困った。
どうやら、彼女には俺が化物に見えるらしい。
手を伸ばすと叫ばれるし、違うと言っても、意味がわからないようで、ガタガタと震えて部屋の隅に蹲ってしまった。
いい加減面倒なので、ひっぱって抱きすくめ、まるめこんでしまおうと思い、逃げるように背中を見せている彼女をひっぱると、
見たこともないような顔で振り返り、いつの間にか持っていたらしい鋤で思いっきり俺の頭を殴りつけた。
ぐわん、と視界が揺れて初めて、殴られた、と思った。
血が吹き飛んで赤い色が壁を汚して、掃除しなければ、と思いながら、
ふぅふぅと息を上げて今だに中途半端に鋤を持った、彼女を見る。ほんの少しの静寂が満ちて、彼女はまた怯えたふうに蹲る。
しかたがないので、静かに、今度は優しくその頭を撫でることにした。
掃除は君がやってくれ。いつも頼んでないのに、やってくれていただろう。
怯えなくていい、俺が君を傷つけることはないんだ。ただ、そんなに否定されるとどうしていいか分からなくなる。
生ぬるい液体が顔をぬらしていく。今、人が俺の顔をみたら、普通に悲鳴を上げるだろう。
蹲っていた彼女が、恐る恐るといった具合に顔をあげ、今は理解できそうにない独り言のような音のような言葉を吐く。
どうにも耳に宜しくない人間の不安を煽るような声だ。前はそんなことなかったのに。
けれど、それはいい。わけの分からない音の羅列のなかで、1つの単語だけは拾うことができた。
「――――せんせい」
やっぱり、彼女は彼女であって、違いない。
「――――せんせぇ」
まったく、普通、こうゆう手合いは自ずと人に向かってくるものだというのに、君はそれになっても例外なのか。
酷く怠慢な動作で此方におずおずとやってきた彼女を迎え入れ、腕のなかで、ぶつぶつと音を生み出す口を塞ぐ。
怯えずに、さっさと、そっちに連れて行ってくれ。
今の俺の耳には、キャラキャラとカセットテープを巻き戻したように聞えるが、分かっている。
彼女はコロコロといつものように鈴を転がしたような声で笑っているつもりなのだ。
そうして、きっと、彼女の目には化物に映っているだろう俺を捕まえて、いとおしげに目から血の雫を垂らす。
彼女は、暗い空洞の中で、優しく目を細めているのだろう。
「待ちくたびれた。一人はもうごめんだ。」
崩れそうなの手首をもって、その先の鋤を自分の首に当てて、さぁ、どうぞ。
「先生!」
まったくもって、