上空数キロメートルの船の上だった。熱を孕んだ風がしきり頬に吹き付ける。
船で爆発があった。
炎は積荷を燃やして、船を蝕みつつある。高度も下がってきているような気がする。
落ちるのかなぁ、
朱色で縁取られた窓から顔を出して熱風を額で受けていると、高杉が来て、死ぬぞ。とさも面白げに言った。
死ぬのは嫌だ。と、高杉の元へ行く。そうすると、高杉はにやり、と笑って不安定にぐらぐら揺れ始めた船の廊下を
ゆぅくりと歩き始めた。私はそのあとについていく。ちょっと火の粉がかぶるから、早く歩いて欲しいと思う。
怖いので実際に口にはしないが、高杉から見えないことをいいことに舌を出したりしてやる。
「ご機嫌だなぁ、」
…舌を噛んだ。
なにが、ご機嫌だ。ご機嫌麗しいのは高杉のほうじゃないか。
今日に限って、世界を喉元を狙うみたいにねめつける独眼は一層ギラギラと輝いてるし、
その腕は今にも嬉々として刀を抜きそうだ。
例えば、もし私が爪を立てたら、笑いながら高杉は私の首を刎ねてしまいそうなくらい機嫌がいいんだろう。
黒い獣がぐるぐると喉を鳴らして爪と牙を磨いでいる。
その双眸の先には、
「坂田銀時と桂小太郎」
かつての仲間なんて言った日には理不尽にも真っ二つになってしまう。岡田さんで実証済み。(私は防ぐことはできないし)
その二人はどうしたの?と訊けば、ク、と喉の奥で響いたような笑い声を上げる。
それは獣が獲物を前にしたとき、その血を求めて歓喜の唸りを上げたみたいだったから、どうやらまだ、その二人は死んでないらしい。
乗り換えた船の上。今はあの熱風とは違った爽やかな風が回りに吹いている。
今も隣の空でごうごうと炎を上げている前の船の甲板では、まるで人に聞いた攘夷戦争のような光景が繰り広がれていた。
人間対天人の戦い。
高杉が呼んだ春雨の海賊がなだれこみ、侍達を囲っていた。
けど、その包囲をぶち破って、侍達も、ほぼ自分達の船へと退却している。
「(強いのが二人いる)」
白い頭のと、黒い頭のと。ほかの侍達を逃がしている。あれが坂田銀時と桂小太郎なんだろう。
「(すごいなぁ)」
息ぴったり。
防いだり、斬ったり、守ったり、蹴ったり、殴ったり、
そして、あらかたの天人を捌き終わった二人はこちらに刃を向ける。
「うわ、」
高杉の隣にいるもんだから、まるでこっちに向けられたみたいで息が詰まった。
横目で高杉をみると、とっても機嫌よさそうに頭を少しかしげて笑う。機嫌いいな。本当に。
視線を前の侍二人に戻す。白い頭の侍と目があった気がした。でも、すぐに侍達は船の淵に走り出して、その身を空へと投げた。
「あ!」
急いで、私も船の淵へと走って、船の下を見る。力の抜けるキャラクターの顔ついたパラシュートが見えた。
あれ、何?
はーはっは!という高笑いもあいまってとっても間抜けに見える。なんなんださっきまでかっこよかったのに。
遠くで「撃て撃てー!」という声がして、そのキャラクターに向けて砲弾が発射されるも、
距離が届かないようだ。空しく煙がたなびくだけだ。
船の淵に腕をついて、どんどん遠くなるキャラクターの顔を見る。あの白い頭の侍は白夜叉の坂田銀時だろうか。
あの時、高杉を射るような視線が少し外れて私を見た気がした。何か言いたげだったような気がした。
たとえば、お前は誰だ。とか、そう問いかけてきたようなそぶりだったような気がする。
そりゃあそうだ。自分でも疑問だもの。このポディション。
今はそりゃ、なにかと高杉がくれる着物とか髪飾りとかで着飾ってるけど、もともとは、普通の町娘A的な女だったもの。
なんで、テロリストの隣に立っているんだか。
と、鬱々と回想していても疑問は晴れないばかりか、忘れていた人物はいつの間にやら、走り出した私の後ろに着いてたらしく。
気づいたときには肝が冷えた。高杉はクク、と独特な笑い声を上げて、「当てられたか?」と言った。
当てられた?
「皆あの光にやられちまうんだよ。そして惑わされる。移される。狂わされる。」
お前はどうだ?と私の首に手をかける。
ああ、忘れてた。獣は獲物を逃したんだものねぇ。
絞めるでもなく、ただ添えられた手から伝わってくる。
高杉はただ機嫌がよかったわけじゃなくて、不機嫌で、機嫌がよかったんだ。
なんて複雑な。
「綺麗だと思うよ」
そう言えば、指が首に絡みつく。
「けど、眩しいから、傍にはいれないだろうね。」
朝を恐れてまどろみのなか、うとうとしている私が耐えられる光は、じりじりと身を焦がしながら闇で怪しく光る高杉の光の方だ。
首に添えられていた手は、そのまま肩に回って抱きしめられる。
背に押し付けられた頭から、あの笑いが絶え間なく響いてくる。
狂わされてるのはいったい誰だ、と、見えないところで悪態をついた。