挑んだ戦いは佳主馬有利で進められていた。

時間丁度、上空から飛び込むように落下してきたラブマシーンは床に土煙を立て、その煙を割きながら勢いを殺すことなく、 キングカズマへと腕を振りかぶった。カズマはそれをいなし、続いて繰り出される打撃を左右へと振り分け、 相手の動きをみるように最低限の動きで攻撃を打ち消していった。 その動きに焦れたのかラブマシーンは大きく踏み出して回転するように重い蹴りを喰らわせにかかる。 だが、カズマは見通して後ろへと下がった。ガードは十分に間に合った。 片や、大きく踏み出し、重い攻撃をしたラブマシーンは力の反動でバランスを崩している。 その隙をカズマは見逃さなかった。

次の瞬間、ラブマシーンは大きく後ろへとよろけ、視線を頭の左側へと向けた。 左右に炎のように揺らいでいた金の飾りが片方壊れて吹き飛んでいる。 くらった―――それが分かってから、複雑にフェイントをかけ。ラブマシーンはカズマに再び思い蹴りを放つ。 だが、カズマのほうが上手だ。着陸点を読み、再び後ろへと下がり、タイミングを合わせ、 飛びかかって着地した相手の体勢が整っていない一瞬に、強烈な蹴りを胴体へと喰らわせる。 これには、ひとたまりもなく後ろへと吹き飛んだラブマシーンは引きずる音を立てて地面へと倒れこんだ。

前回はラブマシーンが姿を変えてから、カズマは防戦一方だった。けれど、今回は違う。 まずはダウン。健二達は歓声に沸いた。だが、KOではない。ラブマシーンは直ぐに立ち上がって向かってきた。 先ほどよりも縦横無尽で激しい攻撃の連続。だが、喰らわない。カズマのほうが今はずっと速い。 何度めかの攻撃の蹴りをカズマは受け止め、捉える。そこから足に片腕を絡めた状態で、熊手で胸に衝撃を加え、 続いて肘による強打、相手が怯んだと同時に足を離し、飛び上がって回転しながらの側頭部への蹴り。 全て流れるように決まった。

「いける」

佳主馬は確信した。ちゃんと動きが見えているし、読めた。 この為に集めた機械の反応速度も申し分なく、佳主馬にちゃんと付いてきていた。 蹴りを決め、着地したカズマと比べ、ラブマシーンは先ほどよりもずっと立ちあがるのに時間が掛っていた。 だが、数々のアバターの集合体であるAIは、これだけくらわせてもまだKOをしない。屈んだ状態で不吉に首を鳴らし、 それにこちらもまだまだ余裕だという態度で挑発をしたカズマを見て、ラブマシーンは何を思ったのかステージから飛び上がる。


その後はまるでルール破りの場外乱闘になった。 本来ならあり得ない、アイコンやOZ内に参考として置かれた商品の3Dをラブマシーンはカズマに投げつけ、 自らが吸収した権限のアバターを操り、攻撃をしてくる。だが、それも作戦の許容範囲内。 操られたアバターによってビルとビルの間に閉じ込められたカズマがマンスケの協力によってそこから脱出し、 その後をラブマシーンは追いかけている。

「ポイントに誘い込んで!」

ケンジがカズマに叫んだ。 ケンジ等が見守るなか、二つの影は滑るように空中を飛んで行き、 OZに設けられている各アイコンのうち、口を開けていた石垣で作られた堅牢な門の中と吸い込まれていく。

「かかった!」

これが健二が考え出した策だった。 そこから門の裏で待っていたカズマだけが飛び出してきた瞬間を狙い、 OZで戦いを観戦していた東京にいる佐久間がOZの権限で扉を閉めて鍵を閉める。 用意していたプログラムをスーパーコンピューターで走らせメイン棟に堅牢な城を構築し、 最速でそこにアクセスできる通路を次々に閉じていく。ラブマシーンの脱出は間に合わず、閉じ込められた。 しかし、城の上のほうはまだ管理棟のまま、そこをラブマシーンが破壊する可能性がある。

間髪いれず、健二が連絡を取って指示を出す。

「頼彦さん達、出番です!」

連絡を受けて、陣内家から離れた場所にいる三兄弟達は動いた。 頼彦、克彦、邦彦、三人が協力してラブマシーンが閉じ込められたメイン塔へ水の姿をした負荷を上から流し込む。 三人がもともとゲームで作り出した連携技だった。負荷に接触したアバターは動きを封じられる。 しかも、行われる場所は、閉鎖され、外部に漏れない場所だ。 負荷は溜まり、それに接しているアバターは強制的にKOになる。 加えて、呼び出した場所はOMCのステージではなく、ラブマシーンの影響でバトルフィールドに塗り替えられたメイン棟。 戦いが終わっても削除しない限り、城はあり続け、そのなかにラブマシーンは捕え続けられる。 まさに、袋のねずみ。OZの中では戦いを見守っていたアバター達が歓声を上げて喜び、健二達も健闘を讃えあう。


しかし、不測の事態はまたしても起きてしまった。


***


「遊びだって?人間を滅ぼすことが遊びだって?」


佳主馬の危機迫った声が聞こえたのは栄の遺言を見つけた夏希がそれを持って部屋に飛び込んで直ぐだった。 遅れて栄の部屋から夏希を追いかけてきた万里子、理香、直美も続く。 庭には、万作と三兄弟、部屋にはそれを除いたほぼ全員が集結して、顔を青くしていた。

「そんな…嘘だろ」

そのなかで一人、途方に暮れたように佳主馬が呟いた。その横顔は恐怖の色を隠せていない。 夏希は強い不安に駆られた。まだなにか悪いことが起きるの? そう思いながら、佳主馬に代わって話し出した理一を見る。 すると理一は今まで見たことがない真剣な表情で、思わず封筒を持つ手に力がこもった。

「奴にとって、これはただのゲームだ。
 何らかの思想や恨みでやってることじゃない。
 
 米軍内でもかなり混乱しているようだ。実証実験のつもりが、
 こんな事態を招くとは想定していなかったんだろう」

―――実証実験。
その言葉は昨日の夜に聞いた。
体中の血が下がっていくような気がした。

「秒速7キロで落下する直径1メートルの再突入体は、
 隕石や弾道ミサイルそのものだ
 仮に原子炉を突き破り、核物質が広範囲にまき散らされた場合、
 ……被害は見当もつかない」

何を、言っているのかわからない。
けれど何か恐ろしいことを理一は言っていて、佳主馬の表情は焦りに満ちている。 夏希は耐えられずに、家族全員の顔を見た。後からやってきた人間は自分と変わない反応をしている。 しかし、佳主馬を筆頭に、健二も万介も、もとからこの部屋にいただろう人間は、 脂汗を額に浮かべて食い入るように理一の話を聞いていた。 動く人間は誰もいない。佳主馬の前の画面に映った吹き出しだけが、呟いた人間の数分、膨張し続けている。 「キングカズマ、あの怪物を倒して!!」 そう書かれた吹き出しの上に、カウントダウンしているワールドクロックがあった。 そこから繋がる線にはいつもの通りなら各国のニュースの一覧があるのに、今はそうじゃない。 工場のような施設を映している映像がくっついていた。

―――原子炉?
理一の言っていた言葉を思い返して信じたくないことが頭を掠めた。
「どうすれば…」という佳主馬の声にハッとして理一へと視線を戻す。

「4億1200、その中からGPS管制をつかさどるアカウントを取り戻すこと…2時間以内に」

「4億人分のOZアカウントなんて、取り戻せるわけがないだろ!」

確かな不穏の気配に耐えきれなくなって佳主馬は叫んでいたように見えた。 もし、―――今、夏希の頭のなかにあるような恐ろしい事が現実に起こっているのなら。 そんなこと信じたくない。でも、でも、もしも…。

「何が……起こっているの?それ、ゲームの中のことでしょ?ね、そうよね?」

佳主馬、と声を掛けたのは聖美だった。 怯えた表情で佳主馬に確かめる聖美の手は膨らんだお腹を守るように添えている。 そのお腹に、命がある。佳主馬の妹だ。

佳主馬は何も言わずにキーボードを引き寄せ、凄い勢いで画面に映った満身創痍な自身のアバターに指示を出し始めた。 サクマが止めるのも聞かず、佳主馬のアバターはがむしゃらに巨大な黒い人型に突っ込んでいった。 不気味な嘶き。黒い煙のようになった、人型の指先がカズマを襲い、画面から見えなくなる。 圧倒的だった。黒い煙だと思ったそれは一つ一つがアバターの集団で、それら全てが一人に群がって通り過ぎていく。 誰もが息を飲んで画面を見た。4億という数字を目の当たりにした。防いでも、戦っても、意味がない。 それでも、佳主馬の手元からキーボードの音が絶えることはなかった。


***


黒いアバターの集合体である人型が大きく口を開け、佳主馬のアバターを飲み込んでいく。 佳主馬はついにキーボードを叩く手を止めて、俯いてすすり泣き、畳に涙を零していた。 その隣で佳主馬の代わりに飲み込まれていく姿を健二は見続けた。

圧倒的だった。

4億人分のアバターが集まったラブマシーンの姿は健二たちが作った城よりもずっと大きい。 ラブマシーンを城へと負荷を与えた状態で閉じ込め後、 ほかの家族に注意を怠ったがために起きたスーパーコンピューターの熱暴走により城が崩れ、 すべてのアバターを操るラブマシーンが外に出てしまい、作戦は失敗してしまった。 けれど、この姿を見ると、スーパーコンピューターが熱暴走しなくとも、ちゃんと閉じ込められていただろうか、と、健二は思う。 上から負荷をかけるので、時間優先で城の上の方の強度は強化していなかった。 負荷のなかで、ラブマシーンが吸収していたアバターを全て解放したら、負荷の水を押し上げて…城は持ちこたえられたか。
―――甘かった。

その甘さがこの事態を招いた。 敵を退けた人工知能は、それ以上の敵対者を求めて、もっと膨大な被害の出る課題を人間に与える。 そして、ラブマシーンが今回用意した課題は、 2時間後、“あらわし”をGPS誘導で世界各国のどこかの核施設に落下させる、というもの。 カウントダウンは今でさえ、進み続けている。

「あと、何かできるとすれば…」

「侘助だけだ」

「帰ってくるわけ…ない、か」

最後に直美が沈んだ声で言った。 部屋のなかはやりきれない空気に満たされ、誰もが黙ってしまう。 そのなかで、健二は考えていた。あと二時間。あと二時間でできること。

「まだ、負けてない」

言い切るのには勇気が要った。 まだ、その方法は健二にはわからない。けれど、何かあるはずだ。何か。 そうでなければ、OZという世界はまた誰かを危険にさらして、誰かの命を奪うきっかけをつくり、

―――誰かに悲しい涙を流させる。

項垂れた佳主馬が小さく言う。

「負けたじゃん」

「負けてないよ」

「負けたんだよ!」

「だから、まだ負けてないですって」

まだ、答えはでない。だけど健二は考えられる。だから、負けじゃない。
負けじゃないなら、このAIを前に、諦めるわけにはいかない。


健二はOZの世界がどちらかといえば好きだ。 見知らぬ人が、見た目や言葉の壁にとらわれずに話ができる。 そのシステムはとても素晴らしいものに思えた。けれど、一度、明確な《敵》ができれば、匿名性も手伝って、 容赦ない罵詈と嘲笑が飛ぶ。画面の向こうに一個人がいることを忘れ、建前を失ったりする。 けれど、やっぱり好きだった。OZには問題も多く起こる。でも、人との繋がりを実感しやすい。 普段話ができない人でも匿名性が手伝って話ができる。 話ができれば意外にも気が合ってそれが現実へも影響を及ぼすかもしれない。 それがプライバシーに触れたり、犯罪になってしまうのはOZのシステムというより、個人の品性の問題だ。 そして、罵詈も嘲笑も匿名性に依存した人間の悪癖でしかない。 健二が好きなOZのシステムには何の関係もない。人間の欠点の落ち度でしかなかった。

この家族こともそうだった。
この家族もほかの人間と同じように仲違いだってするし、 この数日、健二に見せなかったいろんな面だってあるのだろうと分かっている。 けれど、断言できた。この家族は互いを思いあっている。そういうところを健二は好きだと思う。

「何かまだ手があるはずです。絶対に」

「なんだよ手って。数学とは違うんだよ」

「同じです。諦めたら解けない。答えは出ないままです」

栄に背中を押された昨晩、眠りにつく前に健二は「できる」と言われたそれを 信じきれたわけではないけれど、答えが出るまで考え続けた。

家族ってなんだろう――― 繋がりってなんだろう。

陣内家の人々の仲の良さは繋がりだろう。けれど、陣内家と侘助の仲たがいは断絶に見えた。 繋がりというのは切れてしまうもの?けれど過去にお金を持ち逃げした侘助は何故、わざわざこの家に帰ってきたのだろう。 何故、栄は先輩を頼むだなんて言うんだろう。 そして、今日、栄を思って泣いて、栄の為を思って行動する家族の姿を見て、ようやくわかった気がした。

―――人と人との間には底のほうに敷かれた繋がりが眠っているんだ。

それは時折巻きついて人を苦しくさせ、時折泣きたくなるほど嬉しくさせる。引っ張られて、暖められて、締められる。 自分がどこかに行きたいときに足を縛って行けなくしてきたり、反対に誰かの足を引っ張ってしまうこともある。 そう、“繋がり”は、良いことばかりじゃない。

かつて健二は、その悪いことばかりが目についていた。 一緒に居たと思ったら離別してしまったり、反発しあったり。他人を陥れたり。 繋がりがもともとなければ起きなかったことだから、と繋がり自体を疎んじた。けれど、そうではなかった。 人間と人間との繋がりというのは離別しようと反発しようと強かに繋がったままで切れない。ただ、見えづらくなるだけ。 その証拠に、皆、誰かを何らかの形で思っている。見えづらくなった繋がりは、その姿を、過去や思い出に変えているだけだ。 それに、出会う前にだって、未来や可能性という形で誰もが繋がっている。その繋がりを無くすことなんてできない。 それなら、在って無くならない“繋がり”を疎んじることほど無駄なことはないし、 それを絶えず意識して拝んでありがたがるものでもない。

“繋がり”は、あって当たり前のもの。

そして、その繋がりをどういうものへと変えていくのかはその人達の自由ということ。 簡単に恨みや嘲笑や悲しみとか良くないものへ変えて諦めてしまうこともあれば、 根気強く、お互いを大事にしようと心がけて、良いもの、暖かい大切なものへとしたりだとか、 多分、OZのシステムと同じに。そういうことなのだと思う。

そして、だからこそ、健二はラブマシーンという存在を見過ごすわけにはいかないと思った。

「何か、あるはず、」

ラブマシーンという存在は、その未来の繋がりを“死”という形で無理やり分断する存在。 そんな危険な存在を放って置くことを許してはいけない。

考える。今まで得た情報を健二は辿った。

AI。アカウントを吸収。それを使える。GPSの書き換え。 “あらわし”の誘導。その前に4億のアカウントを取り戻す。ゲーム好き。 その時、何かを決意した表情で部屋を出ていく夏希を横目に見て、そこの机の上に置かれたままの花札を見つける。

「あ」

三度目の正直はこれに決まった。





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あとがき


ちょっとずれている話です。
文字の意味は時代によって変わるものですが、 前に、「絆」という漢字は家畜を繋ぐという意味だと聞いてから、某戦国ゲームの徳川さんがなかなか怖い。 離れがたい人との絆って、それが大切というよりも、割と生々しい意味合いが本来だったのかなぁ、とも思ったり。 絆っていう文字が流行りだしたのってここ数年だったの思うのですが、何が始まりだったのか 私の一番古い記憶では、24時間テレビだったような。