はてさて、さまざまな事実があきらかとなった。
しかし、彼女の実力を知りもしない彼は今、彼女の向かった任務先へと移動中である。
ヴァリアーの本部を出て、車に乗り込み、走らせて数分したところで、スクアーロはやっと思った。

もし無事に彼女を連れて戻ってきても無事にすまないんじゃ?

今の彼の脳裏には恐ろしく高温で燃える炎があった。
その予想は奇しくもヴァリアー本部でスクアーロの無断退社をザンザスが知った時と同時であった。
凄まじい直感である。彼がボンゴレの血を受け継いでないことが不思議でならない。

そう思い立ったものの、車を止めることはしない。
無断退社がばれた今、今から帰ったところで丸焼きは決定のようなものだ。
彼は忘れることにした。頭を降るって、その恐ろしい炎を遠ざけた。



「(どうにでもなりやがれ!)」

スペルビ・スクアーロ、何故か車のなかでランナーズハイ気味だった。






***





間に今回の彼女の任務を説明して置こうと思う。

現在9代目が就任しているボンゴレは強大であり、穏健派な体制で動いている。 よって、自ら敵を増やすような真似はしない。
しかし、裏切られ、奪われ、貶されるとあれば話は違う。いくら穏健派と言おうともやはりマフィアである。

今回もそう。彼女が遂行している、単独暗殺任務の内容は、とあるマフィアの要人の暗殺任務となっている。
この要人とは、そのマフィアの力と財産の源、“麻薬”の精製をつかさどる人物だという。
そのマフィアは出来て新しいファミリーであるらしい、名前をコントルノファミリーという。
ちなみに彼も彼女もそれまで聞いたことがなかった。


ともかく、新しく弱いコントルノファミリーは愚かにも、 強大で大きな支配力のあるボンゴレファミリーの管理する土地でやってはいけないことをした。

それは――麻薬の売買。


ボンゴレは麻薬の類をよしとしていない。
人を自堕落にし、未来を奪うその薬は忌むべきものだとしているのだ。
それを許可(許可なんてだすはずもないが)もなく、ボンゴレの土地で配り、私腹を満たしたコントルノファミリー。
この愚かなファミリーはその後再三の事情説明にもまるで聞えないかのように応じなかった。そしてしずしずと売られていく麻薬。
浸すように広がっていくそれを危惧した上層部の会議の結果、ボンゴレ本部はこの小さなファミリーを潰すことを決定した。

麻薬の精製をつかさどる人物の暗殺は、この決定のさきがけだ。
この人物だけは絶対に確実に消しておかねばならない。ファミリーを潰す時のいざこざで逃げられては、
いつかどこかで再び、堕落の芥子の花が咲く。

決定を下したボンゴレの本部は、このさきがけの任務は“暗殺”の本領だという結論を出した。 9代目は苦々しい顔で笑った。
知っているのだ。こういうことを手がけることが専門の部隊のありか。

神の采配と謳われた彼の唯一の失敗ともいえる、追い詰めてしまった愛しい息子の居場所。

心中複雑だったろうボンゴレのボスは判を押した。
その書類はすぐさま暗殺部隊のボスのもとへと届けられ、振り分けられ、すこしのトラブルもありながら、
暗殺部隊に籍を置くのもとへと巡りついたのだ。


***


要人の特徴は、男。20代〜30代前半。色が白く、痩せている。頭髪はなく、水色の目がギョロリとしている。
は確かめる。覗いて見える人間は、まさにその男の特徴と合致していた。粘写というのは本当に便利なものらしい。

男は黒い革張りの椅子に腰をかけ、落ち着きなく、ぎょろりぎょろりとあたりを見回していた。は気味悪くなった。

なんだろうか、この落ち着きのなさ。

こちらの存在を感じ取っているという風ではない。息を潜める彼女はふと、思い立つ。もしかして、いや、恐らくあれは。
男はしばらくして、机から注射器を取り出し、自らの、―――骨と皮のような腕に突き立てた。彼女は顔をしかめた。

――やはり、あれは、禁断症状だ。

男の腕は、変色し、数々の注射の跡が、肌の上に凹凸として広がっていた。
やがて男は白目を向いてうわごとを言い出した。麻薬が効き始めたのだろう。

今を狙えば暗殺は簡単だ。男の頭上で彼女は刀を抜く準備をした…が、首をかしげた。
男は麻薬の精製を携わる人物らしいが、その人物自身が麻薬を?
魔力には贖えなかったというのだろうか。けれど、は考える。この男にはたして麻薬を精製などできるのか。
数年、もしくは数十年とやってきたのだろう、その注射のあとは、確実に男の頭の神経が死滅している事実を伝えてくる。
ただの麻薬中毒患者のようだ。そんな男に麻薬は作れるのか?

なにか変だ。

勘に促され、刀をしまい、彼女は静かにその場を去った。




***



一方、彼は、車から降り立ったあと、携帯を取り出した。
記号と数字によって登録された番号は彼の部下達の電話番号である。
そのなかから1つ選ぶと、スクアーロは携帯を耳に当てる。呼び出し音が5回ほど鳴り響く。遅い。


「は、ハイ!なんでしょうかスクアーロ隊長」

電話にでたのは、胃潰瘍持ちのあの男であった。

「う゛お゛ぉい!遅ぇぞ!」

「…はい、すみません。」

この電話に出る際の彼の心労は計り知れなかっただろう。このまま切ったら自分は細切れかな、と
電話の向こう側で彼女の上司は胃を押さえた。

「あ、それよりも、隊長、今どこにおられるのですか?まさか彼女の任務先へ!?」

「そのことで連絡だぁ、」

「…あの、・・・先ほどボスから呼び出しがありまして、あの………。早く戻ったほうがよろしいかと……。」

「・・・…。お前、ボスに伝えておけ。」

「どうやってですか!?」

わずかに口を引きつらせたスクアーロは男に無理難題を吹っかけた。
彼の頭のなかでは、一、二番にベルフェゴールとマーモンが悪く、次に電話の相手が彼女を陥れたことになっているため、
慈悲はなかった。これが彼の部下達の恐れる、彼の無茶振りの所以である。



「普通に口で伝えにいきやがれ!この任務には、きな臭いところあり、俺はそれを確かめるために現地の隊員と合流したってなぁ!」

スクアーロは、それが用件だ。とすばやく伝え、通話を切り、そして電源を落とした。
黒い画面から、ええぇええ!という悲鳴が聞えてきそうだ。彼は携帯をしまい、再び歩き出した、




悲痛な彼の部下の悲鳴に一切振り向かないで。