一目見たときから気に入らなかった。

コイツは、を知っている。

それがいやがおうにもはっきりとわかったからだ。
平和島静雄は、野性的な勘でもって、目の前で人の良さそうな顔をして笑う黒髪の少年をねめつけた。


コイツは、俺を知っている。


彼にとってその事実は、忌み嫌うものだ。自分というものに含まれる特異を好く人間は稀有だ。 彼自身、生まれてこの方、自分を知った後、出会った人物には、いい思い出がない。 静雄は、自分の傍らでにこにこにやにやと、この厄介な邂逅をセッティングしたメガネを尽く自然にスル―していた。 彼の言う好くには、メガネは当てはまらなかったと言ってもいいだろう。まあ、当てはめたくもない好かれ方をした友人だ。


とにかく、自分を知っていて、彼を嫌わなかった人間は、自分の両親と弟。 それから数少ない人々。そこが自分の絶対であり、彼も彼らを好いている。 だが、ここで、自分にとって初対面とも言える人間が、「よろしく」と笑う。 静雄は確信して、チリリと脳を焼く怒りの序章が始まったことを知った。


コイツは、俺を知っている。

特異な体のために、15という年齢では考えられないほど、敵を作り、筋肉が引きちぎられるほどの力でもって、 相手をぶちのめしてきた自分の経験が、当たり障りのない自己紹介をした少年の挙動に対して、「恐れ」と「逃避」を見破った。 コイツは、俺を知っていて、怖がっている。逃げたがっている。 導き出された答えに対して、まず彼は、湧き上がってくるような感情の揺らぎを感じながら、一言警告を述べた。


「気にいらねぇ」


それに対して、少年は、驚き、戸惑う。そして、怯えた目からやっぱり「恐れ」を彼は感じ取る。 ああ、ああ、ああ!ぎりっと無意識に握りしめた手のひらから軋みの音が鳴った。 そして、静雄はある一つに目を瞑って、少年が背を向けたことに一時は安堵した。

もっとも気に入らなかったのは、まだ静雄がその正体を掴まないように自ら鈍感でいた部分にあるのだ。



そのまま、少年が振り返らずに、家路につけば。

そのまま、静雄が安堵のままに言葉をこぼさなかったら、




神様の慢性的な気まぐれは綺麗さっぱりと、治ったのかもしれなかった。(多分)



「ビビってるなら、近づいてくんな」


ほろり、と溢されたそれは、本人にしたら、愚痴であって、黒髪の少年にしたら、泣き言だったのだ。 そして、本当なら大人である精神年齢をもった黒髪の少年は、売り言葉に、有り金叩いて買うこともなければ、 無視をするほど、非道にもなれず、つい、昔の大人であったころの名残りのままに、


「ビビってないよ」


と落ち着いた雰囲気でもって、微笑んでしまったのだ。


静雄はその言葉に目を見開いた。 彼にとって、それはせっかく瞑っていた目を覚まさせるには十分な一言だった。 静雄は、その言葉の奥にある、自分が好いている家族と似ているが、突き放すようなものを感じて、 寒々しすぎて焼けどするような怒りが瞬間的に湧き上がってくるのを感じた。

その言葉の奥にあり、静雄を焚きつけたそれは、一重に、



「同情」



という無責任なものだ。
わかりもしないくせに、わかったかのように言う。初対面の癖に!と彼の中で感情が暴れる。 しかし、彼は知りもしないのだ、黒髪の少年の中の人は、彼の好物から将来の職業まで知っている。 ある意味マニアックな彼の(一方的な)理解者なのだ。

ゆえに、恐れはするものの、どこか、諦めているというか、お約束を見たときのの安心感というか。静雄にとってムカツク薄笑いも、 少年にとっては、達観の半笑い兼苦笑いである。自分という、神様に嫌われた、外、折原臨也、内、一般人である存在に対しての。

それから、おまけで言うなら、“子供”というのは外面を取り繕って余裕のあるような“大人”という存在に反抗心を持ちやすいものである。


そうして、原作をなぞるように出会ってしまった二人は、原作のままに追いかけっこをした。 そして、偶然にも、一人の少年がトラックに轢かれ、それを見ていた疲れて死にそうになっているもう一人が 「原作強ぇえな!オイ!」と突っ込みをいれ、半ば開き直って、タクシーを呼び、この出会いを企てた医学の知識がある眼鏡の少年の元へと、轢かれた少年を運ぶことにした。


その前に、トラックの運転手に今後の連絡先として、自分の家の電話番号をメモした紙を渡したのだが、それが、 意識が混濁している静雄の目にどう映って、どう誤解されたのかは、原作の臨也がやっていた行動を鑑みればわかりそうなものである。




神様の理不尽

(これによって、静雄の反抗期が向かう先として、主人公(臨也)がロックオンされました。)