人が言うには、自らが化け物だとか妖怪だとかあやかしの類に属するということはも存じ、自ら語っていた。
そして、そこには人外とされながらも人の特権である情事と似たようなものを孕んでいるということだった。

休日になり、足が向き珍しく昼間に森の入口に立つと、どこからかが現れ、陽に目を瞬かせて珍しげにこちらを眺めている姿を見て、自分もおそらく同じような顔をしているのだろうと宮田は思った。「珍しい」とお互い言い合ってからそのまま夜と同じ場所に行くのは気がそがれ、周りに人影がないのを確かめてから森をなぞるように歩き出すと、嬉しげにも歩き出した。

周りから見て、自分たち二人がどう見えるのかはやはり気になった。
が夜のように木と木の間で飛び回り始めるんではないかと、それを目撃されるかもしれないということも憂慮したが、 そもそも第三者がの姿を宮田と同じように認識するのかも分からなかった。 狸がついて回ってそれに話しているところを目撃されたりなんかしたら、病院を閉じなければならないな。 漠然と、宮田の家が無くなったら村はどうなるのかと考えたりもしたが、首がすり替わるだけだろうと間違いなく思った。 狂人のレッテルを張られた宮田が誰に始末されるのか。自分を殺しにくる影の住む家を探す連想ゲームに際限はなさそうだった。
医者の免許をとるには時間がかかるが、もうひとつは誰の手でもできる。それが上手くできるかどうかが問題なだけで。

しかし、幸い周りに人はおらず、宮田の考えを分かっているのか昼間のはしっかりと両足を地面につけて二本の足で少し後ろを歩いていた。 まるで、人間。宮田はそれが面白くて笑う。の口からは非常識な人外である自身の村へやってきた経緯のようなことを話し、それが後半にかかっていた。


「大変だったんだ。
 最初の住処を無くしてしまうと、どこにいこうとしても、
 もともと住んでいた山に似た場所にはやっぱりそこで生まれた奴がいる。

 本当ならなんとか頭を下げて住まうことはできるけれど、
 私は、頭を下げれる立場よりももっと下位だから、やっぱりそこを追われてね。
 そうして南下し続けて、ようやくここに来た。ここには私を追い出すような奴には会ってない」


振り返ってみると、眉を下げては森を見渡していた。
木漏れ日のかかったその表情は、穴の上に盛った地面が引っ込んだ時と同じような表情だった。

「けど、ここは水が毒だから、長くはいられないだろうなぁ」

「毒?」

前半の部分を要約すると、もともとはもっと北の土地の山奥に住んで登山をする者の声を真似て驚かせて遊んでいたが、 その山が人に開かれ、住処を追われたのだという。 そうして、見つけたこの村は、風土も土地も、頭を下げる相手もおらず、魅力的だった。
聞いていて、追われた境遇のには悪いが愉快に思った。
人に開かれていない山にはが住処に困るほどに人に知られず住まうものがいるのか。
なんだかそれはそれで賑やかで良いと思った。
出会った当初よりも、随分人らしく喋るようになったその口で、笑うような顔をして見せていた。


「そう、毒。話しても逃げない珍しい人間もいるのにねぇ」

「……その格というのは、初めに言っていたように人を食べると上がるのか」

こくん、と素直には頷く。

「人を食わないものよりも人を食うもののほうが昔から力が強いからね」

「ただし、その毒に身罷る?」

「うぐんん……人を食べるのと毒は関係ない。人を食べると汚れるって言うらしい。毒は別。ここは別。
 ここの水、毒、のようなものが混じってる」

ぎょっとした。
水の恩恵賜るのは何も人外だけではない。村の水源は一つしかないのだ。

「その毒は」

「私たちにとっての毒。宮田達にとってはどうなのかわからないよ。
 でも、昔からあったようだからきっと人には毒じゃないじゃないだろう、か?
 ……この毒のお陰でここにはなにも居なかったんだろうね」

住処を追われて、ようやく見つけたこの場所もずっといると毒が体に溜まって骨が融けるから、
毒が溜まりきる前に、人を食って頭を下げられる格になってから、どこかへまた行こうと思って。

「そうか」

思ったよりも冷たい響きを含んでいて言葉を飲み込もうにももう遅い。前へと向き直った。 戸惑ったようには瞼をちゃんと上下にパチパチと瞬きをしてうかがっているようだったが、 そのまま後ろを振り向くことなく病院へと戻った。そのためがどのタイミングでいなくなったかは知らなかった。 ただ、その日一日、たまに撫でていた無邪気そうに見える野良猫の甲斐性の無さを見せられたような気分に近かった。
しかし、の事情を知って以外にもそれなりな欲しがる理由はあったのだなぁと頭に留めて置くことにした。


まだあちらの家からの仕事の予定は入ってはこない。



***



!」

ざあざあと木の枝を掻き分ける音がするなかで高揚としたような気分で叫んでいた。



夜の闇のなかで明りをつけるのも億劫になるほど気が立っていた。
獣の目にでもなったかのようにいつもよりも鮮明に見える景色のなかで名前を呼び続ける。

早く来てくれ!

ざ、ざ、ざ、と近くの木々がざわめいて、止まる。
息を切らせて、来い!と叫ぶとポカンとした白い顔が葉の間からぬっと飛び出した。
戸惑ったように意外そうな顔で「宮田?」と呼び、ぼとりと降りてくる。

「どうしたの?」

尋ねられて奇妙な吐息をこぼしてから、
ああなんだこの人外は、一体いつから一人前に人を気遣うような真似しようなんてしだした。
思って酷く笑い捨ててやりたくなって急いで傍の地面を指差した。
パチパチと瞬きを繰り返していたの目がそれを認めて宮田は乾いた笑い声を絞り出した。

「三人目なの?」

尋ねられてそれは違う様な気がした。分類が違うんだよと教えてやりたくなった。 これは今までとは違う。けれどそんなことをコレに説明した所でちゃんと理解できるかわからなかったし、 理解されても困る。奥歯を噛みしめて無理やりするように笑うと、犬に威嚇でもされているかのようには肩をいからせる。
宮田はくったり力を抜いて跪いて懇願した。


「食べてくれ」


「……なんで?」

腹が立った。何故、今さらそんなことを聞くんだろう。
まさか人の感情なんて理解しようとでもしているんだろうか。
けれど、分かるのなら察してくれればいいのに。ふと、すれば喚き散らしそうな気がして宮田は地面を掻いた。

「見えなくしてくれ。無くしてくれ。どこかへ行くのなら持って行ってくれ。埋めるだけではこれは隠せない」

知らないものにして欲しかった。“彼女”の為に穴を掘るだけでは足らない隠しようもない冒涜が責める。
しかし、の返答は、呑気にも感じる見当違いなものだった。

「……ねぇ、宮田。なにか変なんだよ。生臭い水の匂いがする。何か今日は気持ち悪いんだ」

「そんなことは聞いてない!」

悲しい顔をして人外は宮田を見る。

「お前が言ったんだろ。欲しいのならこれをやる。やるからこれを食べたらもう二度と村にこないでくれ!」

墓穴なんて見たくない!

「宮田」

叫びきってぜいぜいと息を荒げていると、最初あった時のように声だけが耳元で慰めるように呼ばれる。
声を自由に操るが出した低く、不思議と甘いざらついた声だっだ。


「こっちにおいでよ」


ずっと言い出すことを待っていたかのように落ち着いた声。
宮田はおずおず頭を上げた。その先に、黒い、いつの間にか真っ黒に変わった手が差し出されている。
体は陰に沈み込んでいる。

「私達と同じにしてあげる。
 宮田はそのまんまだと苦しそうで可哀想。
 
 私は人じゃないから多分その人を食べても平気で無くしてしまえる。
 そうしたら私はどこかの山で生えることができる。
 でも、そうすると宮田はここでひとりぼっちで苦しみ続ける。
 ……その人、宮田の恋人だったんでしょう?もう、味方が居ないんだね。

 私が宮田の味方になるよ。味方がいない村なんか捨てて。一緒に居ようよ。

 こっちにおいで」

陰のなかに光る双眸があった。人影の背後に覆いかぶさるような広がる大きな影。

―――ああ、化けていた。人を食べる化け物の

「ここ危ない。さっきからチリチリしてる。骨が融けそう。
 感じないの?宮田。こっちに来て。早く!」

宮田はその姿を見ながら首を横にゆっくりと振っていた。今度は自然と口端が穏やかに上がった。 わかった。化け物は人を殺して食うのに罪悪感なんてない。ここまでだ、と、ようやく思えた。 ここが超えてはならないところ。墓をつくるのも、墓穴を見るのも嫌なのは宮田が罪悪を感じているからだ。 死骸の入った土を掘り返すのに嫌悪があるのもそうだ。 人殺しであれとされた宮田の家で育ってもまだ人であれた証明だった。

それを抱いて、宮田は火を見たかのように喚くに首を振った。

「化け物にはならない」

「……どうして?」

化け物にならなきゃ、人間のままだと苦しむよきっと。
弾かれたようには周囲を見渡し、無機質な声を上げた。

「ダメ、水ガ!宮田!早ク!」

でも、宮田は手を取らないで、死骸の傍で目を細めて微笑んでいた。

は駈け出して叫んだ。



「……なんで!?私はちゃんと食べる!
 食いもしない、殺されかかったわけでもなく、ただ命を殺す方が良いっていうの!?」



***



泣き声が聞こえた気がして、化け物の多くいた住宅地から眞魚川をさかのぼってきた。
途中の屍人は宇理炎で焼き尽くしてきたがまだ沢山いるように思う。
山肌に溜まった赤い水が反射して黒髪の少女を映す。

「美耶子これは?」

―――混ざってる。と、少女は言っている。

「混ざってる?」

―――この世界と向こうの世界に跨ってる。多分、狭間になってるんだと思う。
村を呪っていた神とはまた別の異なった力の存在が赤い水を吸い上げたせいで混ざって、
動けなくなってしまってる。

「じゃあ、ここから向こうに行けば出られるのかな」

―――……私達じゃ多分無理。

少女が水溜りの中で俯いてしまったので、少年は慌てて「約束だから」と言った。
その手には日本刀があり、背中に猟銃をも背負っている少年は頭上を見上げて自然と呟いていた。

「綺麗だなぁ」

―――そう?

「なんで?夜桜見物みたいじゃん」
まぁ、それにしては随分赤めな花だけれど。


―――恭也。

「うん、わかってるよ」



託された少年は化け物を殺しきる。




業の夜の話






死んでも化け物役はごめんな宮田。
主人公のモデルになった妖怪は、樹木の精霊の木霊とか、山彦、やまこ、さとり、など、山の物の怪ごちゃ混ぜです。 食べる=桜の木の下には云々。正体が木(?)なのに土が苦いとはこれいかに。