序幕

はい。そうでございました。
長い梅雨が終わり、すっかり夏めいて来た頃の話であります。 空がこう、はっとするほど青く、柔らかそうな雲が山の向こう側からもくもくと立ち込めて…。 私はそれを見ると今でも心が自然と踊りだしてしまうのです。 何しろ、あの頃は根も張れぬ終わりも見えない旅の最中でございましたから、 水にさえ気をつければ、凍えもしない、濡れた着物のまま歩くこともない、 運よく、縁日に遭遇すれば商売の大盛況の大賑わい、夏という季節は本当に気楽な季節でございました。
逆に言えば、冬の間は本当にしんどくて、鼻緒がきりきりと肌に閉まるほど寒くて、体が凍えてしまって、 数少ない道行く人の顔色も白く濁った冬の空を映したように伺い知れない取っつき難さで。 いつかこのまま知らない場所で私は置いてかれて雪に埋もれて死んでしまうんでないかと思ったりもしてみたものです。

それだから、春が訪れにほっとして、梅雨を終え、夏がくると、 なんの理由もないというのに、この先きっと良いことがあるに違いないと確信してその日も街道を歩んでいたのでございます。

―――あの人ですか?

あの人は、ほら、変わった方なので。
年がら年中あの姿のまま、冬の寒さも、夏の暑さも、何里の道も、あまり関係のないようでした。 それだから、着いて歩く私は大変です。 お里では達者な足だと持て囃されたものですが、けれどもあの頃は歳がようよう十と少し。 大人の足の半分の長さもありません。…そうですか?そんなことはありませんよ。本当に大変だったのです。

あの人を見失わないようにひたすら歩いて、歩いて、置いてかれて。 鼻緒が擦れて痛くて半泣きで鼻をすすりながら歩いてた時も、あの人は振り返ってもくれませんでした。 でも、ほら、幸い、恰好が派手なので。目立っている内に直ぐに追いついてやるんです。 酷い奴だ?けれど、ついていったのは私の我儘ですし、あの人は危険だからと思ったのか、 それとも、煩わしいと思ったのか、ついてくるのを止めさせようとしてました。そんな人が親切にしてくれるわけがありません。 私も、最初は一人が嫌だっただけなんです。あとは、意地ですね。一度ついて行こうと決めたら、もう、引き返すかと。 他の人にするものかと。妥協というのが嫌だったのだ、と今では思っております。 我の強いことです。子供の時分とは本当に良いもので。

旅の途中で良い奉公先を見つけても、あの人がその場所を立つ準備を察すると、 「そろそろみたいです。お世話になりました」と、それまでの賃金を貰って、頭を下げて、随分熱心でございました。

奉公先の人達は意地悪だったか?いえいえ、みんな親切にしてくれましたよ。
けれどね、優しくて、そして、みんな“普通”の人だったのです。 私は、一人が嫌で、嫌で、一人になるかもしれないという事も嫌だったのです。

あの人は、あの人はね、本当に変わっていましたから。それが許されるのではないか、と…。

…そろそろ話をもとに戻しますね。

あの時は、梅雨が終わり、あたりが夏めいて来た頃でございました。 あの人は背負った薬箱のなかでカチリと響いた音に気付いたようで、口端を上げると、近くの御屋敷へと入って行きます。 夏に浮足立っていた私は、笑った横顔に、自分の予感が外れたことを思い知りました。

あの人が呼びます。




「あい」


返事を返して見上げると、ツツっと、キツネのような目に瞳だけがこちらを向いて、問いかけるのです。
「お前はどうする?」私はしばし考えました。その時は前にも言った通りの夏の初めにございます。 梅雨の長雨の間はさすがにあの人の旅の足も滞り、長い滞在を終えた後で、旅の資金はその間の内職でたっぷりとありました。 ですから「行く」と、答えると、あの人はふいっと視線を御屋敷に戻して、

「まったく」

一言言って、それからあとは、何も言いません。
この頃は、私が諦め悪く彼を追いまわして随分と経った頃でございます。 私が諦めない代わりにあの人が諦めていたのでしょう。 そのまま進んでいく彼に着いていきながら、私は唾を飲み込み意を決めようとします。

ええ、そうです。知っていましたとも。
だって、あの人が背負った荷物のなかで、カチリと音が響けば、この先にいいことなんであるはずがありませんから。 せっかくの夏なのに。もう一度、見れば山に覆いかぶさるように低く白い綿雲が滞って、 空に白いやわらかい手をこまねいておりました。 そんな風景などお構いなく、彼はこの先恐ろしいことが待ち受けているお屋敷の敷居を越えて行きます。 追っていく私の心のなかは跳ねっ返りもたじたじな恐ろしい想像でいっぱいでありました。

行かねばいいのに?

…私もつくづくそう思います。
ここで彼と別れて街道で小遣い稼ぎに勤しみながら彼が用を終わらせるのを待つこともできましょう。 けれど、ご存知の通り。私はそうは出来ず、彼に続いて自分の荷をがたがたと鳴らしながら、 お屋敷の敷居を恐ろしさを振り切る勢いをつけて飛び越えました。


そして、これが、悲しくも恐ろしいあの有名な「化け猫騒動」の始まりにございます。




第一幕




広く豪勢な屋敷を構える坂井家の一人娘である真央の塩野家への腰入れが決まったのは苦肉の策だったのだという。

もともと、坂井家に男児は居らず、真央が嫁に行けば坂井家には子供すらいない。 跡取りがいなければ早急に家はお取り潰しとなるのは順当だっただろう。 しかし、それだけでなく、坂井家には重苦しい暗雲が立ち込めていた。 豪勢な屋敷の内装と相反して、その先は、まるで暗かったのである。


武家というのは、戦国の世から随分たって性質が変わり、今では大いに金の掛るものとなっていた。
見栄と体面というもののために金を惜しまず、豪勢に屋敷を飾り立てるのが当たり前であった。 しかし、太平の世となって戦が無くなり当然無用の長物となり下がりっている武家が それを継続するのにはほとほと苦労のいることだ。
大きな屋敷に、煌びやかな着物、恥のない食事、それらを維持する奉公人に支払う賃金。 膨らんだ立派な瓜がやがて皮が強張り中が空き、ぱりぱりと水分を失っていくように、武士の屋敷は萎びれていく。 それと比べて時の汁を吸うがごとく、財力を蓄え初め、めきめきと頭角を現している商人とはまさに時代の変わり目という様相。 あんなにも暴風雨の時代で力を誇示した武士は、腰をしっかりと据えた太陽の見守る晴天の日々に力を失い、 雄弁に蝶のようにあちらこちらと器用に金を使い飛び回る商人に舞台を盗られようとしている。 だが、それを認めたくない武士は、飯は食わねど楊枝を咥え、骨董を嗜なみ、屋敷の外を必死に磨く。 それらに金が足りなければ借金をしてでも、というのが、この時代の武士だった。

坂井家でも例外ではなく、加えて真央の父親である当主の伊顕のやりくりは旨くなく、借金は膨らみ続けた。
そして、ついに首が回らなくなったときに、この話は舞い込んできた。

美しく、若い、坂井家の娘、真央。

目を付けた塩野家はその膨大な借金を肩代わりする代わりに、その娘を貰うというのだ。 聞こえは良い話だ。もともと武家の婚姻は家のため。 その子供ともなれば、自分が契りを交わす相手は望み通りにはいかぬだろうとずっと続く血筋を受け継ぎ、 生まれながら分かっている。婚姻を交わすことで二つの家は強固になる。そして、実家を苦しめる借金もなくなる。
どうせ、借金がなくとも望み通りにいかないはずだったのだから、借金がなくなるというこの話は渡りに船。 そう思えばこそ、知らぬ相手にでも白無垢を纏って勇んでいけるというものだ。

しかし、そんな孝行な武家の娘の思いを陰らせんとするのは、借金を肩代わりする塩野の事情。
落ち目の武家の娘に懸想をした男児なら、娘も自分を好いているのならばと慰めにも美談にもなろう。 しかし、塩野の事情は如何に汲もうと真央を慰めてくれるものにはならない。 塩野の当主、真央の夫となる者は高齢だ。加えてあまり良い噂はなく、どうやら、離縁と婚姻を繰り返しているという。 一説によると、子を成せぬらしい。それでもなお若く美しい女を金を使って求める男。 それを知った真央には姿もわからないその男がどんなにおぞましい獣かと思ったことだったろう。

しかし、嫁に行く真央は一見、気丈な様子であった。
家の内情はそれなりに察していたのかもしれない。縁談の話を聞き、真央は潔く両親に頷いてみせた。

そうして、借金の肩代わりの為の輿入れは、その内情を孕みつつもとんとん拍子で進み、真央が家を出る日となった。 目に艶やかな羽織と白無垢を纏って、白粉を叩き、角隠しを被り、紅を引く、 守り刀を持って、胸元には塩野に向けた坂井家の文を。最後に言葉をかける両親にしずしずと真央は頷く。

その姿は、武家らしく、
整然とした腰入れの様だった。

―――あの鳴き声が屋敷に響くまでは。

不吉だ、と誰もが思ってしまった。
それは、鼠の死に物狂いで逃げ回る悲鳴であった。

悲鳴は、真央を迎えにきた外の輿へと一同歩みを進めているときのことだった。
鼠の悲鳴はあちこちで響き、誰もが思わず歩みを止めた。 その不気味な声のありかを探すと、人間の足元を縫うように、何十匹の鼠が駆け抜けていき、飛び出していく。 家のなかにいたすべての鼠が外にでたのではないかと思うほど、黒い波は人間の足の周りを通り過ぎ、 誰もが茫然と小さな後ろ姿を見守った。今は昼間であり、鼠は人目を凌ぐ獣のはずが異様なこと。
用人の勝山は「鼠は子孫繁栄の吉祥」だとその場を取り繕い、場を収めようとしたが、誰もが内心首をかしげた。 勝山も真にそう思ったわけではなかったろう。わざわざ声に出したのがそれを物語る。 ネズミは悲鳴を上げていた。まるで逃げ惑うようだった。
だが、腰入れする真央の手前、ただでさえ知らぬ男に嫁ぐのに不安を煽る余計な事を言うべきではない。 「そうね、そうだわ」勝山の言葉に頷いたはずの真央の母親である水江の声は震えていた。

その異様な雰囲気のなかで、先頭にいる真央は駆け抜けていった鼠を追いかけるように、無言で敷居から一歩足を進ませた。 輿が待っていた。塩谷の屋敷にいく輿が。 しかし、歩みだしたはずの足は履物の上で再び止まる。

群れが通り終わった後の道の上に蹲るものがいる。

泣き伏せるように、震え、陽の光のなか蜃気楼のように揺れる黒い塊。
先ほどのネズミの群れではない。ひと塊のとても大きな。―――人、だろうか? 可笑しなことに用人である勝山も笹岡も道の真ん中で蹲っているそれになんの反応もない。


あれはなんであろう。


黒い塊の後ろで悠然と振られる大きな同じく黒い穂がある。 初めて見た存在に真央は声も上げられず、じっと見つめて考える。 穂?いや、蛇か、いいやあれは尾だ。あれは蹲っているのではなく、四足だ。 尾をくねらせていた黒い塊の泣き伏せていた頭はいつ間にやら上がっていた。 ゆらりと赤い禍々しい湯気をまとわせて、真央を見る






真央が最期に見たのは、真っ黒い涙を流す大きく丸い黄色い目玉であった。





***




半刻後




は、訪れたお屋敷の一室で、体の前で緩くも解けぬように縛られた両腕と、腕をまとめている縄を見ながら、
痛くないのをいいことにぐねぐねと結び目を歪ませてみていた。

別に解けるかもとは思っていなかったが、ただ単に、手持ち草だったからだ。
それにも飽きると、手癖の悪さから、一度、と同じように縛られていたというのに、抜け出して、 当たり前のように屋敷内に札を張り、その途中で再び捕まった旅の同伴である薬売りを見た。

今ではその行動のお陰で、両手を後ろに回されてきつく縛られてしまっている。 しかし、それでも余裕を崩さない薬売りに対して、責め苦をして下手人として自白させようとしたのか、 要領を得ない用人との問答のすえ、キリキリと音が聞こえてくるほど縄を堅く詰められている。 それによっぽど痛そうに彼は呻いてみてはいるものの、見ている側からすると、 どこか上ずって空回りしている感覚が否めず、屋敷の者もそう思っているらしい。

その隣で、薬売りと共にいたということでついでにと縛られた子供のは、 大人しくしながら、やはりいいことなど起こらなかったと、事の展開を見守る。

と薬売りの近くには、当主伊顕の兄である伊國と用心が二人、若党と中間。 この部屋から襖の開けられた奥の間では、この家の泣き崩れる奥方とそれを慰める女中、そして現当主の伊顕、 それよりもっと奥、襖の閉まった向こう側には御隠居と共に白無垢を来た娘の亡骸が安置してあるらしい。 奥方は、腰入れの前に怪死を遂げたのだという娘のことが悲しくて仕方ないらしく、 娘を殺した下手人として疑われ、詰問されているこちらに見向きもせずに嘆いて泣いている。 だからと言って、もし、用人と同じくこちらを責められてもお角違いなことだ。
は未だに薬売りに対して問い詰めている坂井家の用心を見やる。 用心は怪死の原因を「毒」とした。だから、薬売りは怪しいんだと言う。 単なる言いがかりにすぎない。毒なんていつ仕込めというのだ。

まだ花嫁に息があった半刻前。一同が輿に向かっていた恐らくその時に薬売りはやってきて屋敷へと上がりこみ、 上がり込んだあとは家の奉公人と楽しく盛り上がっていた。 奉公人の加世と薬売りは隣り合って座り、薬売りが薬の効能を耳打ちすると加世はキャーと騒ぐ。 その時の内容を聞こえはしないがなんとなしに理解できるようなできないようなだったは、赤面するにもできるはずもなし、 内容を聞かせてくれとせがむわけにもいかず、話の輪に加わるのも気が引けて土間につったったままそこにいた。 二人の会話の行き来を左右に見合って、居心地悪く足の裏をすりつける。 旅に着いていくようになり、薬売りの営業ではままあることだと知っていたが許容は未だ無理そうだった。 人と話すには憚るものあるだろう内容だ。大人になればこんな事を口にして本当に面白くなるんだろうかと、 はしゃいで耳打ちをし返す加世とそれを受けて明朗な薬売りに、つい顔を顰めてしまう。

それから、暫くたって、お勝手に様子を見に来た奥女中のさとが現れ、仕事もしないで薬売りに油を売っていた加世はどやされ、 その勢いのさとに、同じくこちらも、と思えば、加世を追い出したさとまでもが 薬売りにひっかかってさっきと同じような話題をし始める。 自分はもしかしたら潔癖な性質なのかもしれない。
呆然と突っ立ったまま土間にいた にも最初、さとの礫が飛んできはしたが、 ただの飴売りの子供だと薬売りが言い、商品を紹介しだすと、あとはもう、さとは薬売りに夢中になった。 薬売りの売り込みの手腕が上手いといえば上手いのかもしれないが、薬売りをうっとりと見つめるさとは確かに女の顔だった。 この人も、加世も、今まで薬売りにひっかかって薬をたんまりと買ってくださったお客様方と変わらない。 道中、色形様々な綺麗な練り飴そっちのけで薬売りの売る苦い薬に群がるは、飴も綺麗なものも好きなはずの女人であった。 ―――ずるい男だ。薬売りの顔は商いには相当な武器である。

そうして、花嫁の末期を見てしまった奥方の叫び声が屋敷中に響き渡る少し前、 何かを感じ取ったらしい薬売りは花嫁が倒れた現場へと向かったのである。

だから、毒を仕込む時間などはなかったし、この間に花嫁が薬売りの物に触ってもいない。 証言なら、そちらの奥女中のさとと加世が知っているはず。 だが、さとは奥方を慰めるので忙しい素振りをしてこちらを向きもしない。 そもそも―――は自分の眉がぐっと狭まったのがわかった。 ―――そもそも、居合わせた場面を見れば「毒」なんて考えられないものだった。 倒れた花嫁の白無垢を赤く染め、背中から滲み出てきたものは血。 仰向けに倒れていたため詳しくはわからなかったが、後頭部か首か背あたりから出血したものに思われた。 あれは外傷だ。刀か、それに類するものの仕業。それを刀を持つ用心がわからないはずがない。 だから、用心の挙動は怪しい。それでも、用人が何故「毒」としたのか、理由はなんとなく思い当たった。

今度は眉を下げて忙しく は薬売りを心配して見る。
それはつまり、花嫁の怪死の理由をちょうどその場にいた余所者の「薬売り」にしてしまおうということなのだろう。 思い当たりもしたくないが、お武家様というものが、力が弱まった今でさえ強引なことがまかり通りやすいのは知っている。 花嫁の頓死。相手方への申し開き。それにはこ奴が下手人です。と、したほうが相手の家にも角が立たない。 それくらい、子供のにも分かる。 だから、とりあえず「毒かもしれぬ」と言い、薬売りを縛り上げ、その間に出血させた刃物でもなんでも探そうというのだ。

しかし、そういうやり方を御家を守るためだと侍は言うんだけれども、罪を擦り付けられた此方側は溜まったもんじゃないし、 本当に苦しい思いをした仏様には申し訳ないというものだろう。 これで借金の件はどうしたって御破算なのだし、武士の矜持など今さらどうしようもないのに。

―――薬売りが花嫁惨殺の罪で引っ立てられることにでもなったら、これから、どうしよう。

まさか、牢獄まで一緒にはいけまい。
がはらはらとしているその間にも、用心と若党は3人で薬売りの荷を改めながら、 中身を確かめるためにガサガサと薬の封を次々に開けいく。 なんの抵抗も見せず、荷を改められている薬売りの読めない横顔を見ながらは、だんだんと腹が立ってきた。 薬は本物だ。病気を治したり、それ以外の人と人との間を直したり滑らしたりくっつけたりする。 もちろんタダではない。調合してその人に合うように作ることもある。 それなのに、丁寧に分けてしまってあるそれを3人はぐちゃぐちゃにしてしまう。 憤りを感じて再度盗み見た薬売りの顔は、中身を必死に改めている者よりもよほど余裕がある。笑ってさえいる。
は身が締まる気がして、姿勢を正し、薬売りから目を離した。薬なんて眼中にない。という態度をしている。 畳から不穏な気配がゾクゾクと上がって来て、ぎゅう、と目を瞑って、そうだったと腹立だしさはどこかへと消沈した。 薬なんて取るに足らず、市中引き回しを命ずるお奉行よりも、よっぽど怖いモノがここにはいるのだった。


シュンと身を縮めて、ぐにぐにと手首に載った結び目を弄っていると、用心の一人が見とどめて、 の荷にも手を伸ばす。見つかるのは薬ばかりで業を煮やしてついにこちらまで権勢の手を伸ばしてきたのだ。 「よいな」と訊く言葉に、手を縛られてはどうしようもなく、頷いた。別に見つかって拙いものなどない。 袋のなかには、着替えや金子、箱の中には売り物である飴と風車、宣伝のでんでん太鼓、それから背負っていた番傘。
見ていた伊國がに聞く。

「飴売りか」

「あい、古今東西、名物の飴を売り歩いております」

「あの男と共にか」

「薬は苦いでございましょう? 口直しにと売るのです」

「なるほど」

隠しきれない不承不承の態度にも関わらず、 そこで、に関する詮索は早々に終わったようだった。 が子供というのもあるだろうが、それよりも、用心が興味があるのは怪しい身なりの薬売りらしい。 時を同じくして、薬箱の一番上から刀が見つかった。 鬼の首のごとく、それを見た若党の小田島が薬売りに問い詰める。


「この刀はなんだ!?なんで薬売りなんかが刀なんぞ持っている!?」


あたりは嗜好を凝らして作られただろう朱や金の装飾、翡翠や紅玉の如し玉で飾られた一尺ほどの刀と薬売りを見て息をのんだ。 刀には護符のようなものが張られ、柄頭には歯を見せた獣の頭があしらわれた奇妙な意匠、その鬣の先に鈴が付いている。
薬売りは言う。


「斬るため、ですよ」



小田島、中間の弥平らはその言葉にどよめく。
しかし、はその刀が人を斬るものではないと知っている。だから、薬売りの言い方に複雑な表情を浮かべた。 もっと諂って言うべき場面なような気がした。だが、そうなって薬売りが下手なことを言えば付け入れられて本業をする前に牢獄だ。 それだから物言い正しく、薬売りはわずかに微笑みを浮かべ、後に付け足して言う。





「物の怪をね」








化け猫







あとがき

ここまで書いて力尽きました。続きは未定です。
現実味の薄そうな生活しているキャラに生活感溢れる子を同行させたくなるのは書いた奴のもはや趣味。