おかしい。

彼女のなかで疑念は確信へと変化していった。屋根裏づたいに移動していき、 男の部屋とは正反対のところで、見つけた場所は、大きな実験室のような場所だった。 そこには白衣を着た研究員が指示を出し、白い粉――麻薬を作り出している。

男がいなくても正常に機能している。やはり、男は精製に携わる重要な人物ではないのだ。
情報が間違っていたのだろうか。マーモンの粘写のほうは正確だった。確かに、情報に載っていた要人の場所にたどりつけた。
だが、男に関する情報自体が間違っていたのなら、それは意味がない。

どうするか。

連絡をして、上に指示を仰ぐべきだろう。

彼女の脳裏に浮かんだのは彼女のすぐ上の上司ではなく、銀髪の彼のほうだった。
ボンゴレの仕入れた情報が間違っていたとすれば、それはとても重要なことだ。これは早急に上に伝えなければいけない。
善は急げだ。彼女は連絡が取れるところに向かうために踵をかえそうとした。しかし、ざわめきが彼女の足を止めた。

部屋に入ってきた一人の男が「ボンゴレだ!」と叫んだ。
それは波紋のように広がり、研究員は、急いで出来たばかりの粉をしまいだす。

ボンゴレ?

彼女は迅速に周りを見渡す。誰もいなければ、カメラもない。自分ではないのか?
しかし、ボンゴレが関与していることになぜか奴らが気づいたのは事実だ。
彼女が背中に汗を流し、刀を片手に戦闘態勢に入ろうとしたとき、遠くから爆音が聞えた。
恐らく目のギョロリとした男の部屋の方角だ。

本当になんなんだ?


「ボンゴレが網に掛かりやがった!予定通りに薬を隠せ!」
「はい!」

研究員の一人が床のタイルをはがし、そこに白い袋を投げ入れていく。その間にも不規則な爆発音が続く。
彼女は混乱のなかで二つのことを理解した。 どうやら、自分は見つかっていない。ということと、

「(予定通りということは、罠なんだろうなぁ)」

ということ。

研究員達の動きに迷いはない。知らせに来た男も指示のみ下し、ニヤリという笑みを残して、部屋から退出し、
―――恐らく爆発を続ける場所へ駆けて行った。


残され、蚊帳の外であるボンゴレの彼女はその場で考える。



網にかかったボンゴレはいったい誰だ?





***





時刻は数十分前にさかのぼる。

なんの考えもなく現場へと突入したように見えたスクアーロだったが、実は、電話でも述べていたように、一つの考えがあった。
今回、彼女へと不本意にも、割り振られてしまったこの任務は、実は本来彼自身が受けるはずだったものであり、
この任務のために情報収集を指示していたのも彼だ。

そして、この任務に関する違和感を感じ取ったのも、彼女よりも、彼のほうが先だった。



まず、感じたのは、“なぜ弱小マフィア、コントルノが、ボンゴレの土地で麻薬を売買したのか”というところだ。
本部は「気づかれないと思ったのだろう、」と片付けたが、彼にはそうは思えない。
単なる驕りや愚かさが、そんな馬鹿のような行動に移させたにしては可笑しい。
それをするには、“ボンゴレ”の名前は大きすぎるのだ。


彼は考える。麻薬の売買自体は小規模でまるで細い糸のように小さく、途切れることなく行われていたらしい。
実際、情報は、ほんのわずかに流れてきた噂を聞いた部下が、薬のバイヤーを締め上げてやっと自体を理解したくらいだ。
出てきたそのマフィアの名前から、そのファミリーを洗ってみたところ、その小さい全貌が明らかになった。



弱小敵対マフィアが自らの小さな島を離れて、大きなボンゴレの土地で、薬をほんの少し、売買する。その理由はなんだ。



スクアーロはそれがとてもきな臭いような気がしてならなかった。

だから、もう少し情報を集めて行動に移そうと思っていたのだが…




この事態である。


(あの二人、帰ったら掻っ捌く!)
やっかいそうだと思っていた任務に、よりによって彼女を巻き込む形に彼は顔が引きつった。


しかし、彼女には悪いが、彼はそれを利用することにした。いくら耳で聞くよりも目でみたほうがわかりやすい。
そういえば、そんなことわざが彼女の故郷、日本にあるらしいが。





そして、彼は、目的地へと侵入し、身を隠した。
彼は、今回のターゲットのもとに辿りつき、彼は彼女と同じように疑問を確信へと変えたのだ。


これは罠だ。


しかし、気づいたときには、彼は罠のなかだった。

この前がラッキーな日なら、今日は厄日だ。



両手を広げた薄汚れた男はスクアーロの背後から、彼に笑いかけた。

「いらっしゃい、ボンゴレの使者さん。」




***



「ずいぶんな歓迎じゃねぇか。」

「そりゃあ、名高いボンゴレの使者を招く側としましてはコレくらいしなくちゃぁな。ウチは小さいから、まったくひと苦労でよ。」



男の周りには、武装した人、人、人。彼の前方には、いつのまにやら拳銃を構えた集団が。彼の背後にはガトリング砲を構えた者が。
どこから、こんなにもわらわらと集まってきたのか不思議なくらいの人数が彼の心臓に標準を合わせていた。
それでも、彼は首を伸ばし、背を伸ばすように一回上を向き、続けて男に笑ってみせる。


「う゛お゛ぉい!俺がいつボンゴレだと名乗ったぁ?ただの通りすがりだぜぇ?」

「馬鹿いうなよ!今、忍び込んでくる組織といったら、ボンゴレでしかありえねぇ。」


この集団のリーダー格であるだろう男は、片手に拳銃を構えつつ、残虐に笑う。
その言葉ははったりではないらしい。この男にはなんらかの確証があるようだ。
彼は問う。

「どういうこどだぁ?」

「知るか。馬鹿な二枚貝は網のなかで穴だらけになるのさ!」


男は足早にそう言って、手を挙げる。

それに合わせて周りの男の部下達は銃を構えだした。


「じゃあな!我が同胞の贄の二枚貝!」


ガチャリ、と金属の音が一斉に鳴り響き、彼は、男の手が下ると同時に、左手の剣を振り下ろした。

戦闘の始まりだった。



***



ギギギギャギャ!という嫌な音が当たりに鳴り響き、そこに銃の発砲音が加わって、
辺りは煙と硝煙の匂いに包まれ、真っ白く濁った。

雨のように降り注いだ銃弾と、一瞬の空白に、死んだ!と周りの男達は思っただろう。けれど、そんなはずがない。

彼は。

彼はボンゴレ独立暗殺部隊ヴァリアー、幹部の一人であり、


弱冠14才にして、剣帝と謳われた男を食らった、スペルビ・スクアーロである。


「おせぇ!」


白煙から飛び出し、再び銃を構えようとした男をそのまま真っ二つにして、彼は動きだす。
血しぶきの煙幕から、一瞬。やっと立ち直ったもの達が再び、銃器を構えだす。しかし、動き出した彼からしたら遅すぎる。

男を斬ったスクアーロはそのまま壁を蹴り、振り向きざまに剣を振るう。
刃から飛び出した火薬はガトリングに装填されていた薬莢も巻き込んで、凄まじい爆風を上げた。
さきほどとは違った黒い煙は辺りを飲み込み、男達は銃を撃つのをためらう。

「撃つな!このままじゃ、誰を撃っちまうかわからねぇ!」

そのためらいは、残虐な鮫からしたら、さえぎるもののない大海原でのんきに浮かんでいる獲物に等しい。
再びスクアーロは剣を振るう。小規模な爆発は黒い煙を吹き飛ばし、間抜けな顔の敵をさらけ出す。
鮫はその瞬間に、続けざま獲物を現れた順々に捌いて行った。


血と煙と、黒と銀色。彼の口元に笑みが浮かぶ。
やっと男達は自分達が何を相手にしていたのか理解した。


ダメだ。コイツはバケモノだ。


震えた声を漏らしながら、焦点の合わない目で銃を構える男達。
彼はふざけたように訊いてみる。

「どうしたぁ?撃たねぇと死んじまうぜぇ!」

情けない叫びを上げた男の銃からは見当違いな方向に銃弾が飛んでいく。その銃弾が壁に穿つまえに、男は半分に分かたれた。


「ひぃ!?」


また一人、また一人、と膝を折り、煙がすでに晴れたその場に崩れ落ちた。命乞いをした者も居た。しかし、傲慢な鮫は許さない。


「う゛お゛ぉい!!もっと骨のある奴はいねぇのか!!」


無駄なことを。この残虐な鮫を満足させるものなど、こんな小さな浅瀬にいるはずもない。


***


最後の一人が絶望で、部屋の隅で腰を抜かしたころ、彼は、心の中でつまらねぇ、と零した。
先ほどまで、まるで鮫の尾ひれのように舞っていた銀の長髪を右手で、掻き揚げて、左手の剣に纏わりつく血潮を振るって落とす。
そして、最後の一人。わざと食い残しておいた人間へと、歩みを進める。

「…ひぃっ」

あまりにも男が情けない声を上げたので、彼は顔をしかめた。
てめぇもマフィアの端くれなら、こんぐらいでへばるんじゃねぇよ。

まったく、男以外の人間を虐殺をしていった人間が言う台詞ではない。

「う゛お゛ぉい、話してもらおうか、」

贄がなんだって?
覗き込む鮫の目は冷酷だ。男はもつれる舌を噛みながら言った。

「しら、しらない、俺は、最近ここに!」
「……。」

男は壁に背中をつけて、それ以上下れないというのに、何度も滑りながら彼から離れようと繰り返す。
スクアーロは急激に面倒くさくなった。はぁあ゛、とため息をついて、男を殺すために剣を振り下ろそう、と左手を振りかぶった、が、

変更!

彼は、男の首ねっこを掴んで、自分の前にぶら下げ、振り返る。

そこにはボロボロになったドアを蹴破り、新手の敵が、彼に銃口を向けていた。
彼が振り返った次の瞬間、容赦なく発射される鉛球。それはすべて、彼にあたることはなく、彼が持った男に吸い込まれるようにあたる。 銃撃が止めばスクアーロは絶命した男を新手に放り投げ、その集団に斬りかかり始め――――――










―――――そして繰り返される爆音。それが彼女の耳にも届いていたのだ。


***






反対側で暴れまわる彼の騒音を聞く彼女は、一方で隠密を続けていた。
彼女はいったい、何が起こっているのか、掴めなかったが、とにかく、 何者かがこのコントルノのアジトの中を引っ掻き回していることは分かった。 そして、彼女は、まず、なによりも任務を優先させる判断を下していたのだ。


蜂の巣を突いたようになった建物内で、彼女は避難する研究員達を天井から、観察する。
そのなかで黒服に守られるように移動するその人物。先ほどの薬の精製していた部屋にいた人物の一人だ。


彼女は確信した。

あれが本物のターゲットだろう。



彼女は、まずアレを、と刀を抜く。



***



とにかく、目の前にいる人物を捌いて、捌いて、そして、殺していった。

彼は思う。
キリがない。


しかし、ここまできたら、もうあとに引くことはできないのだ。


それに引く気も無い。


***


もうそれは止まらない。動き出したのだ。

彼女は、窓のない頑丈な鉄の一室で、赤い液体を頬から拭いながら、立ち上がった。

任務は済んだ。

彼女は爆発音のする方向を見つめて、息を吸い込み、吐いた。

***

息を吐けば、熱が胸から喉に流れ出す。
彼は左手を振るって赤い液体を散らし、再び息を吸う。


止まらないなら、続ければいい。

***

そう、続ければいい。

ヴァリアーに弱者はいらない。失敗も許されない。
ここでボンゴレの介入を悟られたのならば、戻ってやり直す時間などありはしない。




―――ならば、続ければ良い。




銀の髪の彼も、事務員のような彼女も、その肩に輝くエンブレムを誇るのは一緒だ。



続ける。そして、



このファミリーを、今、現在、自分が――――――――――――   
















―――――――潰す。



二人は知らない。この時、二人は同じように笑っていたのだ。