巻き込まれた女がいた。
血と家族を重んじるこの世界で、ファミリーの核となるべき男が死んで、そしてその落とし種が発見された。それがその女だった。
硝煙と黒いスーツを纏っている男達に囲まれながら、平凡に暮らしていただろう、その女は、この世界へと、家族へと、
購うことも許されず迎えられた。
しかたないだろう、女にその世界を拒む絶対の守護など、ありはしなかった。
その女は血が染みこんだ黒のなか、まるで自分の潔白を証明するかのような白いワンピースでこの場に赴いた。
細い足だった。素足で履いている明るい緑色の靴が女の弱弱しさを一層引き立てた。
折れそうだ。女も、その細い足も。まるでこの女にマフィアの血が流れていることが不思議だった。
女は事情を知ると、信じられない、と俯いて。今すぐ逃げ出したい、とその場でふらりと一歩、足を迷わせた。
だが、それは流砂に飲み込まれた者の最後の一掴みに過ぎない。
それは、軽々しくもその手から零れ落ちるものなのだ。
その後、戸惑う女は無理やり護身用にと渡された銃を
まるで熱いものに触れたように地面に落とし、早々に幹部の重鎮達の顔を顰めさせた。
かくして、白と緑が赤く染まり、磨きぬかれた鉄のような黒になり、
やがて己もその黒の一部になるまで、女は踊り続けることになる。
Flom Hell
自分の髪を薄いカーテン代わりにして、隠し見たは、自分の袖口に散った赤に震え、それを隠すように硬く手首を握りしめていた。
それを見ると、撫ぜるような焦燥に駆られ、今度は隠すことなく体ごと彼女に向き直り、「大丈夫かぁ?」と形ばかりの問いを口にした。
は手首を隠し、笑う。
そんな一部を隠したところで、体全体が震えていたら意味がないだろう。
が大丈夫ではない、と分かっていて「大丈夫か?」なんて言った自分も言えたことじゃないが。
マニュアルをなぞるようなこの対応も、彼女の返事もいつものことになってしまっていた。
まだなのか?
苛立ちを込めて、今だ息があるくせに地に伏して此方を伺っていた男の首に刃を差し入れた。
わざと大きな動脈を切り、地面から吹き出るような飛沫を上げて、彼女に見せる。
声なく怯えたを見て、暗い愉悦を食らう。自分のこの銀色の長い髪は便利だ。
きっと醜い獣のような表情を彼女から隠すことができる。
そしてそのまま、何事もなかったかのように、に振り返れば、表情を強張らせながら平気を装うの、
恐る恐る闇へと歩むその姿が見えた。
「まだいるかもなぁ?」
首を傾げて同意を求めるように訊けば、自分の部下の新米暗殺者がやることは1つだ。
いや、暗殺者のやることなんて初めから1つしかないか。
「さ、探してみます」
「図体に一発ずつくれてやればわかるぜぇ、動かないのが死体で、動かなくなったのが、今できた死体だぁ」
そう言ってやれば、は何か言いたげに唇を戦慄かせたが、結局なにも言わずに銃をかまえだす。
そして、倒れている人間に標準をあわせ、泣きそうな顔になりながらトリガーを引いた。
一発、
そして、のろのろとリボルバーを回し、確認の終わった死体の隣に標準を合わせる。
二発、
たった二発で、彼女は全力疾走したあとのように息を荒げ、膝を震わせた。
しかたない、と思いながら、の背後に立ち、緊張と背徳感で硬く冷たくなった手を、
後ろから抱きしめるようにして、自分の手で包み込む。
「狙え。」
「はい…」
そろそろと動いて、標準が停止した瞬間、トリガーにのっていた彼女の指を 自分の指で、待ったなしに引いた。
拳銃のなかで爆ぜる火薬の衝撃を受けての肩が揺れるのがココだとよく見えた。
あとは繰り返し、繰り返し、彼女に標的を決めさせ、トリガーを引かせる。
だんだんと力が抜けていく膝を後ろから足をひっかけ、立たせ、もう片方の腕での腰を支える。
蒼白になる彼女の顔を眺めながら、彼女が目を閉じてないことに満足感を得た。
前に散々言ってやったからだ。目は閉じるな、と。
銃を撃った直後に目を閉じるという危険な行為に対する純粋な注意でもあるが、
それ以上に目を閉じられたら見れないからだ。
自分は、彼女の、恐怖から背徳、そして麻痺して沈んでいく、目が見たかった。
まったく、狂ってると自分で思う。
最後の死体を撃ちぬいて、体の拘束をといてやると、は崩れ落ち、今度は隠さずにガタガタと震えた。
それを確認した後、困ったような、ため息をわざと大きく吐くと、様々な感情に追いやられたぐちゃぐちゃな表情で小さく謝る。
その表情も大概この狂った感情を煽ってしかたない。
「すいません」
「…まぁ、最初よりかはマシだな」
最初は怯える間もなく意識を飛ばしたもんだった。
はボンゴレと同盟関係にあるマフィアのボスの隠し子で、今までマフィアなんて知らずに平凡に暮らしていたらしい。
しかし、そのボスが抗争で死に、跡継ぎにひっぱり出された。彼女は当初、銃すらまともに持てず、もてあましたそのマフィアの重鎮達は、ボンゴレに頼み込み、
助けを求められた、人のいい9代目は、
彼女に対する護衛と、この世界に向けての訓練を請け負うことになった。
そして、最後の“汚い部分”の教育に、こともあろうにこのヴァリアーに彼女を遣したのだ。
利用もいいところだ。
何の力にもなりえない女の護衛と教育という面倒も極まれる任務はその後、まわりまわって自分の任務となった。
それだから、最初はただお荷物となっているにイラつきしか感じなかった。
けど、今はどうだ。暗い狂気が足元からせり上がり、今は任務が楽しくてしょうがない。
全ては、初めて人を撃ったの表情で、気が変わった。
白から黒へ、染める悦楽。
「すいません、隊長、いつもご迷惑をおかけして…」
「そういう依頼だぁ、気にすんな」
そうして、は安心したように少し笑う。
おいおい、こっちは殺人を強要させてる男だぜぇ?
そんな相手に笑いかけるなんて。
そんなんだから、利用されるんだ。
「次は期待してるぜぇ?」
「……はい。」
頷くことは分かってた。まったく素直な劣等生だ。
今は焦りを飲み干す。
後は待つばかりだからだ。
だから、
遅いお前の歩みを我慢してやる。
だからなるべく早くこい。
オレは、いつも泣いているお前が、この世界に染まりきって、俺たちと笑い合える日を待ってるんだぜ?
かくして、白と緑が赤く染まり、磨きぬかれた鉄のような黒になり、
やがてその黒の一部になるまで、我々は踊り続けることになる。