昔、昔のことだった。家族と海にきたことがあった。
その海は、砂浜だったけど、とても小さなところで、少し歩いていくと、すぐ岩場があり、遊泳禁止の看板が立っていた。 私は当時、浮き輪がないと泳げなかったし、何度も打寄せる波が怖かったから、 波の届かないしめった砂浜に腰を下ろし、穴を掘っていた。

でも楽しくない。すごく暇。

遊び相手になってくれそうな、兄達は泳ぎが得意で、沖のほうまで遊びに行ってしまっているし、 砂場で寝ころんでゆったり休んでいる両親は私の相手をしてくれそうにない。 当時、仕事の忙しかった両親を、休みの日に引っ張り出してきてしまった罪悪感から、 遊んでもらうのは気が引けて、なにも言わずに黙っていたのは覚えている。


そして、幼い私は、両親に黙って、海岸線を歩き出した。

しだいに、落ちているガラスの欠片や、貝殻を集めるのに夢中になり、私は楽しくなっていった。 水着の上から着ていたTシャツの裾を捲り上げて、拾ったものを包んでいく。 来た日はたしか夏ももう終わりくらいだったから、人は少なかったと記憶している。

だからだろう。人にぶつからないことをいいことに、私は、ずっと地面をみて歩いていた。 そして、見ていた地面が黒っぽい砂から、ゴロゴロとした石に変わってやっと気づいて顔を上げて、しまった、と思ったのだ。

そこはもう、砂浜ではなくて、岩場になっていた。
遊泳禁止の錆びた看板が気がつかない間に、通り過ぎた場所にある。


やってしまった。戻らなきゃ、と私は踵をかえして、砂浜を見た。
そして遠くのほうに寝そべる両親を発見した。それがいけなかったのだと思う。

また暇になることを嫌った脳みそが、この先になにか楽しいことあるかな?という誘惑に私を駆り立てた。


「……。」

再び、岩場に向き直ってみる。

遊泳禁止と描かれた看板の先には、海で削られたんだろう、私の頭くらいの丸い石がゴロゴロと転がり、 間に流木が挟まったり、流され着た緑色のペットボトルが転がったりしていた。



――うん、戻るより楽しそう。

誘惑に負けた。
遊泳禁止の看板を言い訳をするように、あらためて見る。


「泳がなければいいんだよね。」

本当にいい訳じみていた。
けど、当時の私は自己解決の天才だったようで、今まで拾った貝やガラスの欠片を端っこの大きな分かりやすい岩の上に置き、 石の積み重なって不安定なところを避けて、私は意気揚々と進んでいった。













そこは、日の光に照らされてほかほかとした石の感触が心地よかった。 ざらざらとした硬い感触が、砂の上を歩き続けてむくんだ私の足の裏を押してきて、マッサージのようで気持ちがいい。 だんだんと石は大きくなり、私がねっころがれそうな平らな石もあるようになってくると、 私はその周辺を覗き込み、その岩の間から海水が染み出ているのを発見した。
近くで打寄せる波から伝ってきてるらしい。

その場所に住んでいるカニが、警戒してブクブクとしているのを見た後、 私はその先で、もっと素敵なところがあるのを発見して歓声をあげた。

それは小さいプールだった。



大きな岩や、小さな岩が淵を作って、そのなかに海水がながれこみ、小さいプールができていた。
わぁ!と、駆け寄って、覗いてみれば、1メートルほどの深さで、緑色や赤色の小さな海草が生えていて、 迷い込んできたらしい、小さな小魚の群れが泳いでいた。

まるで海のミニチュアみたい。私はその小さなプールを一目で気に入って、そこにとどまり遊ぶことにした。

手を入れてその小魚を驚かせたり、イソギンチャクを見つけて水を吹かせてみたり、 ため池のようになっているそこは、穏やかで、とても綺麗だったことを覚えてる。


そうして、幼い私はそれに出会った。










私が小さなプールに足を入れて、中の海草が揺らめいて、ふくらはぎを撫でるたびにくすぐったくしていたところ、 プールのなかに大きな銀色の魚がいることに気がついた。 その魚が私の足めがけてゆらゆらと近寄ってきて、私はあんな本物の大きな魚は初めてで、びっくりして足をプールから出す、 目標を失った大きな魚はそのまま身を捩って、プールの隅っこで止まり、ジッとしているようだった。

なんだろう、と私は大きな魚の正体を知ってやろうと、プールの淵の岩にのぼり、魚の傍から見下ろした。


ピンと張った背びれ、出っ張った鼻面、引っかいて出来たような鰓、縦に裂けた目は蛇のよう。 あ!と口を押さえた。見たことある。兄の持っていた図鑑に載ってた。 兄は言っていた、海に行く前に、コイツがいたら危ないから逃げようって・・・


「鮫だ!」


陸地にいるのに恐怖に駆られた私は、逃げなくちゃ!と思った。 ―――けど、意に反して私の目は鮫に釘付けだった。ごくりと喉が鳴る。 図鑑に載ってた鮫よりも小さい、綺麗な銀色で、立派な背びれ、時折ひらく口から見える白い牙にはゾッとしたけれど、 当時の私にしてみれば、今まで生きてきて見たなかで一番綺麗な生き物に思えたのだ。





スイッとしなやかな尾びれが揺れて鮫が反対側の端へ行ってしまうと、私は逃げるどころか、追いかけた。 もっとその綺麗な生き物を見ていたい。




私は心のなかで言い訳をしていたのだ。「水のなかに入らなければ大丈夫」と。錆びた遊泳禁止の看板のときのように。



水面の下で泳ぐ鮫は水を切るように泳ぎ、海草を潜り抜け、逃げる小魚を追い越して、止まり、 口をパクパクと動かした。私は鮫が何をしても、すごい!すごい!と喜び、時間を忘れてその鮫の傍にいた。 夢中だった。ほかの小さな魚と違って悠然として、堂々としていて、そしてしなやかで。 あの無駄を省いたような背中に乗って海を泳いだら、きっと浮き輪なんていらないだろう。 呼吸も忘れてしまって、深い深い冷たくて気持ちいい海のなかを泳げたらなんて素敵なんだろうか。

まさにベタぼれだった。
けれど、そんな時間も直ぐに終わりになる。


あれ?と思ったのは鮫の立派な背びれが水面から飛び出た頃だった。
今まで青々と水のなかで揺らめいていた海草も、水面で狭そうに身をおって、浮いている。
鮫はプールの一番深いところで、止まり、ジッとしていた。



今なら分かる。引き潮が始まったのだ。
だから近くで打寄せていた波が今ではあんなに遠かったのだ。
引き潮を知らなかった私は幼いながらに思った。このままだとプールは干からびてしまう。鮫が泳げなくなってしまう。


鮫が死んでしまうかもしれない。

居ても立ってもいられず、立ち上がった。どうにかしなくちゃ。



まず思ったのは、両親をつれてきてどうにかしてもらおうということだった。 けど、鮫がいるとわかったら、きっと助けるどころか大人は鮫を殺してしまうような気がして、できなくなった。 兄達に助けをもとめることも、手も足もでない場所に鮫がいるとわかったら、 きっと、兄は面白がって石を投げて鮫を殺してしまうだろうと思って、できなくなった。

どうしよう。

こんなに綺麗な生き物なのに。図鑑では獰猛だとか、危険だとか、そういうことしか書かれていなかったのだ。
きっと殺されてしまう。


私は泣きそうになりながらプールの淵で立ち尽くした。
鮫は苦しそうにぱくぱくと口を開け閉めしている。


あんなに綺麗に泳いでた鮫が死んでしまう。飛び出た背びれが渇いて、可愛そうだ。




死なせたくない。




私は、前にした言い訳も忘れて、プールの中へと入って鮫の近くまで行ってみることにした。














近くまでくると、やっぱり膝が震えた。
大きな口はもしかしたら私の足に噛み付いて、そのまま千切ってしまうかも。

そんな想像が止まらなくて、ぶるぶると体が震えた。
けど、想像は想像で、鮫は私のことなど、どうでもいいように身を捩った。 もうプールの水は20cmもない。身を捩ることで、乾燥した肌を水をぬらそうとしているみたいだ。 私は鮫から少し離れたところで、足元の海水を両手ですくって鮫にかけた。 そのほんの少しの水が太陽に反射して、キラキラと、光る。

友達とふざけあって水を掛け合いっこしたことを思い出した。けど、相手は水を返してはこない。



鮫は相変わらず、パクパクと繰り返す。少ししかない水は、太陽の光で容赦なくあっためられ、 本来海の深いところにいる鮫には辛いのだろう。 そして、水はどんどんと減っていく。干された海草が潮臭い匂いを放ち、小魚の群れもどこかへ姿を消した。 泥水のような最後の海水のなかで、鮫は動きを止めていた。このままじゃ本当に死んでしまう。 私はさっき見かけたペットボトルを拾い、波打ち際に走り、小さな口に苦労しながら、海水を入れると、 鮫のもとに戻って、近くから銀色の背中に海水をかけた。


もう、足に食いつかれるという恐怖はなかった。ただただ、鮫に死んで欲しくなかった。 苦しそうな口元にも回り込んで、水をかけた。 砂に埋まりそうだった頭を持ち上げて、開いた口から新鮮な海水が入るように。 今考えれば、なんて危険なことをやっていたんだろう。 口にかけた手なんか、鮫にその気がなくてもそのまま閉じれば食いちぎられてしまっただろうに。


そして、私は途方にくれた。ペットボトルの水なんかたかが知れてる。あとは、どうすればいいんだろう。 恐らくまだ子供の鮫なんだろう、図鑑よりかは小さい鮫は、それでも私と同じくらいあった。 持ち上げて、プールの淵を越えて海に運ぶのは至難の業だ。 どうすればいいんだろう。

私は情けなく泣いた。鮫の頭を抱きしめながら。やだよう、死んぢゃぁわないで、そんなようなことを呟きながら。 ザラザラとする皮膚を撫でて、ペットボトルに水を入れて、鮫にかけて、泣いて、 そして、私はプールを壊すことを思いついた。 綺麗なプールだったけど、鮫の命のほうがもっと大事だった。

大きい石はどかせないから、比較的小さい石で作られていた壁を私は壊し始めた。 フジツボや貝のついた石は掴むと手のひらに刺さって、血を滲ませた。足もそう。 生乾きになった海草が踏まれてどろどろの液状となって足をすくい、 私は見事に転んで、陸で転んだ風とは違った、大きな切り傷のような怪我を負った。 それでも、石をどかす手を休めなかった。

時々、鮫に水をかけながら、やっと、海に向かう道ができた。だが、波打ち際までは遠い。 救いだったのは、石をどかした先が、前にいた砂浜のように細かい砂ばかりだったことだ。

私は上に着ていたTシャツを脱いで、水に湿らせると、鮫の横に広げた。鮫はその時、動かなくなっていたが、 そのTシャツにむかって転がすと、嫌がるように身を捩った。 私は嬉しくなって、大丈夫だよ、と鮫の目を覗き込んで言った。 鮫は縦に裂けた瞳孔で私のことをどう見たのだろう。



なんとかTシャツの上に完全にとはいえないが鮫が乗った。 そのまま、Tシャツと鮫の尻尾もって、私は力の限り、引っ張った。 鮫にとったら、なんて辛い拷問だっただろう。水もなく、さんさんと降りしきる日光の下、湿ってるとはいえ砂の上を引っ張られるなんて。 私はごめんね、ごめんねと言いながらも、鮫をひっぱっていった。 もうすこしだからね、と半分くらい着たところで、海から水をもってきて、鮫にかけた。

鮫は先ほどのように動かない。私は怖くなって、さっきよりも、かんばって鮫をひっぱった。 やっと、波打ち際まできた。

けれど、鮫はやっぱりうごかなかった。


もっと深いところに行かなければ!


波になんの抵抗もなく揺られる鮫を見て、私は焦っていた。 浮いた鮫に掴まりながら、私は自分が泳げないことも忘れて、足のつくギリギリとところまでやってきた。 まるで眠りから覚ますように鮫をゆする。

海だよ。水のなかだよ。ほら、泳いでごらん、

跳ねた海水が口に入って咽る。どうしたの?ほら、泳いでごらん、 私は浮いてしまっていて、海面から飛び出た背びれを水を含んだ手で撫でる。

可哀相な鮫、死んでしまった?せっかく、海にもどってこれたのに。

私は泣きながら鮫の頭に縋りついた。鮫の肌がザラザラと鼻に擦れる。














ぐぃ!

その時だった。鮫が力強く、私のお腹を押し返した。

鮫に掴まっていた手が離れ、私はどぼん!と尻餅をつくように海の中へと落ちた。 私に巻き込まれるように水中を舞う白い泡を見ながら、私は必死に鮫を探した。

どこ?大丈夫なの?泳げたの?

息のことも忘れて。この時の私は本当になんて命知らずだったのだろう。 上を見上げると、キラキラと反射する逆さまの水面に黒い大きな影が見えた。



ああ、よかった。

鮫はちゃんと泳いでいた。
優雅な動きを確かめるようになんどか旋回を繰り返し、青色の背景を泳ぎ回る鮫は、まるで空を泳いでいるようだった。

私はそこで、やっと自分のことを思い出した。 すごく苦しい。なんとか体制を整えて、水面に顔を出した。 押してくる波に足をとられないように気をつけながら、咳き込んだ。 息を吸い込んだり、鼻や、喉の奥にはいった水を吐いたりそうしているうちに、笑いたくなって、声を上げながら笑った。

あんなにも忙しい呼吸方法はあのときが一番だったと思う。


はーあ、と我に返って、鮫は何処だろう、とそろそろと息を吸い込んで、水中にもぐってみた。 もう、どこか遠くのほうへ行ってしまっただろうか、と残念に思っていたが、そんなことはなかった。

鮫はもぐった私の真正面にいたのだ。


驚いた。凄く驚いた。溜めていた空気を吐き出しそうになりながら、鮫の凶悪な顔とにらめっこをした。 鮫は、そんな私に構いもせず、鼻先を私の鼻にくっつける。 なにかの挨拶のようで、感動していると、そのまま、私の体のいたるところに鼻をくっつける。くすぐったい。 なんだよぅ、お礼かなぁ、と私は思っていた、けれど、そのとき、タイミング悪く、図鑑で読んだ知識がよみがえってきた。

鮫の鼻はものすごくいいらしい。血の匂いとかとくに敏感。

冷たい汗が滲んだと思う。すぐに海に溶けてしまっただろうけど。 鮫は石をどかす作業で傷ついた足や手に、お構いなく鼻を近づける。

何やっているんだろう自分、と本当に我に返った。
相手はあの鮫だよ、なかには人食い鮫とかいるんだよ。それに見ただろう?あの牙。 私は思わず、ぎこちない動作で、一歩後ろに下った。鮫はそのさがった足にツン、と鼻をつける。


ひぇ!

おもわず水面に顔を出し、情けない悲鳴を上げた。 先ほどとは違った意味で涙が出てきた。いつの間にか鮫は私の周りを旋回しだす。 誰か助けてぇ、と周りを見渡すけれど、遊泳禁止のその場所に人がいるはずもなく、 そういえば遊泳禁止だったのに、海に入ってしまっていたことに気づいた。


「う…」

私は、なぜだか、失敗がバレて、叱られたときのような気持ちになって、 それが、もともとあった恐怖と交じり合い、棒立ちのまま、食べないでー!と泣き叫んだ。

鮫は、今考えれば慰めようとしていたのだろうか、私のお腹に軽く、トントン、と鼻をくっつけた。 けれど当時の私にしてみれば、それは噛み付くまえの準備体操のように思えて、火のついたように喚いた。 鮫は慌てて離れていったようだが、私の癇癪は収まらず、 ギャンギャン、と叫んだ。

その声に、私を探してた両親がやっと気づいて、私を抱き上げて、事なきを得た。そのあとしこたま怒られたけど。 そんな思い出が私にはあったことはあったと記憶してはいた。







あれから、数年がたったわけだけど、私はまた、あの海に来ている。 もう、浮き輪なしでも泳げるし、遊び相手、というか友達と着てるし、暇ではないから、岩場なんかいかなかった。


けど、なんだろうこの状況。


今は遠い、砂場から人の悲鳴と、冷静を欠いた放送が聞える。

「み、皆さん!海から上がってください!危険です!すごく!あ!落ち着いて行動してください!」

お前が落ち着け!そんな焦りに満ちた放送で落ち着いて行動できるか!
そういってやりたいが、今の私の状況からして無理だった。


なんだろうこの状況。

なんで、私の周りに私の倍はありそうな魚影が旋回してるわけ?

しかも、何、その立派な背びれ。なんで黒い三角形?なんでそんなに鋭利なの?


私のなかで、あの有名な映画のテーマソングが脳内に流れてきた。
嫌だよ。あの曲、無駄に焦るもん。


「そこの女性!落ち着いて!まず落ち着いてください!刺激しなければダイジョウブ!多分!」

「多分ってなんですか!?」

「叫んじゃだめですよぉおおおおおお!?」

どっちかというと、砂浜全体に響くあなたの声のほうが五月蝿いよ!冗談でなくコロス気か!

ぐるぐると私の周りを廻っていた魚影はしばらくすると私の目の前、対面するかのように停止した。
なんだよ、やるならひと思いにやりやがれ。 ・・・嘘、そのままお帰りください。
リターン、アンド、ゴー、

そんな思いが通じたのか、魚影は消えた。
チャンス!と私は固まった手足を動かして、すばやく、陸に行こうとすると、


・・・まあ、そんなうまくいくはずもなく。


ドボン!


足を引っ張られ、私は水中へと引きずり込まれた。

ああ、死んだ。短い生涯だった。きっとこの海を真っ赤に染めるのが私の運命だったんだ。 この白い泡達がなくなったら、きっと見えるのは大きい口なんだろうなぁ、と思うのもつかの間、 予想とは違い、見えたのは、というか、聞えたのは大きな声だった。



水中を震わす大きな不思議な声。




「やっとみつけたぜぇ!」

「!?」

目を開けば、私の足を掴む、鮫、ではなく、人間がいた。



「よお!久しぶりだなぁ 俺の恩人さんよぉ゛!」

そう言うと、えらく長い銀髪を揺らめかせながら男は笑った。

「ずぅっとまってたぜぇ!」
これから、恩をたっぷりと返してやるから覚悟しとけぇ゛!」

その笑みの凶暴なこと。私は水中にいるのも忘れて、「結構です」と言ったが、 それは器官に水を入れて苦しくなったに過ぎなかった。 なぜか水中で喋ることの出来る彼は、そんな私を失礼にも笑い、遠慮すんなよぉ、と水面へともがく私を押さえつけ、 鼻と鼻をくっつけて言った。


「まずは海の底で鯛やヒラメのもてなしだぁ」

刀小僧に頼んであるぜぇ、味は、まあ、保障してやる。
それだけじゃねぇ、ウチのオカマの料理もあるぜぇ?お勧めはマグロのカルパッチョだ。

それから、ヴァリアーの連中にも会ってもらうかぁ、あいつらには散々恩人さんのこと話してあるから、 殺されることは無いから安心しとけ。



まぁ、とにかく、



「また逢えて、嬉しいなぁ!俺の恩人さんよぉ!」



嬉しくないです。誰すか、貴方。
殺されるって、今、殺されかけてる。そう意見するまえに、私の意識は遠のいていく。
確か、人っていきなりの水圧の変化に耐えられなくて意識を飛ばす、って聞いたことある。多分それだ。


私を鰓呼吸できると勘違いしてそうなその銀髪の男は私の腕を掴み、 深い、深い、深海へと導いていく。そのスピードは人間のそれではなく、顔面に当たる水の勢いは、痛いくらいだ。 そんな状況だというのに、私は、意識が失われるまでずっと、思い出していた。


遠い太陽の光にきらめいて、男の黒い服のまわりでゆらめく銀色の髪はさながら―――


まさかね。











おまけ


「帰りたい…」
確かに、料理は美味しいし、至れり尽くせりだけど、そろそろ帰りたい。
けど、スクアーロさん(名前聞いた)は「まだ、恩が返したりねぇ!」とか言って帰してくれない。
お腹はいっぱいだし、竜宮城は満喫したし、綺麗な髪飾りなんて(真珠がこれでもかってほど乗ったやつ)も貰っちゃったし、
もう、十分だと思うんだけど。

そう言うと、スクアーロさんの同僚のルッスーリアさんが苦笑いして言う。
「しょうがないのよ、もう少し辛抱してあげて」
あの子、昔から、海辺の恩人さんのことを話してたのよ。そりゃあ耳にタコができるくらい。あら、タコは私だったわね。

えー。と不満気に言うと、あらあら、と肩をすくめるルッスさん。

「報われてないのね、スクアーロ。」
「嫌ってわけじゃないんですよ。」

ただ、単純に、帰りたいんです。
実家でもきっと気にしてると思うし、一緒に来た友達だって、心配してると思うし。

「え、」
「え?」

あら、ヤダ、聞いてなかったのぉ?
ルッスさんが言う、

「もう、地上では一年は経ってるわよぉ?」
「え、」
ココと上とは時間の流れが違うのよ。捜索も打ち切られたでしょうねぇ、

「え、えぇええええ!」

「もう、こうなったらここに永住しちゃったら?」

スクアーロだったら、きっと喜んで面倒見てくれるわよ?

「……。」
「どうしたの?」

「ちょっと、鮫を殴ってきます。」
「あらら…」













鮫のおもいで