ここに、
このシリーズを「スクアーロさんのちょっといい話」にするならば、
確実にいらないと思われる文章であることを最初に提示しておきたい。
しかし、本当のことというのは人の視点によって、すべからくいろいろである。真実は一つではないのだ。
実は彼女は悩んでいた。
端的に言えばこうだ。
自分の上司が変だ。
彼女がそう気づいたのはすくなくとも、彼が怪しまれるかも、と思うよりずっと早かった。
まず、なんか妙に会う。
下っ端であるが幹部であるスクアーロに会う確立は相当低いはずだった。しかし会う。これでもかってくらい会う。
しかも、彼に出会うようになってから仕事が事務ばかりになった。
実のところ、「私が女だから、馬鹿にされてるんだろうか。」そう思ったこともあった。
ヴァリアーはやはり、力や体力が物をいう職業である。それ故女性の隊員というのは少ない、というか、
が知る分には自分のほかに居ない。だから、自分に割り振られた女の部下を偵察しに着ているんだろうか、と、まず疑ったし、
人知れず、「うわ、またか。」とか、心のなかで呟いたりもしていた。けれど彼女は日本人。
もともと、表情がわかりにくい造形をしているというのにも増して、学校やバイトで鍛えた鉄面皮もとい、鉄の笑顔は崩れなかったし、彼女も意地で、素晴らしい真心的対応で返すように勤めていた。
けど、彼女にも限界がある。
ちょっとまえに、外の難しい任務をこなしてきた彼に、やけどしそうなほど熱々なミルクティを入れてやったこともあった。
しかしそれもしょうがないのだ。彼女は事務ばかりの仕事に飽き飽きしていた。
しかも、目の前にはこの事務地獄の発端らしい男がいるのだ。ちょっとの仕返しくらいしてやりたくもなる。
そう、彼女に対する彼の義理返しはまったくといって報われていなかった。というかむしろ、恨まれていた。
彼は忘れているが、彼女は赤文字で「戦闘可」と言われた女である。いくら外見が事務員でも、
彼女の中身は彼と変わらない、暴れん坊将軍であった。
そして彼女は日々の空しさを噛み締めながら、事務の仕事を終わらせて、毎日、中庭で本を読んでいたのだ。
その本は、本屋でおまけにもらったシックで大人なブックカバーをはずせば、ちょくちょくその姿を目撃していた彼の予想からすれば、
ちょっと難しめな近代小説…ではなく、刀の写真がでかでかと載った「秘刀めぐり大全集」という写真集だった。
ちなみにタイトルは誤字ではなく、秘湯の、湯ではなく、刀。
そこには津々浦々の名刀やら、妖刀やらの、冷え冷えとした刃の写真と、その刀にかんするエピソードが、ちょこっと語られているのだ。
それは彼女の愛読書だった。彼女は「村正欲しいなぁ」と日本の時代の祖であり、次期ボンゴレ10代目の名前にも忌みそうな妖刀を欲しがりながら、
自分の相棒を撫でる。そう、実は彼女の相棒はいついかなるときも、彼女の腰にささっていたのだ。
真っ黒な鞘、真っ黒な鍔、これまた真っ黒な柄。
細身なそれは、どっからどうみても、“殺しの道具”日本刀だった。
勘違いしている男、スクアーロは実は気づいていたと、後に語っている。
彼の言い分信じるならば、これは弁明ではなく本当らしい。ただ、彼が言うには、そこにも壮大なエピソード(妄想)があり、
要約してみれば、その刀は代々親子で受け継がれ、臥せったの父親が、一人になる娘を心配して与えたものだとか…
お約束どおり。それはまったくもってフィクションだ。
正しくは、当時、学生だった彼女が近所の古道具屋「理沙衣来瑠ショップ」というなんともいえないお店で、
値切って値切って1万円で買った品物であるということだ。
彼はあくる日にこの事実を知って何日か凹んでいた。でも、彼女の目効きにはほめていた。
そして、話はあの頃へと繋がる。
いつものように中庭で本をひろげ、丁度、その本の付録、「日本刀が最大何人を連続して斬れるか」の折れ線グラフを見ていたころ、
背後に誰かが立った。振り向くかどうか迷って彼女はやめた。村正の折れ線グラフに彼女は夢中だったのだ。
そのページには、ゆるやかな丘にささった針のような線があった。ダントツの切れ味である。それに彼女は人知れず感動していた。
やっぱり欲しい。と、彼女はその刀を持って任務に向かう日を想像して、熱っぽい吐息を吐いた。
まったく物騒な彼女である。
そして、彼女は、この退屈な日々の突破口を見つけることになった。
それは、お話のなかでよくあるように、
ヒロインを助けるのは、いつだって王子と名のつく人物なのだ。
「ねぇ、お前」
「はい?」
そう、人によって真実はいろいろである。
そして、それは切り裂き王子にしても、強欲な赤ん坊にしても同じこと。
物語は、彼女がナイフを受け止めた、あの時になる。