嘘だと言ってくれ。

昨日の夜の記憶が無い。頭がガンガンする。
いい考えがある。お互い大人なのだから昨日のことは“無かった”ものとすることにするんだ。

とりあえずまだ寝ていたディオに書置きだけして出てきた。バイクは表の駐車場に置いてきてある。 食料を調達する市場と船の燃料を購入できるところを探すつもりだ。とりあえず場所だけでも調べておいて積みいれはまた後でやればいい。 今まで愛車の関係で殆ど陸路で行ける場所を巡ってきたので小さな島に来たことはあまり無く、 暮らしや風土に興味があるので少し廻ってみようと思う。しかし、パッと見ただけでも平地の少ない島だ。 火山の噴火で盛り上がった地形は、頂上の凹んだ丘だか山だかが沢山あり、緑に覆われたそれが全てかつての火口なのだ。

しかし、いくらなんでも昨日は飲みすぎた。
目が覚めて顔を顰めるほど周囲が酒の匂いがして、購入したワインの瓶以外にもビールの缶がひっ潰れて転がっていた。 なんだかボンヤリと思うに、まだまだ飲むぞ、という話になって酔いながらも金の節約にビールにしようとか言ったような。 飲むのを止めるという選択肢を今ならとるだろうに、なんでそこまで飲もうとしたのか、そこんところは都合よく記憶にはない。 それから、……何か、余計なことを言ったような気がする。何かが頭のところに引っかかって、まどろっこしく見え隠れしている。 ……恐ろしいが覚悟を決めて昨日の記憶を一つ一つ順番に呼び覚ましてみよう。

まずは、普通に心地良い酔いのなかで移動してきたディオと部屋のなかでこれからの進路について話し合っていた、んだと思う。 海を越え、大陸についたら、広大なアメリカについたら何処へ向かうか。 入港はニューヨークを希望しているが、広大な海を行き、燃料にきりきり神経を払って行けば 眼前に広がる広大な大地に突き当たった時点で、ニューヨークでなくとも近くの港に入りたいのが本音だ。 そこからいつでもガソリンを手に入れられる陸路で移動すればいい。
なら、なぜ希望をニューヨークにしたかと言えば、あの有名な目印があるからだ。 もし、そこまでに紫外線を防ぐことができたならまたバイクで移動すれば素早く移動できるだろう。 そして、目指すのは南。フロリダ。ディオの言うスタンドをディスクとして取り出せるスタンド使いの神学生がいるところだ。 また、今度は反対側の海を臨みながらの移動になる。しかし、その人物の……そう、その人物がどこにいるのか。

居るだろうと予想される場所は教えて貰ったが、もし、そこに至っても紫外線を害と見なしきれていなかったら、 私は一人で顔も知れないその少年を探し出さなきゃいけない。そもそも、その場所に運良くいてくれる保証もないのだし。 そう言うと、ディオは、思い立って「カメラをよこせ」と言った。 きっと私は嫌な顔をしてたんだろう「壊すわけではない」と手をひらひらとさせた。 「なら、そのワインをひとまず置いて」と注文をつけて……そうだ。

ディオは“もう一つのスタンド”を発動した。

茨のようだった。私にカメラを持たせたまま掌から這うように出てきて植物が生えたように見える手でカメラに触れる。
するとシャッターが押されストロボが点滅する。 「今、場所と顔を撮影した」「どういうこと?」レンズの向いた方向を見て、 正しければそのカメラはピンボケした巨大なボトルと濃紺のカーテンを写しているはずだった。 「念写の能力、といえば分かるか?」いくつか疑問が湧いたがそれよりも先に「これポラロイドじゃないから現像しないと見れないよ」と言う。 「……不便なものを……」「おい、ライカだぞ、ドイツ製のだぞ」暫く瞬いて言うもんだからプシュッとビールの缶を開け……この時点でもうビールを購入していた…っけ…? 駄目だ記憶はあるがやはり酔っている。仕方がないのでアメリカの本土についたら独自に現像してみるか、ポラロイドを発見して貸して貰うことにしようということになった。 「念写って何でも写せるの? ピントとか構図とか露出とか設定できる?」ジャブ程度に会話を進めた。

「いいや、何でもというわけではない。肉親や、何か繋がりのあるものが優先されるな」
「あれ、その子って親戚にあたるの?」
「違う。だが、アイツは“骨”を持っている。このディオの骨をな……」
「……どうして骨を持つに至ったかとか、尋ねたいところなんだけれど、その前に」

どうして能力を二つ持っているのか。

「それが時間を停止するスタンドだったとしたら、そのスタンドを出せないと言ったのは貴方だし、
 時間停止の能力と念写の能力二つ持ってるっていうのはなんか……
 精神の像の具現のスタンドにしては能力がかけ離れているように思う。
 だとすると、貴方は二つのスタンドを持っていることになるんだと思うけど」

ぐいぐいとアルコールを摂取して言ってしまった感じを消し去ろうと努めた。 純粋に疑問だったからだが、余計なことに足を突っ込んだかな?と言ってから思った。 ディオのことだから、黙って俺に盲信していればいいのにっていうめんどくさい質問に類されたような。 ままよ、缶を一気に飲み干してしまった。頭がぼうっとして……なんだか微妙な表情をしたディオが居て、 「平気平気、酔っても「絡み酒とかはしないな」って前に教えて貰ったことがあるから」と言った。

何が平気なのか。今を持ってしてもう大丈夫ではないという判断ができる。
そういう判断をしたのかディオはその訳を話し始めた。

「これは私のスタンドではない」

ゴシックホラーのような顛末を聞いた。
ジギルとハイドのような精神の予想も遥かに超えて、
二つのスタンド、それは二人の人間が本当に合わさった結果だったのだ。