エピローグ
「なんだったら、侘助を待って一緒に行ったら…」
万里子が玄関先で心配そうに言う。
その隣に家の片づけを手伝っていた理香が居た。
あらわしの衝撃の余波で壊れた家の片づけは粗方すんで、栄の葬式も終わり、
そろそろあの夏の騒がしさも下火になった頃、ふとはアメリカに行くと言い出した。
両親は来ると言っているけれど、やはり後処理に追われているらしく、
時折、父親の針の購入について母から連絡が来て、だったらこっちから行こうということにした。
万里子の言う侘助はラブマシーンの開発者として名乗り出て、事情聴取に日本、アメリカと飛び回っていてつかまらない程忙しい。
ついこの前まで事件に振り回された分、しっかり体調を崩してちょっと入院していたに苦言する万里子に、一人で荷物を纏めて、玄関先で振り返って言う。
「いえ、先に向こうに行って会えるのを待とうと思います。あれ以上忙しさを重ねたら可哀想ですよ」
「けど…」
「喘息にも気をつけます。薬もちゃんとします。一応向こうで過ごしたことはありますし、英語もまぁ」
「でも、また倒れたら……」
「タクシーに新幹線に飛行機で座りっぱなしですよ。
それに……きっと大丈夫です。そんな気がします」
の病気はあれから随分成りを潜めた。けれど、完全じゃない。
時折、倒れる。けれど、はなにか物知り顔でニコニコしている。それでも心配そうな万里子にあっけらかんと言う。
「それに、ヘルプミーは確実に言えますよ」
じゃあ、行ってきます、と荷物を持って門を出て行ったに里香が呟いた。
「なんか、あんな性格だったっけ…?」
「不安だわ…」
***
「私は、逆に羨ましかったなぁ。元気で、甘え上手で、素直で、可愛くて、年下なのに大人っぽいし」
「えぇー……そうなの?」
「それでね、この子の前ではお姉さんでいようと思って努力して」
「えー」
「本当は、夏希ちゃんが部屋に来る前に、何度も髪をとかしたりとか。
この髪、すぐぺっちゃんこになっちゃうんだ。
熱があるのに「お風呂入らせて」って言って万里子さんを困らせたりね。
それで……出来れば、あの日の事は忘れて欲しいんだけどな」
「無理無理。
腰が抜けてる!絶対!ヤダヤダってくっついて裾捲りあげるから背中丸見えだったよあの時のおじさん」
笑い声が上がって、あーあ、と息を吐く。声はまだ途切れない。
話したいことは沢山ある。ずっとずっと傍に居ながら、話せなかったこと。
夜が明けるまでの間が短すぎるくらいに。けれど、それでも構わないかもしれない。
なにせ、ここ最近では、地上の距離なんて関係なく、いつだって話ができる。
夏希が、親戚のお姉さんと話したいこと。
夏希が最近気になってる計算が得意な根性のある男の子と、
お姉さんが追いかけて追いかけて、ついには追い越してアメリカまで逆に追って行ったひねくれた男の話。