この社会が間違ってるとか、自分が清く正しいとか、そんなことを言いたいのではない。

薄暗い裏道に響く悲鳴を聞きながら、電話を耳に押し付けてホテルの予約をとり、足元に転がるそれに刺さっているトランプを引き抜く。 ばらばらと、一片の戸惑いもなく、これを撒き散らしているあの人は、奇術師に不可能は無いと言ったけれど、 まぁ、タネも仕掛けもあるわけで、奇跡に支払われる物品だって馬鹿にならないのである。 引き抜いたそれを腰の専用フォルダーに入れると、酷く戸惑ったかのような受付の声がした。

「…あ、あの、今の声は?」

それになんてことない答えを言おうとすると、覆すことのできなそうな断末魔が一層大きく響いた。 ついに何も言えなくなってしまった哀れな受付は沈黙し、その無音の向こう側で、 電話を今すぐ切ってしまおうか、という迷いがうかがえた。おっと、そうさせるわけにはいかない。 何せ、今日の夕食は、ここらでは珍しいジャポン料理とすでに決定しているのだ。


「すいませんね、煩くて。彼は、その、スプラッタ系のホラー映画を大音量で見るのが趣味でして」

「は、はぁ…」

「今は、狂ったピエロが道でぶつかって因縁つけてきたヤンキー達を懲らしめているシーンで、  武器であるトランプを片手に高笑いしつつ、ばっさばっさと…ああ!服が汚れる!」

「え!?」

「あ、あ、うわぁ…誰があのクリーニング不可の着方のわからん服のシミ抜きしてると思って……これは酷い」

「お客様?映画ですよね?映画なんですよね?」

「あー…はい、つい感情移入してしまうくらい凄い映画です。大丈夫です。ホテルではヘッドフォンを付けますので」

「お、お願いしますね」

「はい、わかりました。美味しい夕食を楽しみにしてます」


ピッと、通話を切り、携帯をトランプのフォルダーとは左右逆のポケットへと仕舞い、 胸ポケットからスケジュール帳を取り出して先ほど聞いたチェックインの時間を書き込む。 これで夕食はよし。日々の糧。おこぼれという楽しみ。ピエロと共にあることで唯一得られる私の癒し。

不意に鉄臭い臭いが強くなった。


「やあ、ホテルの予約は取れたかい?♠」

「はい、取れました。今日の宿はジャポン風の夕食の美味しい高級ホテルです」

惨状からその惨たらしさを引きずってやってきた血塗れホラーのピエロは、それを聞くと、 んーと唸りながら、人差し指を頬にあて視線を空中に放ち、何かを考え始める。 その間に、気前よくそこらに散っているトランプと死体の内、トランプのみを回収し、フォルダーへと納めた。 粗方、振って付いているものは落としたとはいえ、ホテルについたらまず磨かなくてはならない。これが意外と骨が折れる。 けれど、まあ、それも夕食があってこそ耐えられるというもの。


「悪いけど、今日は、そういう気分じゃないんだ♦」

「……」

「ホテルの予約やり直してくれるかい?♣」


最後の一枚を拾い上げ、ニヤニヤ(デフォルト)しながら理解不能なことを言い出した自分の雇い主に、見えないところで眉を潜めた。 そして、口元は呪文でも唱えるかのように高速で言葉を音を出さずに言う。


ああくそ変化系は気まぐれで嘘つき何の因果か雇い主にしたらもっとも厄介だと思われる性質だなにが気分だばかピエロうええん。


「お気に召しませんか」

「うん♥」

「そうですか」


何が面白いのか、この雇い主は人殺しが好きであり、戦いに悪い方向の興奮を覚える変態だった。 気まぐれで嘘つきで服のセンスがアレで、性の対象が生まれてから死ぬまでの両性別で、 不本意ながら一緒にいるとこっちまで非人間だと思われる、歩く人権侵害という暴挙。

だが、人外なみに強いし、金払いは良いし、彼は私を殺しはしない。
私は彼を変態的に興奮させるほど戦えるわけでもなければ、それなりに益はあるからだと思っているが、それはいつ覆るかわからない。 しかし、そうだとしても、私にも利益はあるわけで、それなりに付き合いは長いような短いような、 まぁ、どんな嗜好の持ち主かぐらいは知っている。変態+αといった形で。ため息と胃からの血が出そうだ。


我に返ればここは殺人現場。薄暗い裏道に転がる無数の死体は切り口を無残に晒してる。 一般人がこれを見たらそれに悲鳴を上げ…る前に額からトランプ生やすのかもしれない。 では、悲鳴も上げずトランプを死体から引き抜いていく私はこの現場を作り出した奴と同類か?

冗談じゃない。
失礼な。誰が変態か。訴えるぞ。慰謝料に腎臓売り払うぞ。毛まで毟るぞ。

けれど、何も、社会が間違っているという無駄な遠吠えをする気もない。 ただ、自分が一般人に戻るには随分ここに慣れてしまったし、 社会がこの変態を更生してくれるわけでもないし、一般人が不死身になれるわけでもない。

だから、ここはこうしてここにある。
それなりで付き合いの長いような私は、その事実に事実を重ねるだけだ。




――事実。

やっぱり、夕食には蟹鍋の雑炊が食べたい。




「ここ、貸切のお風呂が沢山あるみたいですよ」

へぇ、と、少しばかり気が向いたらしい彼に、血を拭う用のタオルを渡しながら、 手に入れていたパンフレットで様々な風呂の種類を説明する。 なにせ、変化系は気まぐれ。そして、ヒソカは結構な風呂好きなのである。








奇術師の付き人