上司と!


「う゛お゛ぉい!!隊員その1何処行きやがったぁ!」
「うわッビビった」

何処行った?と叫びながら、私の自室のドアを壊す勢いで開け放ったスクアーロ隊長は、
私を捉えると映画の悪役顔負けの悪い笑みを浮かべ、そして、入室を了承もしてないのに、
私のほうへズンズンと歩いてきて、襟首を引っつかみ、今度は凄く晴れやかな笑顔でこう言い放った。


「演習行くぞぉ!」
「…え、またですか?」

最近私ばかりしごかれてる気がするのは気のせいではあるまい。
しかし、有無も言わさず、スクアーロ隊長は、そのまま私を部屋から引っ張り出し始める。
この私の手にある、淹れようと思ってたお茶の急須は一体どうすればいいのか。


「もたもたするんじゃねぇ!」
もしかして、ぶっかける感じ?武器?武器なの?どうやら、今回の私の武器はこれらしい。


「隊員その1ぃい!」
「はいぃい!」

やばいバレた?とひっぱられて後ろ歩きのまま、首をひねってスクアーロ隊長を見るも、
隊長はその長い足を駆使してズンズンと演習に向かっているままだった。
恐らく彼は、私の手に急須が握られていることすら気づいていないだろう。
隊長は前を向いたまま叫ぶように言う。


「確か貴様の武器は短剣だったなぁ!?」
「え、あ、はい、そうです!」

このやりとりもいつものことだ。
いい加減私の武器くらい覚えてくれないだろうか。
あと、名前。いまだに隊員その1て。


「いいかぁ!?貴様は短剣を持った手に重心をかけすぎる癖がある!!!」
「え、なんで知って……そ、そうなんですかぁ!」

武器は覚えてないのになんで癖なんか知ってるんだろう?もしかして厭味?厭味だったの?さっきのあれ?


「……。」
「……?」


「隊員その1ぃいい!!!」
「はいいい!!!」

「それのせいで、攻撃を弾かれたときに貴様は、よろけることがある!!!!」
「はい!!!!」

「これからはそこに気をつけ…

ガッシャン!


「うるせぇ」

「あ、すいませんボス…」

スクアーロ隊長の声につられて叫びあいのような会話で廊下を歩いていると、恐らく通りがかったんだろうボスに怒られた。
ボスはスクアーロ隊長に廊下に飾ってあった花瓶(恐らくウン十万)を隊長に投げつけ、
私を一瞥すると、フン、と鼻を鳴らしてそのまま歩いていく。

あー怖かった。私殴られなくてよかった。


ほっとしてから、蹲ってしまったスクアーロ隊長を気遣って、急須を一旦廊下に置き、膝を突いて「大丈夫ですか?」と花瓶のあたった患部を覗き込んだ。 すると、バッと顔を上げて、そのまま隊長は後ろへ……軽く尻餅をついた。

「近ぇ!」

「す、すいません…」

心配したのに。
不貞腐れた気持ちでその場を引いて、置いておいた急須を再び持って、まだ尻餅をついている隊長の方をちらりと見る。
隊長は目を泳がせて挙動不審なまま、ワナワナと唇を震えさせていた。

なんぞ、その反応。



「隊員その1ぃいいい!」
「えっ、あ、はい」

「……。」
「……?」


…この微妙な間はなんだろう。
さっきもあったなぁ、と思っていると、先ほどの挙動を引きずってはいるものの、隊長は真面目な顔つきでこう言った。


「……これからは名前で呼んでいいか?」

「え、どうぞ」


そして、小さく「」と呼んだスクアーロ隊長は、「あ、名前知ってたんだ」と私が思うよりも早く、その場から瞬時に立ち上がり、
短距離走の選手も真っ青な走りで廊下を走っていった。その場には冷めた緑茶と、呆然とした私だけが残される。


「え、」


演習は?




(それからと言うものの、私の顔を見るとスクアーロ隊長は走り去っていく、ということが多くなった。なんだよチクショー)





上司と!!







「最近、力付いたと思うんですよ」
「へぇ、良かったじゃない。」

この前スクアーロに、力が無いってボロクソに言われたって凹んでたじゃない、と、
ルッス隊長は私よりも女らしく、優雅に紅茶を飲んでみせる。

「そうなんですよ。スクアーロ隊長、容赦ないんですよねぇ、妙に演習に付き合わされるし。」
「……。きっと心配なのよぉ、」

首を傾げながら困ったように笑うルッス隊長は、「大豆クッキーでも食べて元気だして?」と
机の上に用意されていた美味しそうなクッキーの入った籠を私へと傾けた。いつもすいません。

「あ、いつもながら美味しいですね。」
「あら、嬉しいわ!」

ならもっと食べてちょうだい!という言葉に甘えて私はもう一枚クッキーを取りながら、冒頭の話へと戻った。

「でも、最近は、やっぱり力付いたみたいで…重いと思ってたボスの部屋の扉も片手で開けられるようになったし、
 この前なんて、ボスのお酒を開けるときに栓抜きが見当たらなくて、ためしに手で開けてみたらできちゃうし…」

「あらあら、すごいわねぇ」

「まぁ、こんな生業ですから、力があるに越したことはないんですよねぇ」



もぐもぐ、とクッキーを頬張る。いつもいつも、ルッス隊長のお菓子は美味しいなぁ。


「…ねぇ、?」

「なんですか?」

「筋肉はどう?力瘤とか…」

「あー、出来ました!出来ました!お風呂のときマッチョなポーズをするのが楽しくてですねー」

「あら!」

ルッス隊長はほっこりと笑って、再び大豆クッキーを勧める。
ほんと美味しいや、市販のよりいけるかも。なんか普通のにはない風味があるよね、いつも。
あ、でも…

「でも、こんなにお菓子ばっかり食べてたら、すぐに筋肉なんてなくなっちゃうかもですね。」

「大丈夫よ。むしろじゃんじゃん食べたほうが筋肉がつくわよ」

「?」

うふふ、とルッス隊長は笑って、微笑んだ唇の前に人差し指を一本立てた。
少し寒気がしたのはなんでだろう?その答えを知る由もなく、私は、ごくんと噛み砕いたクッキーを飲み込んだ。


(そのことをマーモン隊長に言ったら、特別にと無料でクッキーを貰った。そのかわりにお茶会を控えるように、とのこと…なんでだろう?)



上司と!!!







「あ!」
「!!」

視線があって、その場は、瞬時に緊張に包まれた。

まず動いたのは、ベル隊長のすぐ傍に立っていたスクアーロ隊長だった。
私の姿を捉えるとすぐさま、ベル隊長を羽交い締めにして、その手に握られたナイフを投げられないようにした。
そして叫ぶ。

「逃げろぉ!」

「はい!」と返事を返す間もなく、そこは血に酔った時のようなベル隊長の声が響いた。


「あ゛ぁああああ!だぁ!!」

どこか嬉々とした叫び声は、逃げ出した私の背中から、ワンワンと廊下に響き、私はスクアーロ隊長に心の底からエールを送った。

どうにかその人を抑えておいてください!私が無事に逃げるまで!

しかし、次の瞬間、スクアーロ隊長の奮闘も空しく、ベル隊長は解き放たれてしまったらしい。
ビュン!とナイフ投げつけられた。私はそれをなんとか避けながら、エールを理不尽な罵倒に変えてスクアーロ隊長の冥福を祈ることにする。

「作戦隊長クビになっちまえぇ!」

その声はなんとか生きてたらしい、隊長の耳に届いたらしく、遠くの方で「う゛お゛ぉい!!」という叫びが聞えた。
叫んでる暇があったら助けてください!と横暴なことを思いながら、廊下の角を曲がり、自分を追ってきたナイフのトントントン、と壁に刺さる音にサーと血が下る。

いつもいつも、何でだ。なんで石の壁にナイフが刺さる…そうじゃなくって、
何故だか、私を見ると、ベル隊長は自分の血を見たときのように暴走する。けれど、血のときと違って攻撃対象は私だけだ。
いつも、前記のような叫びを上げながら、私を追いかけてくる。だから、なるべくベル隊長の目に触れないように生活してたんだけど、
今回は抜かった。

(まさか、あんなやっかいな任務が早く終わるなんて!さすが切り裂きプリンスですね!)
半分は皮肉だ。書類届ける途中で帰ってきたばっかりのベル隊長とばったりなんて、本当についてない。


後悔もそうそうに切りやめて、追いかけてきたベル隊長をまくべく、私は走るのに集中する。
しかし、その間にも叫びつけられる狂った言葉に挫けそうになる。


!!!!待ってよ!俺のこと誰だと思ってんの!?王子だよ!ねぇ!止まってくれないと足切っちゃうよぉ!?」やら、
「あ゛あ゛ぁああ!追いかけっこ?王子、鬼?いい度胸じゃん!王子に鬼やらせるなんて!でも、捕まったら交換なんかしないから!捕まったら監禁な!」やら、

笑えない。

というか、こんな速さで走ってるのによく叫べるな、つい、好奇心に負けて振り返って後悔した。
ベル隊長、超笑顔。(いつもニンヤリとはしてるけどさ。今はそれ以上だよ。口が裂けそう。切り裂きじゃなくて、口裂きだよ)



「あ!!なんで振り返ったあとに、速く走るんだよ!普通ここはUターンして抱きつくパターンだろ!!」


貴方がUターンしてください。そしてそのまま自室で、自分を自分で監禁しててください。セルフ!


「うしし!今日はいつもみたいに逃げ切れると思うなよ!」
そうして、ばんばか投げられるナイフ。


ベル隊長は私をどうしたいんだろうか。殺したいんだろうか。いや、今のままだったらいつか確実に死ぬと思うけど。
私がそれを訊いたところで答えは決まってる。


「だってオレ王子だもん!」


意味不明!


そうして、晩御飯になるまで、この追いかけっこは続いた。


(「皆ーご飯よー!」「よっしゃー!逃げ切ったー!」「あーあ、残念!」「晩御飯て小学生か!」)







上司と!!!!









ぐすり。

「まったくもって無駄だよね。そんなに無駄な水分があるなら砂漠にでも行ってきたらどうだい?まぁ、すぐに蒸発して終わりだろうけど。」

「……。」

「でも、そうやって垂れ流してるだけよりはよっぽど役にたつんじゃない?」

「……。」

「あーあ、君のせいで無駄に喋ってしまってるじゃないか、どうしてくれるんだい?お金とるよ?高いよ?きっと君の安月給じゃ、払えないよ?ねぇ?」

「……。」

「ねぇ、いい加減泣き止めば?分かってるだろう?泣いてたって状況は変わらないし、変えられないって、


 ……ボスの私物を壊したら、もう、覚悟決めなよ。」


座り込む私の前には、ボスの私室に置かれてた壷(多分高いの)、の割れた残骸。
よく物を投げて壊すボスだし、壷なんか興味は皆無そうだけど、名目上、これはボスのもので、それを他の誰かが壊したとあっちゃあ、
あの人は黙っていないだろう。どうしよう。死ぬや。絶対死ぬや。

「……マーモン隊長、」
「なんだい?」

「幻術でなんとかなりませんか?」
「…無理だよ。ボスには超直感あるし。」

ジーザス!

「……マーモン隊長、」
「なんだい?」

「最後の餞別に、紙くれませんか、恐怖のあまり鼻が出ました。」
「…しかたないね、今回は特別無料であげるよ。」


そして、マーモン隊長の腰についてる、あの紙をカラカラと手に巻き取りながら、自分のこれからの将来について考える。


「…丸焼きは簡便してほしい。」
「……。」

「撲殺も…。」
「……。」

「あと、なんかの餌もやだ。私人間だもん。サメじゃないもん。」
「…ねぇ、とりすぎだよ」


あ、と、手元を見れば、ぐるぐると巻きつけられた紙が大分厚くなっていた。
すいません、と元に戻そうとすると、元のほうでマーモン隊長にビリッと切られてしまった。

「あ、」
「はやく、かみなよ。鼻たらしたまま死にたいの?」

「ありがとうございます。」


お言葉に甘えて、贅沢に分厚い紙で鼻をかむ。死に旅行く者への餞別なのか、マーモン隊長が優しい。


「別にいいよ。…あと、死ぬとかいったけど、多分君は、死ぬことはないと思うよ。」
「…え…ッ?」


「殴られはするかもしれないけど。」

「……それって、死と同意義ですよ。」


私、机の角に顔面ぶつけられたら、普通に陥没しますよ。サメじゃあるまいし。


「…なに?スクアーロとなにかあったの?」

「最近、呼び出すくせに、会うと放置されるんです。」

「そう…。」

なぜだか、マーモン隊長は神妙に頷いて、部屋を出て行った。なんでも、借金の取立てに行くそうだ。
けれど、私にそれを気にしている余裕はなかった。部屋には、私と割れた壷。


「……組み立てれば、いけるんじゃね?」


その後、帰ってきたボスに見事にバレた。
けど、なんとか生き残ることができたよ。オーマイゴット!





(「マーモン隊長ってケチだっていうけど、結構サービスしてくれるよね。」って言ったらルッス隊長が、ニコニコしてた。)







上司と!!!!!





煙で馬鹿になった鼻はツンと痛みを知らせるばかりで、なんの役にも立ちはしなかった。

ミスった。

久しぶりの大きな任務に出ればこの様だ。情けない。



爆風に飛ばされたとき、ぶつけた頭が絶えず圧迫感を伝えてくるし、きっと内出血をおこして皮膚が悲鳴を上げているんだ。
そんなボロボロな身体をなんとか動かして、なぜか私の任務先に現れ、私の頭上で、仁王立ちしているボスを見た。


「すいません。」

衝動的に砂と風に晒されてボロボロにささくれた手を、ボスに伸ばした。
しかし、ボスは赤い目をギラギラと光らせて、ただ、銃を構えた。

それを見ながら私は思う。

まるで、地獄のお迎えみたい。
誰がこの人を見て、ヒーローなんて思うだろう。

そして、握られることなんてないだろうとは思ってはいたけれど、むなしく伸ばした手は地面に舞い戻る。
そして、殺傷の道具である銃だけが残された。

あれ?もしかして。

サーと血が引く。ああこれは助けなんかじゃなくて。


「……一応、確認です。助けに来てくれたんですか?殺しにきたんですか?」

任務をミスった私を粛清しにきたんだろうか。そうだよね。この人がヒーローなわけないって言ったの自分だもん。

「うるせぇ」
その答えを頷くと言わんばかりに、銃弾が頭の横に二発。

肯定。やっぱり地獄に使者だった。
地面に倒れたまま両手を上にあげ、全面降伏の意を露にするが、その銃が降ろされることはない。
それどころか、殺気が増しているようにさえ感じる。
あー死ぬのか、死ぬんだなぁ。

けれど、まぁ、敵のマフィアになぶり殺しになるより、自分のボスに不始末の責任で銃でズカン!のほうが成仏はしやすそうだ。
一発で死なせてくれるならだけど。出血でかなり危うくなった思考を巡らせる。けど、そう思うのは本心だった。
だってこんな職業してるんだもん、そいでもってこの人は私のボスだ。

私は観念したように両手を降ろし、目を閉じる。しかし、ボスの一言で、再び目を開けるにあいなった。

「おい」

「はい」

「誰の許可で死のうとしてやがる」
「むしろ、殺されそうになってるんですが」

そう言うと、舌打ちしてボスは、散々私に向けていた銃を 騒ぎを聞きつけやってきた敵マフィアへと使い出す。
憤怒の炎も使っているらしく、そこらへんは対戦車ミサイルでもぶち込まれたようにすごい勢いで消滅していく。

なんか、助かりそう?

しかし、そのころころ変わる私の思考の甘いこと。
ボーとしながらその様子を見ていると、騒音に混じって、理不尽な言葉が聞えた。


「次、勝手なマネしてみろ、直々にカッ消してやる。」

うん、

確実に、どこに転んでも将来、ボスに私は殺されるらしい。
この日、私は死ぬならボスの居ないところでひっそり死のうと決めた。


(けど、超直感あるから無理だよね。できれば一発でお願いしたい。炎でじわじわとか、切実にやめて欲しい。)






上司と!!!!!!






よく勘違いされるが、私はレヴィ隊長の部下だったりする。


。今度のボスの護衛の件なんだが…」
「あ、はい、なんでしょうかレヴィ隊長」

「うむ、実は「う゛お゛ぉい!……、、、!演習行くぞぉ!!!」
「え、スクアーロ隊長、今はちょっと…」

「あ゛あ゛?そんなのはあとに「ちょっとぉ、この後、私とお茶の約束してたでしょぉ?せっかくいいプロテ…ううんなんでもないわ!」
「(プロ…?)すいませんルッスーリア隊長、今、任務についてレヴィ隊長から伺っていたところで…」

「う゛お゛ぉい!!遮るなルッスーリア!」
「あら、ごめんなさい?目に入らなかったわ」

「あの、レヴィ隊長、それで護衛の件は?」
「うむ、じつ「あ゛っはー!!だぁ!!」


「「「「!!!!」」」」


「逃「逃げろぉ!!」
「後のことは私達に任せて行きなさい!」

「了解です!」

「仕方ないね、こっちだよ」
「マーモン隊長!」

「今日は、特別無料で、助けてあげるよ」
「ありがとうございます!」

「構わな…ム……ボス…」

「あ」





「うるせぇ」



コォオオオ!

なんで勘違いされるかっていうと、自分の上司なのに、レヴィ隊長とまともに話ができないからなんだよ。
そんなことに気がついた今日この頃。




南無三!







上司と!