さて、この話に必要な知識として、ヴァリアーの組織構成をあらかたにあげておこう。


ヴァリアーはマフィアであるボンゴレファミリーの現ボス、9代目の直属の暗殺部隊であり、その組織構成は、 まず、一番上にボス、ザンザスが君臨し、そして、その次席に6人の幹部がその名を連ねている。 その6人に大体の部下は割り振られ、それぞれの隊長に指示を仰ぐことで、組織は成り立っているのだ。

そしてその幹部6人のなかの一人であるスクアーロにも部下が居る。暗殺部隊という特殊な組織だからか、 バラエティに富み、使うには一癖も二癖もある連中だ。(でも、全員、隊長の無茶振りを恐れてあんまり関わってこない) そんななかでも上官から下官まで、上下関係はきっちりとしかれている。 そして一番下の末端も末端、事務員な戦闘員こと、は位置する。

を使う上官は小中大とあり、そしてその部隊の隊長であるスクアーロ、と言った具合だ。
しかし、スクアーロの手によって、本来の上下関係をすっとばし、スクアーロは彼女を使うはずだった自分の部下に圧力をかけた。

 を事務に宛がえ。』

その命令は、ヴァリアー全体のなかではまだ下のほうで、やっと昇進したばっかりな彼女の直属の上司にスクアーロから直接伝えられた。 行き成り呼び出され、他言無用、有無も言わせずにかけられた天からの圧力は、彼女の直属の上司の神経をどれほど削ったことだろう。


そして、彼女は暗殺部隊で信じられないほど平和な仕事を毎日することになったのだ。

彼は満足だ。なんせ、彼女は脅かされることなくそこにいて、自分は満たされるのだから。


しかし、自体は手元から転がり落ちて、地面でバウンドし、果てには屋根の上へと飛び跳ね、一回転して、彼を困惑させることになる。




事は動いたのである。



1ヶ月後、とある噂がヴァリアー内を駆け抜けた。それは、



「幹部のスペルビ・スクアーロは部下の女に現を抜かしている。」というものだった。


まるで暗殺部隊らしからぬ、言わば、「何組の誰々って何子のことが好きなんだって!」という、
次代ボンゴレボスの少年が通う中学校のような色づいた噂だった。


リング戦の後の休止期間を経て、活動を再開させた、ココ最近ヴァリアーはなにかと騒がしいようだ。





***






まず、彼はこの噂を聞いて、苛立った。

はっきり言ってしまえば、彼にそんな気はなかったのだ。

ただ、この身には、久方過ぎる人間味あふれた優しさに触れて、
それを返してやろうと、義理堅い思いで、今にも死にそうな彼女を実戦から遠ざけたにすぎない。
彼女にはこんな有象無象の集まる暗殺部隊に染まらずにそのまま生き延びるのがいい。そう思ったのだ。
あと私欲も少々。というか大分。


その噂を知って、彼は今日はグラスが当たっていないのに頭が痛くなる思いだった。
そして、スクアーロはこの煙ばかりの噂がそのまま、小火で終わることを願ったのだ。
一番天辺とその周辺の大火に届くないよう。しかし、願いもむなしく、小火はガソリンを見つけてしまったらしい。











それは珍しく本部にいた彼が廊下を歩いていたときのこと。


「女を囲ってるんだって?」

苦虫はとても苦いものだった。

いつかの王子が猫のような笑みで訊いてきた。そしてその隣には黒い頭巾を被った赤ん坊。

「なんのことだぁ?」

当事者でありながらいち早く噂を耳にしていたスクアーロは、すぐになんのことか検討がついただろう。
しかし、だからって本当のことを話してやる義理は彼にはないのだ。この二人(とくにベル)は刺激しないに限る。
勤めてなにもないように、スクアーロは目を逸らしながら声を抑えて言った。しかし、これがまずかった。
普段、無駄に声の大きいスクアーロが声を落とせば、それは“事”がないなんてことはないということは分かりやすい証拠になる。

目を隠した二人組みは、同時ににんやりとする。



「普通に、本当なんだね。」

「うっは、だせぇ!」


違ぇ!っていってんだろ!と叫べば、女は居るんだ。と返される。
しかたないのだスクアーロ。彼はヴァリアー幹部のいじられキャラである。



「何?美人?胸でかい?」

「情報によると、部下らしいね。」

「へえ!なんだっけ、あれ、あーセクハラ?」

「それもあるけど、ここはあえてパワハラじゃない?」

「うわー鮫、サイテー」

「ほどほどにしなよ、ヴァリアーの人間が職業相談に連絡したとか、そんな情報ながさないでね。」



「知るか!」


あんまりだ。彼はただ、お疲れ様、と言ってもらっているに過ぎない。パワハラはどっちだ、と彼は
彼、唯一のオアシスが汚されたような気がして、スクアーロは大股に二人を通り過ぎていく。髪で見えないが軽く涙目であった。





そして、これこそが、この話の変換点になった。









そんなイジラレキャラの姿を見て、悪魔の名前を冠した二人は、彼の背後で、えげつなく哂う。
その一人、マーモンはそのあと、巻かれた、パッと見ではトイレットペーパーのような特殊な紙を鼻へと近付けた。




そう、事は人知れず、動き出したのである。





***





それから、数日のこと。人の噂も75日、とはいうものの、あの噂も(彼の殺気という努力で)沈静化の一途を辿っているようだ。
それはまあ、予想の範囲内として、スクアーロにとって意外だったのは、廊下で突っかかってきたあの二人が、彼が絶えかねて撤退したあと、 何のアクションも起していないように見えることだ。 今まで、顔を合わさないようにスクアーロはがんばっていたのだが、いざ顔を合わせることがあっても、何も言われなかったのだ。

なんだか、拍子抜けだった。

しかし彼は、どこかで、よっしゃ!と思った。

そのまま、忘れちまえ、といろいろな、言葉を噛み潰しながら、いつもの書類処理を行った。



しかし、曲者揃いのヴァリアーの幹部が、そんな面白いことに何もしかけないわけがないのだ。




その時、



彼のするどい目は、その名前を捉えた。



―― 



その任務は現在進行中であり、その横に書かれた文字は、








単独暗殺任務 Aランク。






「う゛お゛ぉい!!」



彼は勢いに任せてその書類を握りつぶした。
とある王子と赤ん坊は遠く離れた場所で、その声にニヤリと笑う。






ああ、彼の平穏は長く続きはしなかった。