ナイフを受け止めたを見て、唖然としていたマーモンがふいに口を開いた。

「君は例の“かまいたち”?」


“かまいたち”


自分の攻撃をダーツ(お遊び)と言われたベルは、いきり立ち、再び倍に増やしたナイフを彼女に投げようとしたが、
さっきまで妙に寡黙だった赤ん坊のやっと喋った一言に興味を引かれ、その場でもてあますようにナイフを回して首をかしげた。


“かまいたち”


「“かまいたち”ってなんだっけ?」

どっかで聞いたことあるよーなー、と頭を軽く叩くベルはすくなくとも日本人じゃない。
その単語を聞いたことあるというだけヴァリアーの語学教育が充実していることが伺える。

その質問に答え、マーモンは話を続けた。


「かまいたちとは、ジャッポネーゼのモンスター。妖怪だ。」


曰く、つむじ風に乗って現れ、鎌のような両手で人間を斬りつける。鋭い傷を与えるが、はやすぎていつ斬られたのかわからない。


「妖怪のかまいたちで、僕が知っているのはこれくらい。



でも“人間のかまいたち”はそれに加えて、痛みもあたえないまま絶命させるっていうのがつくらしいけどね。」



「へぇ、“人間の”ねぇ」



彼女は苦笑いしながら付け足す。

「……かまいたちは、3兄弟で、長男が人を転ばせて、次男が切りつけ、三男が薬をぬる、っていう説もある変な妖怪ですけどね。」



だが、今回、マーモンが知りたかったのは、妖怪のかまいたちのほうではない。




「それで、君は“南ゲートのかまいたち”?」







***







あの頃、スクアーロ御乱心のうわさのほかに、ここ最近騒がしいヴァリアーで、まことしやかに囁かれる噂があった。


「南ゲートの奇跡を知ってるか」


その噂はその台詞から始まる。







一ヶ月ほど前のこと、あるマフィアの殲滅作戦が行われた。
その相手はとるに足らない弱小マフィアではあったが人数は多かった記録が残っている。 ヴァリアーの部隊は、
スクアーロの部隊とマーモンの部隊のものが出た。 今回の任務は相手マフィアのこともあって、 幹部は直接は参加しないことになっていた。


弱小マフィア、名前をアンティパストといい、特殊な建物をアジトにしており、東西南北にゲートがあり、逃走しやすいという注意があった。 そのことを踏まえ、今回の作戦は、4つあるゲートのうち、道路に面した北ゲートにの人数を裂き、 次に東、西に、そして逃げ道のない南に、少なく部隊を置き攻めることになった。
そして任務は開始されたのだが、そのあとすぐに、予想外なことがおこった。

攻撃を受け、巣を突かれた蜂のように飛び出してきた奴らは道路に面した北ではなく、ほとんどが南に出てきてしまったのだ。
あとで調べたところ、南に隠し通路があったようだ。


かくして、当初の予定と違って敵マフィアが、総出であつまってしまった南ゲート。
迎え撃つ部隊の人数も少なく、しかも運の悪いことにそこに居たのは皆新人ばかりという最悪の状態だった。


新米ヴァリアー隊員たちは絶望したのだ。こんな人数無理だ、と。


そう、彼らが運よく生き残れたとしても、任務は失敗。失敗したら命はない。
ヴァリアークォリティを掲げる彼らに明日がないことは明白だったのだ。


ここまでか。せっかく先鋭のヴァリアーになれたのに。


しかし、そこで、奇跡が起こった。


情報をつかんだほかの部隊が急いで南ゲートに移動をした10分間。そして到着してみた光景。結果は敵マフィアの全滅。
皆様様にして、点々と、深い切り傷を負い、地に伏していた。しかも味方はみな無事。





“かまいたちだ。”誰かが呟いた。





***










「けど、この噂に“かまいたち”本人の描写はあまりにもすくないんだ。しかも、そんな化物なのに最近はぜんぜん話を聞かない。
 本気をだしていないのか。それとも最初からいなかったのか。君はどう思う?」



ここに居た人間はヴァリアーの部隊と敵対マフィア。第三勢力の可能性もなくもない。けれど、それだったら、こちらの被害はゼロなのは出来すぎてる。 しかも、点々と死体が転がっていたということは、やったのは一人だろう。うちの部隊の人間ではないことは確かだ。
その後マーモンは確かめた。そして、残ったスクアーロの新人部隊のなかで、あのあとまったく任務にでてないのは彼女だけ。


ちょうど、ぴったりなんだ。


そう彼女に突きつけるマーモンを見ながら、ベルは呆れ半分、興味半分でことの成り行きを見守っていた。
自分達はスクアーロの囲っている女を見に来たのに、マーモンの奴、なんでそんな面白そうなこと黙ってたんだよ。
そう責めてやりたかったが、マーモンはきっと、「言われなかったし、くれなかっただろう?」とがめついサインを出されて、 言われそうだから、やめた。ついでに「最初から僕がスクアーロの女に興味あると思う?興味のあったのは将来有望株のほうだよ。」 と返されそうだ。廊下ではあんなに嬉々としてスクアーロをいじめてたくせに。マーモン。金のことにしか興味のない赤ん坊である。



「で、どうなの?」


黙っている。見ればどういえばいいのか迷っている風である。


「そうですね…」

「まあ、ほとんど予想の粋を脱していないけど、ね」

「あー・・・」


困った風に笑う彼女の姿に、すでにおあずけを食らわされているベルがイラついて、持っていたナイフを一気に投げた。
最初とは違って、大量に。コレでは手で受け止めることはできない。ナイフが残酷に煌く。

だが、彼女に当たる前にやっぱり全て弾かれる。彼女を囲むように、八方に飛んでいくナイフ。
今度は怒るどこか、ベルは笑った。

彼は思ったのだ、こいつも自分と同じ化物だ。いや、妖怪だっけ?






“つむじ風に乗って現れ、鎌のような両手で人間を斬りつける。鋭い傷を与えるが、はやすぎていつ斬られたのかわからない。”





全てのナイフを弾く、まるで風にみえたこれは、刃だ。



「…決まりだね。」
「うしし!」

幹部クラスの二人の目でもってしても、最後の最後、刀身を黒い鞘に収めたところしか見ることができなかった。
彼女の手には真っ黒な日本刀。



まさしくなるほど、

“かまいたち”



「私は“かまいたち”って名乗ってはいないので、多分ですよ。」

「けど、南ゲートで暴れたのは君だろう?」

「殲滅が命令でしたよね?間違ってませんよね?減給とか…は無いですよね?」

「なんだそれ、ウケるし」


今日もヴァリアーはいい塩梅であった。













あとがき



(リング戦のときにカマイタチがどうとかこうとかは今現在ベルはすっかり忘れてるってことでどうか。)