父親がそういうものの権威だということは知っていたけれど、それを意識するようになったのは12歳を過ぎてからだった。
だってそもそも、自分の家はとりたてて豪勢というわけではなく、普通の家庭で、
ふっくらとしておっとりとした母が、夕飯にステーキを出してくるものなら近所を走り回って腹を空かせる努力を惜しまないくらい、
銀色のナイフとフォークに申し分ない肉は貴重なものだった。
住む家は赤い煉瓦に蔦が這う古いこじんまりとしたもので、3家族が過ごすにはギリギリの広さ。住む人も普通。
ただ、歴史はあり、自宅のほかに保有する畑や山や林や森が実は結構あるというところが変わっていると思う。
保有する土地には様々な珍しい植物が生え、珍しい植物を食べる珍しい動物が住み、
珍しい動物を食べる珍しい珍獣も時折姿を現す。それを管理するのがうちの家の家長、
父の仕事であり、うちの家の家業であり、父は魔法界の植物博士というわけだ。
それがどうして、自分が植物学の権威だとかいう父の娘だという自覚が小さい頃はあんまりなかったというと、
畑や山や林や森は自宅から離れたところにあって、私はまだ魔法を習っていないということを理由に
つれていってもらったことがなかったから、ということと、父が権威というにはあんまりにも無邪気なおっさんだった為だ。
私は父のことが好きではなかった。
なぜかと言えば主に、小さい頃、ナントカ虫の抜け殻を森でハイテンションに無数かき集めた父がそれを家に持ち帰り、
寝ていた私の周りにアクティブな配置で設置し、朝までそのままにしたという事案が発端となっている。
奴は自由人だ。ピーターパンだ。しかし、時は流れ、今、
私は植物博士である父に深く感謝している。パパ大好き。パパの娘でサイコーによかった。
全ては今。
15歳の夏。ひんやりと冷たい地下。目の前には重いノッカー。
武器は、杖及び、魔法を学んだことで得た、魔法薬学に使える珍しい動植物の生息する畑や山や林や森への立ち入り許可。
戦いの相手は魔法薬学が大好きで友人に「趣味悪いわ」と諭された素敵な某教授。
唾を飲む、ノッカーを握る。
声を出す準備はいいか。
表情の準備はいいか。
セリフの準備はいいか。
かくして良好の返事はないままに、ごつんごつんと逸る手は過剰なまでにドアを打ち付けた。
そして、これが、人生初のナンパ開始の狼煙であった。