機に乗って、早く、全部無くしてしまおう。 青い空に舞って海に消えていく灰は一瞬、なにかの形になったように見えたが直ぐに分からなくなってしまった。


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行き先が決まって、後悩むことは何故スタンドが解除されてしまったのかについてになってしまった。
プロペラ機が辿り着いたリスボンの空港からニューヨークへ、ニューヨークからフロリダへ、移動は迅速だった。 のろのろと個人で移動するのなんか目じゃないほど大量に人を乗せ、大量に一括に目的の場所まで移動させる。 飛行機の翼は一喜一憂したあの広い海を一瞬で越えて、アメリカ大陸まで18時間。 15日、360時間とみつくろった私の計画なんて吹き飛ばして滑走路に着陸した。
18時間の空の上で私は現像した少年の顔と場所の写真をポケットに入れて、スタンドについて考えていた。 デヴァオームと今でも慣れない名前に名付けられた私を守る私のスタンド。 人の形をしているのに寡黙な彼女(彼?)は今だって私を守っている、が、前よりもその守りが弱くなったように思う。 私が、「こんなこと望んでない!」と叫びつけてから彼女は少し弱くなった。今さらだが操作しやすくなったようだった。 何故、停止した時間のなかで動けていた私がある日急に動けなくなりほかのものと同じように停止してしまったのか、 いくつか仮説を私は作った。

ひとつ、ディオのスタンドの力がゆっくりと壁を侵食していて、あの瞬間決壊した。

ふたつ、時間と重力の関係によりディオのスタンドの力が強まった。
    (あの海上に重力の強くなる重力異常スポットがあると後で知った。)

みっつ、私があの停止した世界を許容してしまった。

許容した痛みを受ける私が、最初は恐怖して嫌がっていたあの全てが停止した世界を愛し、受け入れたことで、 スタンドは私の壁を取っ払って、私も停止したんではないか。
みっつ目を思った時、私はスタンドに叫んだ。あんな所で停止したら元も子もないじゃない。 けれど、スタンドは私の精神の像だ。私が、時間が停止した世界を美しいと思ったからいけなかった。 私が、また時間を停止させて旅行に行こうかなんて、海を渡れる希望だなんて思わなければ良かった。 神様が用意してくれた壁のなかでずっと怯えていれば良かった。そうすれば全てを失わずにすんだ。 ディオは壁を破壊してやろうと言った。その通りになってしまったじゃないか。 けれど、私は愛では死ななかった。愛で死んだのは貴方の方だ。