「人ラブ!」



なんて言ってみたりする。

人間が好きか嫌いかなんて突き詰めて考えたことはない。最近、神様が自分のことがおそらく嫌いという答えに至ったが、人間に関してはまちまちだ。 様々な中身を持った人間がいるからこそ、このなんちゃって臨也な自分のことを好きとか嫌いとか、はたまた死ねとかいう心を持つのは当然だと思われるし、 自分だってそう。臨也本人のように人間全てを愛しているわけではないのだから、一部の人間が自分を嫌うのもしょうがないかな、と思う。悲しい感情は別にして。

というわけで、自己の愛の比重に人類を巻き込む壮大も甚だしい気はまったくもってない。

けれど、だ。



世の中理不尽というものはそこらに転がっていて、私が思うに、そういう理不尽は神様の気まぐれのようなもので、 俺の場合、その気まぐれが効きやすいという世界規模の理不尽をもっているのだと最近新たに考え付いた。


神様に名前をつけようと思う。


「原作」という名前だ。



「気にいらねぇ」


入学式に学校の不良達からことごとく目を付けられた平和島静雄が放課後に呼び出されたのは自然の流れと言えよう。 そして、その平和島静雄が不良達をことごとくやっつけるというのも自然の流れに分類されるに違いない、彼の場合。

けれど、俺は、せめてもの抵抗として俺を引きずる眼鏡にブレーキを掛けようとしたのだが、神様とは本当に強情なものらしかった。 彼の将来を鑑みるとありえないほどの腕力でもって、新羅は俺をサッカーゴールが空中でひしゃげている校庭へと引っ張り出したのだった。 ほとほと、人生に疲れ、朝礼台の上で、後に池袋最強となる男の大立ち回りを眺めた。 そして、ついに対面と相成り、原作はこれでもかと、俺に理不尽を押しつける。


「え」


冒頭の虫でもみるかのように吐き捨てられたセリフに背筋が寒くなった。
隣でにやにやとしている眼鏡にフォローは期待できない。目の前の奴はなんて言った?“気にいらねぇ”? 焦る脳みそに自分が先ほど口にした自己紹介の言葉を思い出すように命令を下したが、そこに彼が気に入らなそうなセリフは見当たらない。 間違っても、「楽しめそうだ」とか口にしてない。至極当たり前に



「折原臨也です。新羅の…一応友達で、「一応ってなにさ?」 新羅が紹介したいからってここにひっぱられてきたんだけど、

 えっと、これからよろしく。」


当たり障りなく、自分の好奇心とかの意思でもなく、ただ、よろしく、と告げたセリフのどこか気に入らないというのか。 もしくは、あれだろうか。もう、この折原臨也という量子形状事態が彼には気に入らないのだろうか。と、命の危機を知らせるアラームを聞きながら俺は少し現実逃避をした。


「気にいらねぇ」


繰り返されたそのセリフに、ウーウー響いていたアラームがカンカンカン!というけたたましいものに変わった。 逃げなくてはなるまい。力いっぱいのハグなんて目じゃない、音速の拳によって全身複雑骨折する前に。


「え、ええーと、新羅。なんか気に入らないらしいから、俺帰るな」

「えー、そうかい?あ、ところでなにが気に入らないの?」


そうかい、とだけ言って、あっさりと俺に背を向けた新羅は、さっさと気に入らないらしい静雄に問いかけた。 わざわざココまで引っ張ってきたというのに酷くこざっぱりとしている対応に、悪い意味で後ろ髪ひかれつつ、触らぬ神にたたりなしと、 そそくさ校門へと向かう。しかし、まさに運のつき。そんな俺の背後で平和島静雄の、吐き捨てるようなセリフが耳に届いた。


「ビビってるなら、近づいてくんな」


足が止まってしまったのは、安っぽい怒りだとか、苛立ちのせいではなかったのだ。

私自身が、平和島静雄というキャラクターの過去を知っているからこその憐憫の念だったに違いない。 振り向いて、見えたのは、まだ幼さの残る15歳の少年の横顔で、そこに将来の「いぃぃざぁやぁああ!」と地を這うような低い声を叫ぶ青年の姿は確認できなかった。 たとえれば、欲しいものを親に苦労かけまえと、必死に我慢する小さい子供のいじらしさのようなものを観測してしまった私は、 やっぱり、折原臨也という少年の身にいても、中身は、成人していた女に違い無いのだった。


「ビビってないよ」


落ち着いた声が出た。と、その時は自負できる。 少し驚いた表情でこちらを見た少年達は、静かに笑っている私に向かい、一人は酷く面白そうに、一人は顔を俯かせ、 そこで、感じたのは、なぜだか、再び、

酷い寒気だった。


「…、……だと?」

「あー、」

「ビビってんじゃねぇか!!!」


理不尽は、神様の気まぐれであって、神様とは原作だった。そして、俺は学習を知らない馬鹿だった。 触らぬ神に祟りなし。自分で唱えたはずの守護の呪文を自ら、解除したのだ。アホだった。


この日、陽がとっぷり暮れるまで、我々は追いかけっこを続けることになった。
原作をなぞるかのごとく。


神様は俺を愛してない、


なら、


俺は神様を恨んでも許されるよね!(多分)




壮大な名前を忌み嫌う