子供のダメなところはアレだね。大人はなんでもできると思っているところだね。



今なんか、「メンバーが足りないから、ドッチボールに参加しろヨ、しなきゃ授業中吸ってる煙草のことPTAにチクる。」とか、 半ば脅迫してきたもんだから、「先生は昨日付き合いで行った飲み会で、二日酔いなんですぅ」って、これ見よがしに煙を吐き出して断った。 そのとたんに、白い目+辛辣な「これだからマダオが。」という台詞を吐き、ぐるぐるメガネ娘は教室を出て行ったのだ。


余談だが、マダオとは、
まるで、ダメな、大人、の略らしい。確かに否定はしない。


だが、子供の言う、まるで、イイ、大人、とは、一体どんな大人なんだか。 これから、お前らの80%くらいは、今、軽蔑してるマダオになるんだよ。賭けてもいい。
嫌よ、嫌よ、いってても絶対なるもんだからね。これ。


と、グランドに駆けて行く背中に心の中で言う。(実際に言ったりしない。面倒なことになるから)



因みに、今は放課後。午後は会議があるから、いつもよりも早い授業の終わり。 生徒はもう帰宅してもいい時間だ。 おとなしく帰って、家でごろごろすればいいものをわざわざドッチボールとは、高校生にもなってねぇ。





いつもでは考えられないくらい静かな教室に、グラウンドからの楽しそうな声が響いてきた。 窓に目を向ければ、いつものメンバーが地面にでかいいびつな四角を二つ描いている。 あっちのほうがでかい、やら、これ四角か?とかいう声が聞えてくるようだ。それにしても、



「メンバー足りてるじゃねぇか。」





年上敬いやがれよコノヤロー


生意気な生徒に悪態をつけば、いい加減直って欲しい頭痛が目に来る。眼鏡を上げて目じりを揉む。 なんともいえないじわじわとした熱が集まった。そろそろ、会議の準備をしなくちゃいけない。 回収したプリントを教卓の上で揃えて、立ち上がる。


と、


滲んだ景色の向こうに、こちらを覗く、見慣れた制服がみえた。



「おー、。」


目じりを拭い、眼鏡をかけなおしてみれば、こちらをびっくりした表情で見るがいた。

「どうした?忘れ物か?」

「…そうです。」

若干息を切らして教室に入ってきたは、そのまま、自分の席の机を漁り始めた。 そのまま入れ違いに教室を出るか、と思うも、足が吸い付いたように動かなかった。なにか違和感を感じる。 長いともいえるかいえないかの教師的感が告げていた。 なんか変。

時間は会議まで結構ギリギリのところまで来ているが、それが気になって立ち去ることができなかった。


「…。」
「…。」


無言な空間。
は忘れ物を捜すのに夢中のようで、こっちが立ち去らないことを気にしているようだった。
やっぱりなにか変だ。

「何忘れたんだ?」

「宿題のプリントです。」


明日提出のか。


「おま、社会に出たらやってけないよ、ホント。」

わざと口うるさいキャラを演じてみる。

「そうですね。」





あれ?





はドッチボール参加しないの?」

「無理ですよ、あんなデット オア アライブ。はは…」




は机を見たまま言う。

ああ、そうか。

違和感の正体が分かった。


目が合わない。

は、ずっと伏目がちのまま、どこか押しつぶしたような声で喋る。
あとはプリントを探して絶対に目をあわさない。



?」

「なんですか?」


悩みでもあるか?
と聞けば、恐る恐る、しかし、怪訝そうにこっちをみる
あれ?なに、この反応。


「いや、今んところ無いですけど・・・先生、」

「ん?」

「・・・いや、なんでもないです。」


えーー、


「すごく気になるんですけどぉ。」

「いや、ホントなんでもないです。目の錯覚っていうか、うん、」

「錯覚?」
なに、先生の髪がストレートに見えたか?ついに見えたか?これは心の綺麗な人間にしか見えないという伝説の、


「いや、それもないです。くるっくるです安心してください。」

「何が安心?」


「・・・。」

「・・・。」

微妙な空気が漂う教室。はプリントを見つけたらしく、机の上で折ったあと、鞄にしまおうかどうか、の状態のまま、 中途半端に停止している。俺はといえば、教室の出口に近い中途半端な場所で立ち尽くしている。

どちらかが喋るかもしれないけど、どちらも、喋りださず、しかし、喋ると相手とかぶりそうでなかなか言葉のでないあの状態。


「・・・。」

「・・・。」


例えるとしたら、間違って縄張りを越えてしまった野生動物が、その縄張りの野生動物と鉢合わせになってしまって、 突然の出来事過ぎて、どちらも思考停止し、その後、気持ちを敵意にかえるのにも、見なかったことにするのにも、 時間がたち過ぎてしまってなんともいえない状態になり、最終的には物音立てるのもいけない気がして、 身動きできないで立ち尽くしているのに似ている。って、





「無駄に長ぇなオイ」




その後、はビクリとして、持っていたプリントが少し、ぐしゃりとした。


「あー、まぁ、気ぃつけて帰れよ。」

「え、あ、はい、」

結局、あの違和感がなんだったのか分からないまま、(そんなに重要とも思えないし)少し薄暗くなってきた教室を出る。 (あーこれから会議めんどくせぇ、この学校、生徒もだけど、教師の面子も濃すぎるだろ、キャラが。) 特に校長。何あの触覚、気持ち悪い。そんなことを思いながらたらたら歩く、

と、

「あ、先生!」

ん、

振り返るとが教室から顔を出していた。 その手には、まだ、ぐしゃっとなったプリントが握られている。
早くしまわねぇとまた忘れるぞ。と言ってやろう、と思っていると、 はなにか意を決したように、スゥッと息を吸い、






「いつもありがとうございます!」







と、声を張り上げた。


……。
思わず、二、三回瞬き。





「おーぉお?・・・え?」






だから、負けるな!ファイトー!と拳を握り締め、プリントには更なる圧縮がかけられているのには気づいていない。

おいおい、アレは蘇生不可能だろ。もし、出せたとしても嫌だからな、誰が採点すると思ってんだ。
赤ペンの皺への滲みは半端ねぇし、見づらいんだよコノヤロー。





そして、では!と意気揚々と教室の中に消えていく。何アレ。何がしてぇのアイツ。

……、あー、









とりあえず、この後の学園に蔓延る校長という名の妖怪をぶっ倒す活力と、
ぐしゃぐしゃになったプリントを30枚強ほどでも丸つけする気力が出た。













拝啓大人様へ、いつかの子供より











あとがき

大人が思うよりも子供はいろいろ考えてて、子供が思うよりも大人は自分が出来ないことに悩んでいたりするって感じ。
主人公が何に動揺してたのか↓














A.先生が人知れず泣いてるみたいに見えた。