ホーム アニマルズ中編



まず、二人が躓いたことは、思ったよりも高価な物品が少ないということだった。

女の一人暮らし、しかも、ちょっとばかり金持ちであり、ペットが大量となると、彼らの想像からして、 ここの住人は、欲しいものは欲しいと思う前に購入する性格のはずだった。 一回使ったからという理由で、クローゼットにブランド物の鞄や貴金属、腕時計が詰め込まれ、ひしめきあっており、 本人は、自分が買ったはずの商品を次々に忘れてしまう。そんな泥棒にとって都合のいい人物だと二人は思い込んでいた。

だが、ベランダに面したリビングからして予想と違っていた。 クリーム色の絨毯と、角の丸いこげ茶の机、床の茶色、壁とソファの白の色しか無く、飾りだとか、置物だとかそういった分類がまったく無いどころか、 そこらじゅうに掃除用具のコロコロと雑巾、畳まれた広告がラックの中に入って収納してあり、豪華さどころか、泥棒達は既視感を感じて、目を擦った。 唯一、予想通りだったのは、部屋の隅に置かれたハムスター用のケージだけだろうか。しかし、ここからではハムスターの姿は確認できなかった。

一瞬、不安を感じだ二人だったが、すぐに、気を持ち直し、隣の部屋へと移動することにした。すると、そこは寝室だったらしい。 ここは先ほどの質素なリビングとは違い、白い大きなベッドが部屋の真ん中に位置し、 一番に目に入ってきたそれは、ずいぶんふかふかした風で、二人のテンションは上がった。 そして、その枕元から通り過ぎた場所に備え付けの背の高いクローゼットを発見すると、期待は最高潮に達したが、

やはり開けてみれば、ここもある程度の年齢の女として最低限な物品が入っているだけだった。


「…つまんねぇな」

「つまらないですね」

勝手に他人の家を漁っておいて、勝手なことを零しながら、口の端を引っかけたようにして顔を顰める泥棒二人。 とりあえず、目ぼしいものをかき集めてみて、その物品と部屋を眺めたパレンツァは呟いた。

「少な過ぎるぜ、こりゃあ、」

「なにがですか?」

パレンツァの泥棒としての勘が、予想する女の収入からいろいろなものを差し引いた上で発生する矛盾に気がついたらしかった。


「これなら前にやった主婦のコレクションのほうがすさまじかっただろ?」

「ああ…俺ら、半年ほど遊んで暮らせましたもんね」

「旦那の年収から何割当てればあれだけ買えるんだっての」

「ある意味凄いですけどね。なんていうか、出すとこ出して出さないとこはまったく出さないっていう感じが」

「とくに旦那の小遣いとかな」

「…恐ろしい話ですね」

「ああ、恐ろしい話だぜ」


だんだんと人生の墓場についての話題になってきたことに気がついたパレンツァが「そうじゃねぇ」と元に戻す。 収入の割に、物が少なく、家具も電化製品も、ベッドを除いて、殆どが普通の家にあるようなものばかりだった、 ということは、だ。

「この女、貯め込んでやがるんだ。だから、こんなに物がすくねぇ」

「…だったら、どうしましょう…?金のほうに手を出したら、さすがにすぐに気づかれちゃいますよね。」

不安そうに呟いたトラスは、なるべく今までのパターンを変えたくないと思っていた。 せっかく今まで警察にばれることなく上手くやってきたのだ。できれば、今回も、タンスやらの奥底のお宝をコッソリ持ち出して金に換え、 また機会を待って侵入し、じわじわと手を出していく感じで進めたかった。

けれど、この部屋で仕入れたものでは、そう大きな金は作れないということが目に見えていた。 なにせ、この物品のすべてがどのブランド名にも引っかからない感じのものばかりなのだ。 諦めるしかないのだろうか。トラスは予想外の事態に落胆した。宝箱を開けたら、弁当箱だったぐらいに。 そんなトラスに向けて、パレンツァはどこか諦めたように笑い、語りかけた。

「…なぁトラス。そろそろ、この町も、この商売からも、おさらばすることにしないか?」

「え…?」

「なぁに、いい頃合いだと思ってな。そろそろ、この町で最初の頃にやった仕事がサツにバレる頃合いだしな」

「パレンツァさん…」

急に何塩らしいことをと驚いたトラスの目には、いつもは好戦的な自分の師匠が一回り小さく見えた。それがとても悲しく思えた。 もう、終わりなんだろうか。二人で、仕事明けに飲み明かした夜も、ひもじいときにパンの耳で口をパサパサにさせながら凌ぎ合った日々も。

「だからよ、ここで金を頂いておいて、外国へ高飛びでもして、店でも開いてよぉ。平和に暮らそうと俺は思う。
 俺も、もう若くねぇ、壁上りが最近きつくてな。あの体制は腰にくらぁ」

「そ、そんなことは…」

「何言ってんだ。…おめぇも一緒に来いよ。

 まだ若いくせにこんな汚ねぇことで暮らしやがっておめぇは。まぁ、その方法を教えたのは俺だがな。

 一緒に来いよトラス。 今度は…旨いお好み焼きの焼き方を教えてやるよ。」

パ、パレンツァさん!

トラスは目頭が熱くなるのを感じ、急いで顔を覆った。
そして、一生ついていきますとばかりに、パレンツァの名前をコソコソと叫んだ。


「パレンツァさん!」

「トラス!」

「パレンツァさん!」

「トラス!」

「パレンツァさ



***


そうと決まれば、二人はこの家の隅から隅まで、金と名がつくものを漁る作業へと転身することにした。 部屋を荒すのも、もう気にしない。どうせバレて警察を呼ばれようが、その頃には、お空の上だ。 二人は、向かう先をイタリアにすることにした。愛の国イタリア。危険と伊達男の国イタリア。 そこは二人にとって、長年、夢の場所だった。


まず、寝室を隅から隅まで探索する役をパレンツァが担うとして、トラスは、ダイニングのほうへ向かえとパレンツァから指示を受けた。 玄関の扉に近いダイニングは、集金や急に出かける時などのために金をしまっている場合がある。 流しに付属されている戸棚を開け、食器戸棚のナイフやホォークなどが入った小さい戸棚の隣に、レシートや請求書と一緒にまとまった金を発見して、 トラスの頭にイタリアが近付いた。思わず口笛を吹きそうになって、おっと、と我慢する。 そして、その獲物をパレンツァのところへと持っていこうと思ったトラスの思考は、とあることを思い出した。

それは、昔パレンツァに教わったことだった。

――いいか、トラス。

  「俺たちの戦う相手ってのは一体誰だと思う?」

  「え、サツ…いや、政治家?政治家とか?」

  「…なんで、政治家なんだ」

  「…偉そう、だから?」


――いいか、トラス。

  「俺たちが戦う相手はな、サツでも、世間でも、もちろん政治家でもねぇ。

    主婦だ。」

  「はぁ?」

  「ほとんどの家の金の管理は誰がしていると思う?それは主婦だ。
   つまり、俺たちは主婦の行動パターン、理念を理解してスマートに仕事をしなくちゃならねぇ、わかるか?」

  「ああー…あ、でも、俺、男なんですけど… 子供どころか恋人もいないし…俺もパレンツァさんも…

  「男でもだ!…あいつらは家族を守るためなら戦士にでもなる。バーゲン会場を見たことあるか?ん?」

  「…子供の頃、一人で迷子になって…圧死するかと思いました」


曰く、パレンツァがいうには、主婦はいついかなる時でも、最後の要として“とっておき”というものを用意しているらしい。 それは、本の隙間、絵の額の裏、そして、冷蔵庫に隠されるもの、

いわゆる、へそくりだ。

トラスは、パレンツァに自分がちゃんと教えを覚えていたことを驚かれたくて、 新たな獲物を得ようと、手に入れた金を机の上に一端置いた。 そして、へそくりが隠れている可能性があると言われていた冷蔵庫へと足を進め、


取っ手に手をかけた。


***


一方、パレンツァは寝室で黙々と金目のものを引き続き漁っていた。 長年の勘で荒探しをすれば、結構、品が集まり、ふう、と息をついたパレンツァは、まだ、戻ってこないトラスを不審に思い、 よっこいしょっと、腰を上げる。アイツ、何か余計なことでもしてないだろうな。と後頭部をかいて、リビングに体を向けたところで、何かの小さな音に気がついた。

水だ。

かすかに土砂降りの雨のような音に紛れて、人の声がする。

その瞬間、パレンツァの体は、警戒する蜥蜴のように動きを止めた。この声は、トラスの声ではない。耳を音の場所を特定するように限界まで澄ませた。 どうやら、この部屋の隣に面しているらしいバスルームのシャワーの音のようだった。その事実に愕然とした。 実はというと、風呂場の存在を今の今までパレンツァ達は失念していたのだ。理由を挙げるなら、今まで入ったどの家も、風呂場に金目のものを置くやつは殆どいなかったから、だった。

不意を突かれたような気になって、パレンツァは、湧き上がってきた警戒心をなんとか窘め、もしかしたら、危惧するようなことではないのかもしれないと希望を抱きながら、 音の正体を確かめるために、バスルームに忍び足で向かうことにした。

だが、希望も空しく、近付く度にその音は鮮明になり。バスルームの目と鼻の先に着いて、パレンツァは頭を抱えた。 曇りガラスを覗き込むと、人影こそ見えないが、シャーシャーとお湯が流れる音と、人の声が確かに聞こえる。


―――どうする。

随分、自分は、浮ついていたらしい。それを自覚したパレンツァは、自分を律した。 どうやら、部屋の主は出かけたとばかり思っていたが、本当は部屋の中にいたらしいのだ。気づかれていないのが唯一の救いだ。

―――どうする?

頭のなかで思考がぐるぐると回る。
このままじゃ、どうしたって気づかれるだろう。だったら、いっそ。

今まで長いこと、この稼業の歴史の内、使わなかったことだけが自慢だったナイフを取り出しながら、パレンツァは因果だなぁ、と笑った。 最後の仕事として選んだこの部屋は、女の一人暮らしだった。随分声の低い女だが、恐らく女だろう。


―――なぁに、ちょっと脅すだけだ。別に殺そうってわけじゃない。


そう、心の中で、女と自分に唱えながら、風呂場の取っ手に手をかけ、一気に開いた。



あとがき



ホームアローンのパロディ…っぽく。動物と泥棒らの珍道中です。
泥棒の二人は一応原作のキャラからですが、原作から持ってくる必要はなかったかも…
烏が猫を乗せて飛べるかですが、そこはあれです。死ぬ気になればいけるんじゃないかという。