ホーム アニマルズ前編


俺達の縄張りは金持ちが住むと言われるとある住宅街だった。 こういうところにあるマンションは、建物内に入る玄関ホールにも鍵があり、部屋に入るときにも鍵がいることがあることが多い。 実際、謳い文句は「女性の一人暮らしでも安全」というもので、地域の犯罪検挙数も少ない。平和と称されるいい住処だ。

だが、

“だからこそ”と、俺達はここに目を付けた。 平和ならば、そこに付け入る隙間があるのは条理だろう。


人と住宅について長年観察してきた俺達は、人呼んで「蜥蜴男」。
しがない、ただの、こそ泥だった。


その名の通り、俺たちは、蜥蜴のように壁を登って部屋にお邪魔させて貰っていた。これなら二重の鍵だろうがまったく意味がない。 直角の壁なんて、建物と建物が隣通し、近くにありさえすれば、俺たちには御茶の子さいさいだ。 そして、侵入したベランダで素早くガラスを切り、何食わぬ顔で部屋の中へ。あとは内側から鍵を開け出ていく。 その頃には、寒かった懐は分厚く膨れているだろう。なにせ、ここは金持ちばかりが住んでいるのだから。

それから、ここに仕事場を選んだ理由は収入が多いからということに加えて、金を持っている奴らが陥りがちな、
幻想を利用するためでもあった。


 ここは二階だから、

 鍵が二重もあるから、

 この辺は犯罪も少ないから、

 その安全の為に高い金を支払っているのだから。


在るものは在るのだから、無くなりもして、この俺達のふところに存在するかもしれないということをすっかり奴らは忘れている。 頭が平和の中で愚鈍と化している連中が相手の仕事は、楽にできるというものだ。 無防備に貴重品を部屋のなかにしまい、
しまっている場所も皆遠からず。それでは蜥蜴の餌食もいいところなのだというのに。


今回、目を付けたのは、中の上といったところの者が住む、マンションの3階の角部屋だった。 どうして目を付けたのかといえば、あの家が、ベランダのガラス戸に鍵をかけていないということをここ数週間観察して知ったからだ。 鍵が開いているなら、ガラス切りの手間が省け、ベランダからスムーズに侵入できる。 もっとも危険なことは、外の目があるベランダでのガラス切りの作業にあるのだから、有難いに越したことは無かった。 だから、獲物としては少々小ぶりな分類だが、ここに決めることにした。


「可哀そうになぁ」

「ですね」

まったくそうは思わないような表情を自覚しながらも、実は今回だけは、少しだけ。 俺達は0.1%ほどのみ住人に同情していたりした。なぜなら、今回、住人に非は無いと知っているからだ。 住人は鍵をかけ忘れているわけでも、高をくくっているわけでもない。

加えて、蜥蜴はこうも思っていた。

「まったく猫なんて飼うものじゃない。」

俺達は、ここで、信じられないものを見た。

***


数週間前。


蜥蜴男達は次の獲物を物色するために高台で望遠鏡を片手に二人でふらふらしている最中、ある信じられない現場を目撃していた。 それは昼前のこと、何気なく見たマンションの3階の角部屋のベランダで、一匹のカラスが止まっていたのを発見したときから一連の信じられない光景が始まる。

カラスを発見した蜥蜴男の一人である“パレンツァ”は、なんとなくそのカラスが気になり、 目線を止めると同時にカラスが何を見ているのかがわかった。

猫だった。

虎のように立派な猫がマンションの部屋のなかにいる。

酷くふてぶてしいその姿に、パレンツァは眉を潜めた。「絶対俺よりいい物食ってるぜ、あの猫。」 ふてぶてしいその猫に良い物を買い与えている飼い主にも腹が立ったパレンツァは、あー嫌だ嫌だ、とすぐに望遠鏡をそらそうとした。
だが、その時、猫が部屋の中で立ち上がった。

むくり、とでも擬音がつきそうなほど、堂々とした佇まい。 思わず、トラ猫に釘付けになったパレンツァは口を大きく開いて呆然となった。 立ち上がったトラ猫は、後ろ足のみで歩み、 地面から自由となった前足で、バチンッと鍵を開け、カラカラカラと、まるで洗濯物でも干そうかね、と ベランダに出てきた人間のようにガラス戸を開けてしまった。思わず、パレンツァは、相棒である“トラス”と顔を合わせる。すると、トラスも自分と同じような顔をしていた。 どうやら、同じものを見ていたらしい。まるで毛皮の中に人でもいるようだった。

再び、ベランダに視線を戻す。止まっていたカラスが、その猫の動作を褒め称えるかのように、カァ!カカ!と羽を広げたりしながら鳴いていた。 四足歩行に戻ったトラ猫は軽い動作でベランダの手すりへと移ると、いまだに鳴き続けているカラスに拳をぶつけ黙らせる。 まるでうるせぇと言っているようだった。横暴だ。なにあれ、と目の周りが痛くなるほど望遠鏡を押し付けた二人は、次に、もっと信じられない光景を目の当たりにする。

すみません、と、首を下げ、消沈したカラスをトラ猫は容赦なく踏みつけ、背に乗り、カラスは翼を広げた。
まさか、と二人は息をのんだ。

そのまさかだった。

それから、二人は、このアパートでの珍事を観察し続けることにした。 毎日というわけではないが、その信じられない光景は繰り返し起こり、その度に、二人は、それぞれ事実確認を怠らなかった。

カラスの死ぬ気とも言える羽ばたきによって、ベランダから滑空を開始するトラ猫とカラス。そのまま鋭い速さで飛んでいき、 塀を掠めた瞬間、トラ猫が用済みとばかりに、カラスからひらりと降りる。カラスはそのまま飛んでいき、近くにある神社の銀杏の木へと激突していった。 目に鮮やかな黄色の落ち葉が舞うなか、トラ猫をそれらを見ることもなく、意気揚々と、おそらく、散歩へと出かけていく。 二人が停止してしまった頭のまま、トラ猫の後ろ姿を眺めていると、慌てたようなカラスがその後ろをついていくのが見える。健気だ。

二人の見解は一致し続け、そして、数日が過ぎ、蜥蜴男達は、そろそろ次の仕事場を早く探さなくてはならなくなった。 「こんな意味もない事実確認なんて、最後にしよう」そう思った二日後、職業病さながら、蜥蜴男達はトラ猫が出て行ったマンションに目線をずらし、


トラ猫が二足歩行で器用に開けた鍵が、開いたままだということに気がついた。




「まったく猫なんて飼うものじゃない。」     ――というか、あれは本当に猫であり、烏なのか。


二人は、今日も、カラスを乗り捨てさっそうと塀に降り立ち、散歩に出かける王の風格を持ったトラ猫を見送りながら、 細かいことは追及しないことにしてニヤリと笑った。今も、鍵は開けっぱなしだ。 それを確認した二人は、目的の部屋のあるマンションと、その隣のマンションの狭い路地裏に姿を隠し、行動を開始し始めた。 ここから、彼らの名前の由来である重力を無視した蜥蜴のような壁登りが始まるのだが、尺上カットする。


***


ターゲットである部屋の主は、女の一人暮らしであるらしかった。 彼女自身は、朝の8時前には出勤している。つまり、今は留守だ。彼女の出したゴミから推測するに、ハムスター、アロワナ、インコ、それから猫がペットにいるらしい。随分と大所帯だ。 けれども、これに関して問題はなかった。犬ならまだしも、ハムスター、アロワナ、インコなら、普通ケージや水槽の中だし、猫は今信じられない方法で外に出て行った。 なによりも、動物では助けも呼べやしないだろう。

音としては、やっかいだが、それも大した障害にはならないと思われた。ここは、町の中では小ぶりでも、結構お高いマンションだ。 壁は厚い。それに、パレンツァにとって、このペットの多さはむしろやる気を煽るものだった。金持ちにとってペットはステータスになりうる。 あのホントに猫なのか怪しいトラ猫も毛並みは良かったし、アロワナなんて飼ってる家は、まさに金をもっていそうに思われた。

良い仕事だ。

3階くらいなら、するすると登っていけるし、しかも角部屋だから、隣の建物との隙間に隠れながら確実に登っていける。 ガラスを切る作業もいらない、しかも、けっこうな金持ちらしい。

―――やはり、良い仕事だ。

そう信じて疑わなかったのは、相棒のトラスも一緒だった。この仕事が終わったら、溜まってる家賃を払って、美味しいものでも食べにいこう。 壁を登り終わったそのときから、もうすでに、二人は仕事を終えたような気分だった。

するすると壁を登り終えた二人は、鍵のかかっていない硝子戸をカラカラカラと開け、二人顔を見合わせて、してやったりと笑った。 そして、敷居を跨ぐ。もともと引いてあった白いレースカーテンに加えて、遮光カーテンで窓に覆い、外から部屋の中を見えないようにする。 こうすれば、音さえ気をつければ、なにをしてようが外から気づかれることはまず無い。

時間を掛けよう。

トラスはパレンツァに向かって頷いた。部屋の主人は夜の8時過ぎにしか帰ってこない。 それまで、ここは無人。だったら、じっくりと、値がいいものを探っていこう。 できれば、ここの住人がタンスの奥底に隠しているようなものがいい。そして、それを手に入れたら部屋の中は荒らさずに一度は帰り、 また、機会を探ってじわりじわりとこの家から価値ある品を運びだす。 そうすれば、住人が物品の紛失に気がついたときには、もう、二人は藪の中であり、犯行から時間が経って、捕まりにくくなる。

それが、いつも決まった二人のパターンだった。縄張りでありながら、この辺の犯罪が少ないとされている理由の一つでもある。 つまり、今の時点では、二人が行った窃盗の大多数が、今だに盗まれた本人にすら気づいてないのだ。


蜥蜴男たちは、度重なる成功に自信を持ち、ここで巡ってきたとても条件のいい仕事にどこか浮ついていた。 どうせ、ここには、動物しかいない、そう思って、我が物顔で他人の家を闊歩し始める。



そう、彼らは思い込みをしていた。

この家は、カラスを乗り物にして散歩に出かけるような猫がいる。
なら、その猫と同居しているだろう奴らとは、一体どのようなメンツなのか。


この家。良い仕事と言えるほど、楽ではない。




あとがき



ホームアローンのパロディ…っぽく。動物と泥棒らの珍道中です。
泥棒の二人は一応原作のキャラからですが、原作から持ってくる必要はなかったかも…
烏が猫を乗せて飛べるかですが、そこはあれです。死ぬ気になればいけるんじゃないかという。