確か、そう。母の話だった。
何故母の話になったのか、その成り行きはもう覚えていない。
ただ、母は自分のことを“悪い子”なのだと思いこもうとしていたのだという、粗野な彼女の妄想を
今の時点では聞かされていた。
「だから、悪い子っていう理由はとても座りのいいものだったんですよ。理不尽を処理するには。
悪い子の自分が連れてきてしまった双子の片割れは、悪い子なんです」
「そんな勝手なことあってたまるか」
「他人っていうのは勝手なものです。嫌いになるのも、好きになるのも、一々相手にお伺いを立ててからしているはずがないでしょう」
「…」
「他人の勝手な価値観で決められたものに真実はありません。だから、貴方自身の価値観で勝手に決めてしまえばいいんですよ。
自分は善い人間だと。その答えに直接他人が介入する余地はない。」
「…善い人間のはずがない」
「何故」
「俺は人殺しだ」
「村に強制されたものでは?」
「違うだろう。嫌なら逃げればよかったんだ。」
「その人物に恨みでも?」
「無い」
「村に強制されたのでも無く、恨みも無く、では、なぜ殺人を?」
「……」
「殺人という行動自体が目的だった可能性は?」
「…そうかもしれない。俺は、人を殺したかったのかもしれない」
「快楽殺人であった自覚は?」
「……」
「目的がはっきりしませんね。殺人をしなければならない、という強迫観念だった可能性は?」
「…私は、宮田です、から。」
「“宮田”のために人を殺した?」
「……」
「これが一番しっくりきますか」
「そう、ですね…」
「人が意図して他人の命を絶つというリスクの高い行為をするのは、殺される人間が、自分にとって生命を脅かす存在であったからというのがほとんどでしょう。
これには精神的な面も含みます。この人間が居ては自分が生きることができない。
怒り、嫌悪、または正義感が境界線を越えた時にそれは起こります。
貴方の言い分だと、貴方は、それらがほとんど無い状態から、“殺人”を起こしていることになる。」
「……」
「けれど、無いというのはありえません。殺人を起こす理由があったはずです。
殺意がない殺人はありえない、それは事故です」
「殺意」
「人間の心とは面白いもので、意識が及ぶ範囲にある感情とは別に、
意識していない範囲にも感情があるのです。貴方の理由はおそらくここにあるでしょう」
「なんなんだ。それは」
「貴方。それほどまでに宮田が大事ですか」
「宮田」
「その人物を殺さない者は宮田ではないのでしょう。神代と教会に従わないものは宮田ではないのだから。
では、宮田ではない自分はいったい誰でしょう?」
「……」
「それは“死体”です。死体を選べなかった貴方は、良かったですね。生存することができたのです」
「……」
「けれど、本当にそうでしょうか?宮田ではないものは本当に死体なのでしょうか?」
「そんな馬鹿げたことがあるはずがない」
「そうです馬鹿げてますよ。宮田以外になったら死んでしまうだなんて」
「……」
「頭を抱えてますね。宮田さん」
「うるさい」
「黙れ?」
「黙れ」
「……」
「……」
「ねぇ、宮田さん」
「だまれ」
「ねぇ司郎さん。だから、家に婿に来てくださいよ。
いいですよ。必然的に妻は私になりますが、おまけみたいなものなので気にしないでください」
「だまれ」
「えー、じゃあ…駆け落ちしましょうよ。新境地を開拓しましょうよ」
「だまれ」
「……」
「……」
「…衝撃的なプロポーズだと思ったんだけどなぁ」
「…頼むから、黙ってくれ」
ああそうだった。確か、俺と結婚したいだとかいう間抜けな話をしていたんだった。