腕はどこへいったのか?


地下の薄暗闇に灰色の壁と蛇のようにのたうち回って通る太い配管、 試験の会場として選ばれた地下道は、集まったたくさんの候補生の息遣いを籠らせて随分空気が重く、 地下水もどこからか漏れているらしく、全体としてじめじめとして気分が悪い。

ざわつく人ごみを掻き分けて、ぐーと背伸びをして目を凝らすと、半円の天井の頂点近く、 太い配管と配管の間に肌色のものが僅かに見えた。 ご丁寧にも、二本のそれは行儀良くみっちりと縦に並んで隙間に挟まって、下に落ちる気配がない。 多分、バンジーガムでも使って貼り付けているのかもしれないけれど、 薄暗いのも手伝って、良く見なければそれが腕だとは気付かないほど、きっちりと綺麗に収まっていた。

ああ、そこに。

しかし、そこには腕を切り落とした凶器であるトランプは無い。

それを確認すると、背伸びをするのを止めて、壁沿いに歩き出す。 腕の持ち主である男の叫び声で、周りの注目が一点に集中している今、はじっこのほうで何かやっても誰も何も気にしもしない。 暫く歩くと、配管と配管の隙間に挟まるようにして壁に突き刺さってるトランプを見つけ、つまんで引き抜いた。

ダイアの1。

恐らく腕を切り吹っ飛ばしたのであろうそれを腰のベルトにあるフォルダーにハンカチで拭いてから仕舞って、 何事もなかったかのように周りと同じに喚いている男へと視線を送っておく。奇術はタネを明かしてしまわないからこそだ。

皆の注目の的である男の顔色は一瞬の興奮からの赤ら顔から、みるみるうちに悪くなっていく。 このままじゃ死んでしまうだろう。試験の申込書には命の保証うんぬんとは書かれていたものの、 これではあまりにも浮かばれない。―――というより、この場合、試験とは関係ないところで、という風になるのだろうか。 そこまで考えて、あることを思いつく。ひょっとして、これって、言ってしまえば、個人レベルのいざこざ?

人々の注目が、ついに力なく座り込んでしまった男と、腕をどこかへと奪い、そしてその場を悠然と立ち去る危険な男とで別れ、 座り込み呆然と腕の先の空白を見つめている男の元へは番号札を配っていた試験の開催者である協会のスタッフの人が 走り寄っていった。傷口に布を当て、紐で止血を施していくその手際は速く、 だんだんと腕を失くした男に注目していたほかの候補生達は我に返り、自らの動揺を抑えようと現場から目を離し始めた。

協会の人はとりあえずの応急手当を済ませると、電話(地下だから無線?)をし、きょろきょろと当たりを見渡し始める。

多分、腕を探している。

傷口は美しい演出のために常軌を逸するほど綺麗だろうし、細胞が壊死する前に病院に行けばくっつくかもしれないのだろう。 そして、そこまで見届けてから、目を細めてこちらに歩いて来て、「やあ」と手を挙げた騒動の発端者にようやく意識を向けた。


「何してんですか」

「♦」

訊いても、笑って肩を竦めるだけだった。一拍おいて、トランプを取り出して渡す。 それは相手の手のひらのなかで忽然と姿を消した。見る観客は一人だけだろうと、その手際の良さはタネを見破らせない。

「ぶつかったらあやまるのが常識だろ?♠」

さて、ここで問題。
_Q.ぶつかってきてあやまらない相手の腕を消すのは常識なの?
_A.いいえ、それはピエロです。

「まぁ、とりあえず、ちょっと行ってきますね」

「そう?♣」

噛み合わない問いと答えを飲み込んで、まだ、腕を見つけられずにきょろきょろしている協会の人を指を差す、 すると、別にいいじゃん、とでも言いそうな感じに言う。腕を消した当事者なのに、舞台を降りればもう他人だ。 けれど、周りはそうとはいかない。

「もしもの為に、軽くしときたいんです。今はまだ、資格をとって免責なる前ですから」

目撃者多数、犯人は明確。それから発生するめんどくさい法的処置に関するあれやそれの処理。 ハンター証をとるとそのめんどくさいのが減って、すっぱりと免責になりやすいと知って受験しにきたのに、 その前に不祥事を起こすのは去年と一緒だ。めんどくさいあれやそれの処理を結局毎回放任され、頭を抱える身としては、 今年こそは処理が簡単なほうへ向かうようにしたい。ということで、とりあえず、

「よろしく♥」

雇い主もこう言っていることだし、試験が始まる前に腕のありかを協会の人に教えに行っておくことが、 この難関とされるハンター試験を受けにきた私の一番初めの務めなのだろう、


…と、思い込もう。









奇術師の付き人2